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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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幼馴染の恋が重い理由Ⅱ


「なーんで姉妹でこうも違うかね。なんでだと思う?」


 その時の小夜さんの顔は、らしくないほど悲しそうだった。


「……自分で言ってたじゃないですか。他人を見下してるからですよ」


 僕が声を努めて明るく言うと、小夜さんは笑った。笑ってくれた。


「やっぱそう?いやー、でもさ、気がつくのが遅かったっていうかさ、もう手遅れっていうか」


 もしかしたら小夜さんは、大学から逃げ帰って来たのかもしれない。


 そんな弱々しい笑顔だった。


「手遅れなんてことはないですって。小夜さんは美人なんですから、自分で悪いと思ってること直せば、すぐ人気者になれますよ」


 まだ二十だ。人の人生において、言ってしまえばまだ第一コーナー。


 しかし、そこに人生のすべてが集約しているように思えてしまうのも無理はないのかもしれない。


「そうなのかなぁ」


 半信半疑、と言った様子の小夜さん。まあ、年下の俺の発言に信憑性などあるわけもない。


「それでもダメなら、帰ってくればいいじゃないですか。俺も明日音も、小夜さん好きですよ」


 誇張ではない。思い出こそ少ないが、俺の中の小夜さんは、常に明日音の見本になる姉であった。


 明日音も、一瞬でも、姉さんのようになれると思った時があると言っていた。


「……また、そんな嘘を――」


 信じられないだろう。小夜さんはきっと、今までの自分が間違っていたことを知り、そして嫌悪している。


「嘘じゃないですよ。俺は小夜さん、嫌いじゃないです」


「……明日音は?」


「明日音は小夜さんにはきついですけど……。それでも、姉妹ですし」


 明日音が唯一、嫌悪感を顕にするのは小夜さんだけだ。それはつまり、俺以上の特別扱いといってもいいだろう。


 ふと、足を止めた。



 小夜さんが。俺の手を握っていた。それはなんだか、明日音の姿と大いに被る。



「本当?」



 俺はその手を軽く握り返す。やはり姉妹なのか。反応はそっくりだ。



「本当です。さ、何か明日音に買って行ってやりましょう」



「そだね。あれなんてどうかな?」



 そう言うと、小夜さんは俺の腕を組んだ。


「歩き難いですよ」



「気にしない気にしない!姉が弟と腕を組んで歩くのは普通のことよ」


「明日音と腕組んでるのなんて見たことないですよ」



 そう言うが、小夜さんが腕を解放する気配はない。



「それは姉と妹だからよ。弟は別なの」



「屁理屈ですよね、それ……」



 それから小夜さんは、楽しげに店内を彷徨いた。


 その姿は俺が描いていた早川小夜そのもの。


 綺麗で、大人で、でもどこか子どもっぽくて。男を惑わすような視線と、香水のようないい匂い。


 子どもの俺をからかっているような、そんな態度。



 適当なものを選び会計をすると、小夜さんが財布を出してくれる。それに甘えることにする。


「しかしさぁ、晴くんは十数年明日音と一緒なわけだけどさ。なんて言ったらいいのかよくわからないけど、重くない?」


 重い。何が、と言えば、思いが、という主語が付くのだろう。


 そういった理由で別れていく恋人たちを、見たことはある。


「うーん、そんなことは思ったことないですね」


 そもそも俺たちはまだ恋人なのかどうかも怪しく。



「私なんて別れたくない、とかいうだけで『重い』って返ってくるのに」



 買った品物を、俺が持つ。


「それは小夜さんが必死だからでしょ?その、恋人を作るっていうことだけに。彼氏の方も、小夜さんくらいの美人だとプレッシャーなんですよ」



 男は、どうしてもそういうことを考える生き物だ。それが大人ならば尚更。多角的に、相手が自分と釣り合っているかどうか、天秤にかけようとする。



 少し前に明日音に聞いた話では、小夜さんは男に求めるハードルが高い。俺のような凡人にはないものを求めている。



「小夜さんの思いが重いのではなくて、小夜さんの期待が『重い』んだと思いますよ」



 小夜さんは確かに美人だ。しかし、だからといって、事あるごとに天秤にかけられるのは、確かに疲れるだろう。


「そういうもの?」


「小夜さんもしかして、そういう恋愛しかしてなかったりします?」


 むしろ、それは恋愛と言えるのかどうか。


 相手の長所が、自分の長所と釣り合うなら付き合う、というのは、どこか歪な形である。だからこそ、今までうまくいかなかったのだろう。



「そうかもね。今まではきっと、そうだったのかも」


 そう行って、小夜さんは笑った。


 何かが変わったのかかはわからない。けれど、小夜さんが自分を見つめ直している。そんな気がした。


「次はきっと、小夜さんが本当に好きな人が見つかりますよ」


「そうだといいね」


 そう言って、小夜さんは俺の左腕に腕を回した。どこか吹っ切れた笑顔が、太陽よりも眩しかった。


 バスに戻ると、死者が多少の元気を取り戻し、生きる屍のような呻き声がバス内に木霊していた。


 一番酷いのは、最前列で横たわる綾瀬副部長だ。


「萌々果ちゃん、なにか飲みたいものあります?」


 責任を感じているのか、春風部長が献身的な看病をしているが、内心複雑な気持ちだろう。


 毒殺を企んだ犯人が介護しているようなものだ。


「いや、寝かせてくれ……」


 体内の毒素を排出するために時間が必要なのだ。これから目的地に着くまでは、誰もが身体を休めるだろう。


「じゃね、晴くん」



 バスに乗り込むと、小夜さんは名残惜しそうに腕を離し、自分の席へと戻っていく。


 結局特産物よりもコンビニでも売っているゼリータイプの栄養食を買った。具合の悪い人間に出せるものは少ない。あとフルーツジュースだ。


 奥の方では、春風部長のお父さんが申し訳なさそうに頭を下げていた。子どもの遊びということで済まされるだろうが、それなりに責任を感じていたようだ。


「ほら、明日音」


 席に戻ると、明日音は窓に頭をつけて頭を冷やしていた。



「おかえり……」



 気だるげな視線で袋を受け取る。


 今更だが、明日音の具合が悪いというのは中々にないことである。


「いつもとは立場が逆だな」


「そうかも」


 明日音は袋を漁ると、ジュースのキャップをあけた。


「飲めそうか?」


「うーん、どうだろ……」


 何がどう具合が悪いのか、俺にはわからない。


 想像するならトマトをよく咀嚼しながら食べさせられたときのような胃と腸、それと脳の拒絶反応に近いのかもしれない。不味いものに対するアレルギー反応とでも言おうか。


 俺が通路側に座ると、明日音は首を俺の腕にもたげた。


「……姉さんの匂いがする」


「小夜さんと回ってきたからな」


 そう言うと、明日音は批判的な瞳を俺に向けた。



 明日音は匂いで人を嗅ぎ分ける事ができるらしい。らしい、というのは、俺も最近その特技を知った。まあ、明日音に教えてもらった訳ではないが、なんとなくそんな気がする。


 まるで猫のよう。大人しく気紛れで、妙な時に懐っこい。



 顔を更に押し付けてくる。まるで何かを探すように。


「重いぞ」


 重い、というのは、こういうことなのだろうか。よく分からない。


 確かに俺は明日音を縛っているような気がするし、俺も明日音に縛られているような気がする。


 だがそれでも、明日音は俺を縛ることはないし、俺も明日音を縛ることはない。


 相変わらず頭の中は矛盾だらけ。でも、もうそれを紐解くということは余りしたくない。


 複雑なのだ、俺たちは。見た目以上に。絡み絡まって解けない。


「具合悪いから」


 明日音はそれだけ言って、目を伏せる。


 左手は動かせない。右手で、なんとなく明日音の頬を触る。女の子の肌は、暖かくて滑らかで。


 くすぐったそうに身を攀じる。悪戯心が湧いて、鼻を摘んでみる。


 二秒ほどすると、明日音がこちらを睨んだ。


 無言で手を離すと、罰だというようにもう二センチ、身体を俺に近づける。


 半分ほどの体重が俺にかかる。


 重くもなく、軽くもない。俺が支えられる重さで、明日音は俺に寄りかかっていた。



 バスが出る気配は、未だなかった。

 


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