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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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俺が手持ち無沙汰な理由

 開始早々、一興があった料理研究部の合宿が、本格的にスタートした。


 そして開始早々、俺は手持ち無沙汰だった。


 明日音たちは料理研究部らしく、真剣に今日の夕飯のメニューを考えている。



「すいません、あんまり手伝えないで」


 保護者団の男の人はコテージに泊まらずに、テントを張って楽しむらしい。


 何を、と言えば勿論、娘の手料理と酒である。



「いいってことよ。春風から聞いてる、後輩の彼氏なんだってな。こんなとこに呼ばれるなんて、相当好かれてるな」



「羨ましいなあ。俺も結婚する前は皆が羨むカップルだったんだぜ?」


「今じゃ皆女房に尻に敷かれるようなもんだからな」


 部員の父親たちは、しかし皆楽しそうに笑う。


「おっと、坊主にはちょっと現実的すぎたか。若いのには夢を見せねえとな」



「いや、俺の家も父親は尻に敷かれてるようなものです」


 俺の発言はしかし、無視して話は進む。


「ましてや娘だとなぁ。うちの春風もいろいろキツくなってきてな。妙なとこ母さんに似るのかな」


「年頃の女子高生ってのはそういうもんよ。気にするだけ無駄だって」


 やはり皆、年頃の女子。男親に対する態度は悪化の一路らしい。


 俺に話を一度振ったのも、儀礼的なもので、俺に対する興味は欠片もないのだろう。


 正直、居心地のいい場所ではなく。俺の寝床が一人用のテントなのは救いだった。一緒だったら心が持たない。


「さて、テントは張り終わったし、飲みますか?」


「いやいや、夕飯までに醜態を見せたならまた娘の態度がきつくなる。ここは我慢しておきましょう」


 どうやら残りの時間は自由時間らしい。夕食までの時間は三時間くらい。


「そのへん、見て回ってますね」



 相変わらず、返事はなかった。


 アウェイと言うのは、こんな心境なのだろうか。いやグラウンドやフィールドに立てるならまだいい。例えるなら、応援団が敵地のベンチに乗り込んだような気まずさ。


「ま、女だらけの部活に男が来ればこうもなるか……」


 居場所を求めて、キャンプ場を彷徨う。



 パンフレットには、当然のようにこのキャンプ場の見所が乗っている。



「温泉でも見に行ってみるかな」



 森の奥、山へと続く道を俺は目をつける。



 この道はウォーキングルートになっていて、コテージの裏側に繋がっている。道のりは三キロとやや長め。


 温泉までも少し距離が有り、折り返しの地点では綺麗な星空が見えるらしい。


「キャンプって、何をすればいいんだ」


 何か特別なことをしなければいけないような気もするが、料理に混ざる訳にもいかず、保護者団にも馴染めない。


 これがあと二日くらい続く。


「これなら、寺で修行の方が身になったのかもな」


 生憎、暇を潰す道具は持ってきていない。小夜さんに頼んでコテージに入れて貰って、テレビでも見ようか。でも、そうしたらここに来た意味がないような。


 考えながら足を動かす。



 山道は当然のようにきちんと整備されていて、登るのは苦ではない。温泉へ続くと思うと、多少の苦労もなんのそのだ。


 森林浴と言えば聞こえはいいが、効果があるのかどうかは不明だ。空気がいいかどうかはさて置き、確かに街中とは違う匂いがする。



 狂騒のような声が遠くなり、自然の囁きが耳に近くなる。



 見渡せば一面の緑。人間の声など如何にか弱いかを自覚させる音。大声で助けを読んでも、かき消されてしまいそうだ。


「そう言えば、一人になったのは久しぶりか?」


 大自然に囲まれて、我が身を振り返る。


 声が吸収されるような感覚に、つい独り言をつぶやいていた。


 夏休みの大半は家事や明日音と勉強をしていて。他にやることはないのは確かなのだけれど、思えば一人になる空間というのは少なかった。



「一人を満喫するしかないか」



 一人になりたいと思ったことはないが、一人になってしまったものは仕方ないのだろう。


 俺は一人、笑いながら歩みを進めた。


 たどり着いた温泉は見た目も小規模なもので、着替えるところだけ男と女に分かれていた。


 取り敢えず様子を見ようと中を覗けば、すぐ横に大きめの川が流れている。流石にまだ入っている人は居なかった。



「結構いいとこじゃん」


 大きな石で囲まれた温泉は二十四時間営業。八人くらいが悠々と足を伸ばせる広さの楕円形に、これまた綺麗なお湯が注がれる。


 硫黄臭がなく、本当に温泉かどうかは疑わしいが、わざわざお湯を垂れ流しにはしないだろう。


 夜来てもいいし、昼来ても風流だろう。流れる川の音が心地いい。


 温泉から先に進むと、道が左右に別れ上りと下りの道。


 降れば川に出れる。魚が釣れるらしく、釣竿と餌が事務所で借りれるようだ。上りの道はコテージへと戻る道になる。


「川は明日にでも来るか」


 楽しみを明日に残しておこう。そんな軽い気持ちで、上りの道を選ぶ。


 暫く歩くと、開けた場所に出る。


 かなり登ったような感覚があったが、そこから見える景色はまだ高さのある、

深い緑に覆われた山々。


 下を見れば、どれだけ深いのか分からない、木々に覆われた正しく樹海のような谷。流れる川は、そこを恐ることなく横断している。


 絶景、と言っていいのかどうか。だが、確かに悪くない風が吹いていた。


 恋人が寄り添うのか、それとも親子が休むのか。木製の背もたれのない椅子に寝転ぶ。足もはみ出ず、寝るにはいい長さだった。


「悪くないかも」


 強弱をつけて吹く風、揺れる気の音、匂い、そして都会では無粋な虫や鳥の飛ぶ音さえ、ここでは美しい。太陽が放つ光が、揺れる葉によって途切れるのがとじた瞳の奥にリズムとなって焼き付く。


 いつまでもこうしていたいという感覚はないが、一時のものだと思えばこういうものも悪くない


「少年、虫対策は万全かね?」


 最近、聞きなれてきた声がする。


「生憎、虫には好かれないようなので」


 虫刺されにはあまり困ったことはない。蚊が五月蝿いとベッドで格闘したことも、幸運ながらない。


 瞳を開けると、小夜さんが俺を見下ろしていた。


 相変わらず、反則的なまでに綺麗だ。


「何それ。私はスプレーから何から何まで、完璧だっていうのに」


「小夜さんは虫にも好かれるんですね」


 俺が笑うと、小夜さんは不機嫌そうな顔を作る。


「今まで言われた褒め言葉の中で、一番嬉しくない」


 しかし、言った後に小夜さんは嬉しそうな顔を見せた。

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