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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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それぞれの理由 ―小夜―


「やっちゃった……」


 私こと早川小夜は、生まれて初めて戸惑っている。


「小夜、だって。なにこれ」


 奇妙な感覚に内側から身を焦がされているよう。


 それは今日の夕刻。私の弟分である晴くんから呼び捨てにされた時から。


 水でも冷え切らない熱が、心の中に残っていた。


 今まで、年下は眼中になかった。


 だって、どう見ても子供だ。同年代でさえ、たまにガキだと思う自分がいるのに、年下に恋なんてするわけない。


 そう思っていた。つい、さっきまでは。


「でも、やばいでしょこれ。妹の彼氏よ……?」


 コテージのベッドの上で悶える。こちらのコテージは小さな部屋が四つあるタイプで、全員個室で寝ることができる。


 高瀬晴彦という名前の男子は、確かに歳以上に大人びた雰囲気を持っているのは認める。


 しかし、私から見ても、全然子ども。だってまだ高校一年生だ。


 私から見ても、男の大学二年生が女子の高校一年生と付き合ってたら、まあちょっと引く。


 だが、どう足掻いても、心が、身体があの熱を覚えている。


 年下の男子に、弟分に、柔らかな笑顔で呼び捨てにされることに、喜びを覚えたのだ。


「いやでも、妹の彼氏だよ……?」


 何度も同じ言葉を呟く。否定するかのように。まさに、理性と本能の葛藤。そんなものを私がすることになるとは。


 短いスパンでベッドを転がる。


 今日は、楽しかった。


 大学で、こんなに楽しい日々は送ったことがなかった。


 どの行事も彼氏の、または男の目を引くのに、必死で、楽しいと思う隙間がなかった。



 そう、ある意味では、私は晴くんに異性的な何かを感じていないのでは?理性が問いかける。しかし、この胸の微弱に早い鼓動と熱が証明できない。本能が反論する。



 そりゃあ、子どもだと思っていた弟分が分を超えて大人になっていたら、少しは驚くだろう。



 大人になっていたのではない。男になっていたじゃないか。



 ぐうの音の出ない、完璧な反論。私は、彼を異性として、あの瞬間、見たのだ。理性も降伏しつつある。



「だけどさあ……。いっちゃえばこれ、浮気だよ?」



 理性の最終防壁。


 しかし、それさえ陥落しようと、本能が叫ぶ。


 まだ、浮気ではないのではないか。あの二人は、まだ付き合ってはいないのだから。


「いや、まあ……そうだけどさ」


 私の恋愛には、矜持がある。


 それは難しいことじゃない。浮気をしない。ただそれだけ。特に意味はないけど、色々と面倒になるから。


 家事も何もかもそうだが、私は面倒なのが嫌いだ。


 いつだって、簡単な繋がりがいい。しかし、簡単な繋がりは、解くのも簡単であると知ったのは、大学に入ってから。


 傍から見ていて、面倒そうなカップルは、意外と長続きをしている。少なくとも、私よりは。


 しかし、絡まれば絡まるほど、縁を切った時の喪失も大きい。その絡まりを鋏で切って解くしかないからだ。


 私が晴くんと絡まろうとすれば、実に色んなものが切れていく。それは、私の理想とは違う。



 私の理想は、綺麗な蝶蝶結びなのだから。きつく結ばれて、解けるときはするりと解ける。誰も傷つかない。何も無くならない。ただ、解く方法を間違えば、解きにくくなるけれど。


「あー、もう!私らしくない!」


 私と晴くんは、実はそんなに繋がりはなかった。本当に、明日音の彼氏だと認識していた。


 しかし、彼は実に私と、綺麗に結びあったのだ。理想の蝶々を作るための、最初の手順が、実に上手く噛み合った。絡んでしまった。


「……もう少し話せば、わかるでしょ」


 このまま綺麗に結ばれるのか。それともどこかでこんがらがるのか。とにかく、結んでみなければわからない。


 もしものときはどうする?


 理性と、本能の両方が問いかけてくる。


「その時は、その時よ」


 女は度胸。私はベッドから身を起こし、コテージの外へ出た。


 キャンプ場はまだ盛り上がりを見せている。


 高校生の夜ふかしは刺激的だ。大学に入ると飽きる。朝きちんと起きることの大事さを、その肌で知るだろう。


 晴くんのテントは、とても小さいやつ。ひと目でわかる。詰めればギリギリ、二人で入れる。と言っても、今の時期それをすれば地獄のような暑さになるだろうけれど。


「晴くん?」


 テントの中を覗き込むが、彼の姿はない。


 ほっとしたような、残念な気持ちが広がる。無駄に鼓動が早くて、少し焦った。


「トイレかな?」


 しかし、女子高生がトイレから帰ってくるところ見ると、違うようだ。外のトイレは男女共同でひとつ。


 そのテントに無造作に置いてある寝袋の上に、なんとなく横になる。窮屈さがなんとなく落ち着く。狭いが自分だけの空間。透けて見える星もいい具合に私を見つめている。


「年下が好き、って理由では、ないんだよね、きっと」


 大学にも、こどもっぽい人は沢山いる。性格も、容姿も。


「そもそも、私って今まで人を好きになったことってあるの?」


 狭い空間で、考える。


 恋というもの知る前に、私は男がいるというステータスの強さを、優越感を知った。


 それがいい男であればあるほど私のステータスは上がったし、上がれば上がるほどいい男を彼氏にできた。


 はっきり言ってしまえば、私にとって彼氏というのは自分の装飾品だったのだ。


「サイテー」


 笑いが漏れる。


 そりゃあ、面倒でない関係を望むわけだ。そりゃあ、何回も男を取っ替え引っ変えするわけだ。


 まるでボス戦前に装備を変更する勇者一行のよう。一度つけたら外せない、呪いの装備は誰だって遠慮したい。


「でも、ついに呪いにかかっちゃったってこと、かな」


 呪いの装備だとわかっていて付ける人はそうそういない。私も用心していたのだ。だが、その隙を付かれた。


 例え話がどんどん浮かぶ。


 しかし、決して悲観していない自分がいた。


「遅いなぁ。何やってるんだろ」


 私は呪いに導かれるように、今、旅路を歩き出す。


 魔王はどこなのか。それとも魔王が王子なのか。なぜ旅をするのか。それを探す旅だ。


「まず、話を聞くべきは、我が妹か」


 私は目的地を定め、歩みだす。胸に装備した呪いの装備とともに。

 

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