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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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カレーがどう作っても美味しい理由Ⅱ


 C班の人数は七人。寄り添って話し合う。他の班も同様だ。まずは方向性を決めないと、買い物もままならない。無駄なものを買ってくる予算はない。


「で、どうする?」


「どうするたって……。カレー作るしかないでしょ」


「だから、どんなカレーにするかでしょ」


「ルーは市販のを買わなきゃいけないんですよね」


 荷物にカレールーはない。これはそれほど高くない。


「よし、まず甘口か辛口かを決めよう」


「やっぱ辛口っしょ?」


 何か、順調に進んでいく会議に、異を唱える。



「これ、凄く重要だと思います」



 視線が私に集まる。



「甘口か、辛口かが?」



「そうです。ここが最初の分かれ道だと、私は思います」



 カレーというのは、各家庭で千差万別、つまりは好みも十人十色であり、『どのカレーが美味しいか』というのは日本で言えば東大の生徒でも定義は難しいだろう。



 それだけ馴染みが深く、誰が作っても一定の美味しさを保つ『カレー』というのは、日本ならではの、家庭の文化。



 いまでは高級店や、インド風など、本格的な店もあるが、それとは違う『美味しさ』の定義があるのが『カレー』である。



「辛さ、という概念はカレーにすれば本格的ですし、それが美味しいという人もいます。しかし、ただルーだけ辛いものを選べば、恐らく負けるでしょう。春風部長はなんでもやってみる人なので、持ち込んだ香辛料で辛くて美味しいカレーを作ってくると思います」



 五十嵐春風。料理研究部部長の料理は、見る限り前衛的。



 それが不味いものを作るのに特化しているように思うが、見知らぬ食材を躊躇いもなく使用し、それでいてて『美味しく』仕上げることが、実のところ春風部長にはできるのである。『不味いもの』の印象が強すぎるのだ。



「確かに、春風はあらゆる意味でチャレンジャーだよね」


「そういう意味では、カレーという題材では、春風部長はかなりの強敵になるかと」



 カレーというのは、少量に取り分けて香辛料の調整、味見が可能だ。


 加えて四時間ある。手際よく作れば試行錯誤の時間は十分にある。煮込むと上手いというのは鍋料理の話で、インスタントのルーは実はそれほど煮込まなくていい。二日目が美味いというのは、冷えていくときに、いい意味で熟成していくのだ。


 今回は冷やすのは無理だろうが、野菜や肉の煮込みに時間をかけることはできる。これも好みだが、長く煮た方が晴彦は好きだ。


「つまり、スピード勝負?」


「幸いにも、野菜を煮込む時間はあります。悩む時間は必要ですが、素早く行動したいですね」


 人数が多くても、火の通りが早くなるわけではないのだから。


「春風は辛口で来るとしたら、萌々果はどうするかな?」


「彩瀬先輩の家はお金持ちですからね……。こっちも本格派なんじゃないですか?」


 先輩後輩関係のない議論が続く。


 相手の出す料理を知ったとて、勝率が上がるわけではない。しかし、そうすることで何を作るのかが明確になりやすい。


 それに、同じタイプのカレーを作れば、それが好みの審査員の票が二つに割れ、結果的に勝利は難しいのだ。カレーの世界は無限大だ。


 結果的に、春風先輩は辛味を生かしたカレーを。彩瀬先輩は高級感ある大人の味わいのカレーを作ってくると予想。


「じゃあ、うちらが作るのは?」


 結果的に、ではあるが。それは私の得意とする分野で。


「ポークカレーで行きましょう」


 家庭で食べるような、安っぽい、と言ってはなんだが、優しく、落ち着く味わい。


 誰もがきっと食べたことのある、子供の時のカレーである。


「そんなんで勝てるかなぁ」


「料理は真心っていうでしょ。いいじゃん、流行りのシェフが作ったカレーよりさ、昔からずっとやってるラーメン屋とか、海の家のカレーとかさ。私嫌いじゃないよ」


「それはわかるかもー。カレー食べるのにさ、お洒落に気を使うとか、よくわからないよね」


「そうだね。カレーはさ、皆で机囲んで、わいわいやりながら食べるのがいいよね」


「そーいや、小学校で出たカレーは普通だけど好きだったなー」


 馴染み深いからこそ、忘れている思い出もある。



「料理って、そういうのでいいと思うんです、私」



 私は今まで、高級食材だとか、手の込んだ料理だとか。そんなものを作った覚えはない。


「料理自体が美味しいかは大事ですけど。誰と、どうやって食べるかとか、そういうこと、よく考えます」



 高い料理を否定するわけじゃない。


 高いものは質がいいし、美味しいのも確かなのだろう。だけど、私が晴彦と一緒に食べたいのは、フレンチなんかではないのだ。


 要するに、どんなものを食べたいのか、作りたいのか、思い出して欲しいのか。それをイメージすること。それさえ済めば、あとは流れ作業のように進む。


「ですから、あえて余計なものは使わずにですね――」


 何故か、皆が私の方を向いている。私が周囲を見渡すと、皆が呆れたようにため息を吐いた。


「明日音。あんたホントいい主婦になるよ」


「へ?」


 私は何か、恥ずかしいことを言ったのだろうか。この頃、そういう感覚に微妙に疎くなっている。


「惚気も聞き飽きたと思ったけど、まだまだ出てきますね」


「ホントホント。ルーは甘口と中辛でいいね?肉も適当な豚さんで。じゃ、買い物行ってくるから」


 そう言って、二人が買い物に出かける。


「私、変なこと言いました?」


 先輩に問うが、意地悪にも首を横に振って笑うだけだ。


「私らはご飯炊いてるから。大丈夫、上手くやるさ」


 そうして、三人が炊飯に取り掛かる。


 同じ一年の子が、残った。


「私たちは野菜煮込もうか」


「あ、うん。そうだね」


 トントン拍子に話は進むと思っていたけれど、ここまでとは思っていなかった。


「私、変なこと言ったかな?」


 気になって再び聞くと、その子はため息を吐いた。


「明日音ちゃんが料理するのって、ほぼ晴彦くんの為だけでしょ?」


「そうだけど?」


 私が答えると、


「せんぱーい、野菜めっちゃ甘くなりそーです」


「……野菜はよく噛めば甘くなるよ?」


 よくは分からないが、こうして私たちの初戦、カレー作りがスタートした。



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