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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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俺が手持ち無沙汰な理由Ⅱ


「ほら少年、私も座りたいぞ」


「なんですか、その『少年』ってのは」


 笑いながら座りなおすと、小夜さんが隣に腰掛ける。


「お姉さんっぽくない?」


「小夜さんらしくはないですね」


 そう言うと、そっかぁ、と小夜さんはただ答えた。


「どうしてここに?」



 女性陣はコテージで悠々と過ごせるはずだ。


「晴くんは、主婦と私が和気藹々と過ごせると思うの?」


 疲れた顔で、小夜さんはため息を吐いた。


「主婦になったらどうこう、男選びはどうこう。返す言葉は決まって『若いっていいわね』。接待にしては疲れるにも程があるでしょ」


「逃げてきたんですね」


「そうよ」


 その答えに、笑いが漏れる。木々もつづくようにざわめいた。


「なによ――」


 という反論を喰らう前に、両手を軽く上げて自供する。


「俺もです。親御さんたちと話なんて合わなくて。男も俺だけだし。居場所なくて」


 大人は、現実を知っている。


 僕達はまだ学生で、学生というのは人生においてたった十分の一程度の時間で。


 それを終えてからひたすらに続く日常というものを、大人は知っている。その日常がどんなに過酷で、理不尽なものか。



 逆に言えば、大人が僕たち子供に伝えることができるのは現実の非常さだけで。


「皆奥様方な訳じゃない?結婚生活ってどう、みたいな質問するじゃない?でもさ、誰ひとりとして『幸せよ』みたいな回答しないのよね」


 謙遜という言葉がある。日本特有の文化だが、大人になる前の僕らにはそれが高度すぎて理解できない。


「結婚とかさ、割と躍起になってきたけど。話聞けば聞くだけ、そういう努力って幸せとは結びつかないのかなって。旦那さんの悪口とか、不満とか。そういうのしか聞けなくて。じゃあ、私が必死に足掻いて、上手くいかなかった貴重な青春時代は何なの?って感じ」



 現実は、まだ俺たちには酷すぎるのだ。


 今の大人たちは、子供に夢を見させずに、現実ばかり突きつける。


『結婚はいいものじゃない』


『子どもができても年頃になれば邪魔者扱い』


『生きていくには何より金』



 子どもが将来の夢に『パイロット』や、『宇宙飛行士』と書くことはなくなり。



『大学教授』『公務員』など、夢のない言葉を書き連ねるようになるのだろうか。


「どうなんですかね。実際、幸せではないとは確かに言いますけど。俺からしてみれば、十分幸せでいるような気もしますけど」



 高度成長期、バブル崩壊。


 飴も鞭も味わった大人たちには、鞭の痕が未だ消えないのだろう。



「好きな人と一緒になって、子どもが出来て。暮らしも楽じゃないかもしれないけど、こうしてキャンプができる程度には生きていける。それで十分だと思いません?」



 人は、大人になって、何を求めるのだろう。


 やはり金なのか。それとも安定か。社会の仕組みを知って、愛より優先するべきものができるのか。



 それはわからない。俺はまだ子供だ。



 だから俺は言う権利がある。何も知らないからこそ、子供だけが言える言葉がある。



 大人は、現実はそんなに甘くないというけれど。



 甘くない現実だけを見て、どれだけの子供が育つというのだ。子供なら、大胆に夢を見るべきだ。たとえ後に現実を知って落胆するとしても。夢を見た記憶は永遠に消えない。



「……うん、いいよね。そういうの、いい。家族で来たいよね。キャンプ」



「男としてはある意味見せ場でもありますしね」


「パパの見せ場だね」


「小夜さんはどんなママになりたいですか?」


 そう聞くと、小夜さんは空を見上げる。


 恋人が欲しいということは、結婚願望が少なからずあるということだと思うのだ。



「どうだろ。恋人が欲しかったのは結局見栄っていうか、そんなものだったような気もするし。子どもとか、結婚とか、よくわからないかも」



 私が子育てなんて、柄じゃないっしょ、と照れくさく笑った。


「そうは思いませんけど。女の人って、変わるときはすごく変わりますから」


 明日音だってそうだと思う。中学と高校では、全く違うような気がする。



「そんなものかな。好きな人ができれば、結婚したい、って思うのかな」


「どうでしょうか。俺にもよくわかりません」


 やはり、俺は子どもなのだろう。そして、小夜さんも世界から見れば、まだまだ子ども。成人はしたが、所謂大人初心者と言う奴だろうか。


 小夜さんの恋愛志向がどうなのかはわからないが、案外小夜さんも僕らと同じなのかもしれない。


 優しい風が撫でるように吹いた。結婚なんてまだ先のことのように思えるけれど、制度的には小夜さんは十分にその資格を満たしていて。そして俺もそのうち、その枠に、大人という枠に当てはめられる。



 まるで世界にそれを迫られているようで、少し複雑な気分である。



 世の中において、単純な答えが正解という言葉があるけれど、単純な問題は余りに少ない。


 複雑な方程式を用いて、考えに考え抜いた結果、結局単純な答えが出るというだけの話だ。



「遊びましょうか」



 よくわからない俺たちにも、よくわかるようになる瞬間が来る。きっとそういうこと。


 考えることを放棄したのだという意図は、小夜さんにも伝わっていた。



「遊ぶたって、どうやって?」


「この先に、川に出る道があるんですよ」


「水遊び?」


 小夜さんは、少しだけ悩んだ。水遊びなど、大人のやることではない、のかもしれない。


「いいよ、久しぶりに遊んでみるか!」


 瞳に子供時代の光を輝かせながら、小夜さんは立ち上がる。


「大学で遊んでないんですか?」


 その言葉に、瞳が肉食系のそれに代わる。小夜さん特有の目つき。いや、明日音も睨むとき、こんな感じになる。最近知った。


「あー、晴くん、私を遊人だと思ってるでしょ?男を取っ替え引っ変えしてるって聞いて」


 否定はしない。俺のイメージそのままだ。


「まず、そこの誤解から解いていこうかな」


「じゃあ、弁解は歩きながらでも」


 川へと逆走する。


 一人が二人になっただけで、人間の感覚は鈍くなる、自然が目に映らなくなり、隣にいる美人を常に視界に映している。


 小夜さんの弁解は、驚く価値のあるものだった。


 まず、小夜さんは告白こそ自分からした時に断られたことはないものの、大半が相手から別れを切り出されるらしい。



「最初もそうだったな。それでムキになった所もあるかも」


「なんて言われるんですか?」


 本人にそれ聞く?と苦笑しながらも、小夜さんは昔を振り返り、答えてくれる。



「なんだっけかなぁ。性格が合わないとか、正直引け目を感じるとか?あと、思ってたより私がドライだった、とかそういうのもあったかな」


 でも、そういう奴に限ってまたあっちから来るのよね、と小夜さんはうんざりしたように呟いた。


「二股とか、そういうのもあったな。今思えば、ロクな奴いないわね」


 何が足りないんだろうね、と問われるも、答えは俺にもよくわからない。


 美人なはずの小夜さんに、足りないもの。俺が言うのも烏滸がましい感じはあるし、本当にそうなのかはわからない。


「小夜さんって、恋したことないんじゃないですか?」


「恋、ねえ……。確かに、漫画みたいなのはないかな」


 そう言ってはぐらかすように笑う。


 小川につけば、壮大な水の流れる音が周囲を支配していた。


 流れは早くはなく、深さは深いところで膝上まで。周囲は丸い石が敷き詰められたかのように綺麗で、少しだけ歩きにくいが見た目はとてもいい。


 まるで川遊びするためのスペース。いや、実際にはそうなのだろうが、ここまで理想的なものは初めて見た。


「うわっ、凄いね!」


 小夜さんが早速水に入る。可愛らしいサンダルなので、水もなにもお構いなしだ。


「冷たい!気持ちいいー!晴くんもおいでよ!」


 呼ばれて、靴を脱いで向かう。


 短パンの裾ギリギリまで水が来る。俺の短パンより、小夜さんの方が短いので、小夜さんは水の中でも動きやすそうだ。


「昔はプールでデートとかもしたけどさ。何て言うか、やっぱり盛り上がらないっていうかさ」


「小夜さんに気後れしてるんじゃないですか。小夜さんって素の時と猫被る時の差激しいですから」


「むー、そうかな?」


「そうですよ。無駄に大人っぽいっていうか。無理してるっていうか。なんか、そんな感じに見えます」


 子どもは大人に憧れるから。でも、大人は子どもに戻りたいと思うと聞く。


 適当な大きな石に座る。川の中に、これまた丁度いい石があるのだ。


 そこに横になれば、空は青くて、雲は白い。耳を澄ませば水の音。戯れるように流れる風。たとえ人の手が入っていたとしても、自然はやはり壮大で、美しい。


「晴くんだって、大人っぽいじゃん」


「俺は別に大人ぶったりしませんし。無理もしてません」


 バスケでもなんでも、俺は俺でしかないから。


 やれないことはできないし、やれることはやる。努力はするけど、できないこ

とも山ほどある。それを決して、悲観しないだけだ。


「奈美さんが前言ってたんですけど、小夜さんて幼少の頃から美形だったんですって」


「まあ、そうでしょうね。化粧しなくても大学に行ける程度には」


 目を開いて上を見ると、対面に背を向けて座っている小夜さんの姿があった。


「確かに小夜さんは美人ですけど、それだけが良い所な訳じゃないですか。でも、小夜さんはそこだけを強く主張しすぎてるんじゃないですかね」


 人が人を好きになるのに、容姿が関係ないとは言わない。だが、関係ないところが重要ではないかと言われるとそうでもないのが人の面倒なところだ。


「正直に言うと、俺もつい最近までそう思ってたんですけどね。でも、小夜さんは他にも一杯良い所――」


「どこ?」


 真剣な声が自然を切り裂いて耳に届く。


「私の良いところって、何?」

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