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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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俺が手持ち無沙汰な理由Ⅲ

 答えを求めるような、迷子の質問。


「意外と周囲に気を使ってるところ。自分をよく見せようと努力してるところ。意外と打たれ弱いいとことか?」


「そんなのじゃないよ、私は」


 小夜さんが否定する。


「男に振られて、振られたことを否定したくなくて。自分の容姿を磨くことしか思いつかなくて。それでもダメで。自分の妹にまでちょっと嫉妬する、ダメな姉だよ」


 自分が不幸になると、他人の幸運を妬みたくなる。そんな感情は、それとなく理解できなくもない。


「そういうとこですよ。今までの彼氏が見たかったのは、きっと小夜さんのそういう部分だったんだと思います」


 恋というのは不思議なもので、相手の長所よりも、相手の短所を好きになれるかどうかが重要だと、俺は思う。


「……どういうこと?」


 俺は瞳を閉じる。人間関係の、何とややこしいことか。


 自然が俺たちをせせら笑うように、静かに流れていく。自然はいつだって、複雑だが単純な形を維持している。


 それを歪めるのは、人間でしかない。


「小夜さんには、自分で思う以上に、可愛いとこがあるってことです」


 自分が思う欠点が、他人にとってもそうだということは決してない。


 多少ドジでも、そこが可愛いという人もいるし、少し性格が厳しくても、きっちりしていると捉える人は確かにいる。


「美人っていうだけで小夜さんと付き合う人は確かにいるでしょうけど。それは美人が好きなだけで、小夜さんを好きになったわけじゃないと思うんです」


 この世界で、美しいだけで幸せになれるとは限らない。普通よりもそのボーダーは下がるのかもしれないけれど。



 小夜さんはどんな人?



 数日前まで、俺も美人という言葉しか口にできなかったかもしれない。でも、今はもう違う。


「だから、小夜さんを好きになってくれる人が、きっと居ますよ」


 そう言って、改めて目を閉じると、顔に水が降ってきた。


「わっぷ!!何するんですか!」


 小夜さんが俺に、手で掬った水を落としていた。


「年下のくせに生意気なこと言って!攻撃だ!」


 そうして小夜さんは、俺への水責めを開始する。


 そもそも戦闘態勢をとっていなかった俺は、初撃をまともにうけ、シャツがモロに濡れる。


「……いいでしょう、小夜さんがその気なら、こちらも応戦させていただきます」


 俺も反撃をするが、それは上手く躱されてしまう。


「うわっ、私のシャツを水で透かす気だ。晴くんって意外とスケベー」


「そんな気は全くないですけど、今の一言でやる気が出ました」


「火に油ってやつ?でも残念!私はキスまでは許してたけど、身体はまだなの。そう簡単に見せてあげるわけには――」


 そんな御託を述べている合間に、俺の放った水の群れが、小夜さんの顔にクリーンヒットする。


 シャツは白ではなく、淡いピンク。素材がしっかりしていて、かなり濡らさなければ透けないのは、小夜さんの性格を示しているようだ。


「……やってくれるじゃない」


 ひきつる顔に、美人の面影はあまりない。


「勝負は非常なんです」


 俺が言うと、小夜さんも本気モードになる。


「私にはそんな得なものはないけど、大人を舐められちゃあ困るのよね」


 小夜さんもやる気を見せ、腕まくりをする仕草を取る。


 そうして数分後。


「見事にぐちゃぐちゃですね」


 俺と小夜さんは、全身ずぶ濡れで小川のほとりに座っていた。


 タオルなども何も持ってきてないので、流れる水滴はそのままに。太陽の光で乾くことを期待した。


「ふふん、残念でしょ。今はこういうのもあるのよ」


 小夜さんのシャツは、結果的に言えば透けなかった。そういう素材なのだそうだ。


「ま、それなりに残念、っていうことにしておきましょうか」


 俺と同様に、小夜さんも全身水浸し。隣の石に座って、乾くのを待っている。


「あ、なーに?ブラジャーとかは明日音のを見てるから平気とか?」


「明日音も最近は流石にそういうのを気にしますよ。そう言う割には、俺の洗濯物とか畳んでますけど」


「うわっ、あの子そんなことしてるんだ……」


「小夜さんは、家事とかできないんでしたっけ?」


「まーね。掃除もたまにはするけど、男の人を上げれる状況じゃないのは確かね」


 姉妹でなぜこうも違うのか。明日音の部屋はいつ入っても綺麗だ。あまり入る機会はないが。


「……やっぱり男の人って、料理とかできたほうがいい?私みたいに、家事とか何もできない女はダメかな?」


 その視線は弱々しく、水に濡れているからか、どうにも小夜さんらしくない。


「どうでしょうか。明日音は中学で料理をするようになりましたけど、だから俺が今まで明日音と一緒にいるのか、と言えば違うような気もします」


 料理をしなかったら、明日音の傍にいなかったか。そうではないのだと思う。


「じゃあ、なんで私はこんなに上手くいかないのかな?」


 それは少しだけ、現実を知った大人の顔。俺の知らない、早川小夜が其処にいた。


「なんででしょう?」


 大人の気持ち、ましてや女の人の気持ちを推し量るなんて、俺には到底無理。


「全く頼りないな――」


 でも、俺が言えることは少なからずあって。


 それが小夜さんの為になるかどうかはわからないけれど、それは俺だけが言えることでもあって。


「でも、俺は小夜さん好きですよ」


 そう言うと、小夜さんは明らかに挙動不審になって、視線を泳がせた。


「ど、どんなところが?」


「そんな弱音を、俺に言ってくれるとこですかね」


 俺は、早川小夜にとってなんなのか。早川小夜は、俺にとってなんなのか。


「ほら、俺って弟みたいなものだし」


 明日音といつも一緒にいた俺にとって、早川小夜は、やはり姉という存在に近いような気がした。


「妹には嫌われてるけど、弟には好かれてるわけね」


「明日音だって、小夜さんのこと本当は好きなんだと思いますよ?」


「そうかしら。家でもここでも、邪魔者扱いだけど」


「それでも、俺は仲が良いように見えるんです」


 俺は立ち上がり、日の光をシャツに浴びせる。夕食まで乾くことはないかもしれない。


「夕食までまだ本格的に時間がありますし、もう少し涼んでいきましょうか」


 シャツを脱ぎ、その片に干す。


「私は脱がないけどね」


「それは期待してないですから。ほら、折角遊びに来たんですし」


「敬語」


 拗ねるような表情で、小夜さんは足を揺らす。


「敬語と、さん付けやめてくれたらいいよ。年上とか、そう言うのなしなら遊ぶ」


 そんな態度は、どうしようもなく明日音とそっくりで。


「……一回だけですからね」


 そう決意して、俺はその人の名前を呼ぶ。



「小夜。遊ぼう」


 水音が、弾けた。


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