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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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それぞれの理由 ―明日音―


「やってしまった……!」


 私は合宿一日目の夜、コテージのトイレで頭を抱えていた。


 第一回料理勝負。お題のカレー。


 私たちC班が提出するのは、何の変哲もない、中辛程度のポークカレー。


 これがかなりの高評価で、十一票中、七票を得ることができた。その中に晴彦の票があったのかは知らない。


 二位は彩瀬副部長のチームで三票、最下位は一票の春風部長率いるチーム。


 春風部長にあのドリンクを飲ませることを目標にしてきた私たちには、大金星である。


 事実、その罰ゲームは大いに盛り上がった。


 トイレから出ると、未だ勝負熱が冷めやらぬ先輩たちに出迎えられる。


「流石明日音!この調子で後の四戦も貰ったも同然!」


 私の班の士気は高かった。


 今回の勝利には、『審査員の好み』というのが重要視される。


 相手はプロなどではないのだから、単に『美味しい』ものが、正当な評価を受けるわけではないのだ。


 実際、私が食べた感想としては、春風先輩のシーフードカレーも、彩瀬先輩のビーフカレーも、店頭に並んでもいいほどの美味しさではあった。


 しかし、皆の両親が好むのは、言ってしまえば『年相応の味』



 つまりは、子にはこうあって欲しいという願望が票を集める。更に言えば、思い出補正も付けることができる。これは、斬新な風味の春風先輩も、大人な味を作る彩瀬先輩にもない戦略だったのだ。



 だからこそ、私の班の昔懐かしポークカレーが大多数の表を集めることができた。無論、味も申し分ない作りにはしてある。


 しかし、である。


 コテージに泊まると、外に出るのがどうしても気が引ける。



 一階には人が通れそうな窓はなく、小さな小窓が複数あるだけ。出入り口は表の玄関と裏口。


 当然だが鍵は締めれると入れない。さらに、玄関はリビングに接していて、人の出入りが一目瞭然。裏口もリビングを通らなければならない。



 別に公認の仲なのだし、夜遅くに会いにいく位は私と晴彦の間では日常茶飯事なのだが、皆の前では違う。変な噂を囁かれるのは好きじゃない。


 そう、この状況では晴彦に会いにいけないのだ。


「皆、今日は語り合おうぜ!?」


「いいねぇ、ガールズトークってやつ!?」


 先輩も後輩もない、無礼講な空気に、小心者の私は水をさせない。


 そもそも、ここについてから料理ばかりしていて晴彦と会話してないのだ。


 そして、晴彦は姉さんと夕食まで遊んでいたという。


 なんという羨ましい。本来ならば私が居るはずの立ち位置に、ちゃっかり姉さんが居座っている。


「それにしても、明日音のお姉さんも晴彦くんと仲良さそうだったね。やっぱ幼馴染だから?」


「……いえ、どうでしょうか」


 そう、晴彦と姉さんの関係は、ここ数時間の間に随分進展を見せていたように思える。


 ベタベタとくっつくのをやめ、しかし傍らから付かず離れず。


「姉妹だからかなー、なんか明日音とちょっと似てるよね」


 そう、それは私の位置で。


「お姉さんも幼馴染くん好きだったりしてね」


 んなわけないっしょ。コテージに、テレビの音声と混じった笑い声が響く。


 今までは、その可能性は否定してきた。


 晴彦にちょっかいを出すのは、私へのあてつけだと思っていた。


 しかし、今回はどうだ。


 小夜姉さんは、私に見せつけるわけでもなく。ただ、其処にいたいから晴彦の横に座っているように、少なくとも私には思えた。


 非常事態だ。


 考えれば、この場所で異端なのは晴彦と姉さんただ二人。あとは大人で、私たちは料理をしているのだから。


 そこまでの関係はないとはいえ、二人で空いた時間を過ごす可能性は高かったのだ。今日も、そして明日も。



「いやいや、それより、春風にやり返すことができたのはスカッとしたなぁ!」



 春風部長のチームが敗れたことにより、部長があれを飲むことになった。その姿は実に興が乗ったものだった。が、今はその無残姿も慰めにはならない。



「明日の朝の料理対決はなんだろ?」


 次の料理対決の内容はまだ発表されていない。お題は直前に発表される。部長、副部長は知っているが、公平性のため公開は決してしない。


 が、大凡目測はついていた。


「明日の朝は多分、『味噌汁』だと思います」


 味噌は荷物の中にあった。しかも数種類。具もスーパーで買うようなものはなく、それに数種類を飲み分けるのは審査的にも容易い。


「味噌汁かぁ。王道だね。今から考えておく?」


 意外にも、この料理対決というのがそこそこ私たちが熱くなれるのだ。だから、つい晴彦のことを蔑ろにしてしまう。そして気づいて後悔する。


 私はなぜ、晴彦と姉さんを連れてきてしまったのか。


 必然的に近くなる立ち位置はまるで、主人公とヒロイン。


 ガールズトークなどしている場合ではなかった。


 どうする?


 料理をするのは仕方ないにしても、一日に一回くらい話す機会が欲しい。そうなると、やはり夜しかない。


 温泉に行く時間帯は決まっていて、コテージではこっそり抜け出すこともできない。


 つまり、二位か三位の、テントがベストだろう。これならトイレはテントの外。理由なんていくらでもつけれる。


 だが、三位はダメだ。アレを飲んだ後に晴彦と会っても、ロクに話ができない。


 ならば、結論はひとつ。



――二位を狙うしかない――。


 それは簡単なようで、非常に難しい順位。トーナメントなら、決勝で負ければ

いいだけの話なのだが。



 今日は仕方ない。大人しくこのままコテージで過ごすことにしよう。携帯もあるし。


 そう思い携帯を開くが、何故かここは圏外だった。


「あ、明日音も?ここのメーカー電波弱くてまいるよな」


「うちらのはヘーキだけどね」


 どうやら、メーカーによってはここは圏外になるらしい。


 私の不安をよそに、夜は更けていこうとしていた。


「温泉行く?」


「行くしかないっしょ。露天だし」


 夕食の片付けをして、時刻は八時。今から十時までが私たちの入浴タイム。


 そして、皆で限界まで入って十時半にあっという間に時間は進む。楽しいのは、楽しいが、やはり晴彦が心の底では気になっていた。


「いやー。皆で入るお風呂ってのもいいもんだね」


「しかし、やっぱ萌々果の胸はでかいな……」


 そんな猥談一歩手前の話をしながら、リビングのテレビとエアコンで優雅な一時。


 そこにコテージのドアを開ける音。正面のドアには鈴がついていて、心地良く鳴る音が出迎える。


「あれ、明日音のお姉さん」


 そこにいたのは、姉さんだった。


「あー、特に用はないんだけど、明日音、いる?」


 昼間とは違う、寝間着のような素っ気ない格好でも、姉さんには似合う。


「……私ならここだけど?」


 私を見つけると、姉さんはなぜか驚いたような顔をした。


「何か用?」


 そう近づいていくと、姉さんは声を潜めた。


「え?あー、いやー、その、晴くんがさ」


「晴彦が?」


「テントに居なかったから、明日音といるのかな、と思ったんだけど……」


「お風呂にでも行ったんじゃないの?っていうか、姉さんこそなんで晴彦のとこに?」


 もしかしたら、一緒にお風呂に入る、とか言い出すんじゃないだろうか、と思った。しかし、それなら私のところには来るはずもない。今浴場に行ってしまえばいいだけの話だ。それはつまり、そこはもう見てきたということだろう。


「いや、うん、そうじゃないならいいんだ。じゃあ、早く寝ろよ!」


 どこか焦ったような姉さんを見送ると、自分のコテージに戻っていくようだった。


「なんだって?」


 先輩が何気なく内容を聞く。


「なんでもないです」


 姉さんも諦めて寝るのだろう。酒は飲むくせに、睡眠不足はお肌の敵だと、規則正しい生活を送っている。


 だから、もう今日は何もない。私も、安心して欠伸をした。


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