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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
60/159

幼馴染の恋が重い理由


 死屍累々。


 バスが昼食を取る予定の場所についた時のバスの有様は、正しくそれだった。


 その原因は、料理研究部部長、五十嵐春風先輩が作った、『春風ドリンクEX』なるもの。


 それを罰ゲームにした、大貧民大会がバスの中で行われていた。


 ルールの違いこそあれ、ゲームの流れはだいたい同じ。異なるところといえば、最初の予選で負けた二名。つまり、貧民と大貧民が決勝に進む。


 なので、大富豪と大貧民のカード交換がないというのが特徴といえば特徴。ある意味では、ゲームらしいゲームと言える。


 最下位に意味があるので、『大貧民』と呼ぶのだろう。予選でも最下位は罰ゲームだ。


 こういった、相手の手札を、または表情を読むというカードゲームは好きだ。機械相手に完全確率のじゃんけんゲームを挑むよりよっぽど面白い。


 負ける気はなかったし、実際負けはしなかった。


 明日音も予選で最下位になり決勝戦まで行ったものの、そこでは無事勝ち抜き、写真公開を窓際で防いでいた。


 そして、決勝戦で敗れ、早くも二杯目の春風ドリンクEXを飲むハメになったのは、綾瀬萌々果副部長であった。



 春風ドリンクEX。



 可愛らしい名前とは裏腹に、それは正しく混沌とした飲み物。


 まず、色がありえない。濁った白。色を適当に混ぜると、大抵は黒に近づいて行くはずだが、この様々な物が混ざっているだろう飲み物は白色。


 更に言えば、水と言うのは余りにも動きが鈍い。シェイクのよう、と言えば言い方はいいが、要するに半個体、半液体である。



 これは空いたペットボトルの容器に入れられており、部長が今日の合宿のために大量生産してあるらしいのだが、キャップを取った時の匂いが、正露丸のような、生臭いような、かといえば線香のような匂いがする。長時間嗅いだら意識を失いそうな程、臭い。



 それを飲め、と言われるのだから、勝負にも気合が入るというものだ。



「いやー、楽しかった楽しかった」



 難なく無敗で切り抜けた小夜さんがこちらへ向かってくる。



 今はバスを降りて、パーキングエリア、いや、高速道路を走っているわけではないので、道の駅、という方がいいのだろうか。



 本来昼食をとる場所であったそこは、夏休みということもあって車と人で賑わっている。


 屋台はもちろん、お土産品や特産物なども見ているだけで飽きないラインナップだ。


 軽く昼食をとり、明日音に何かを買って行ってやろうと、店内を彷徨いている最中だった。


「例の写真って、どんなのですか?明日音も見せてくれないんですけど」


 結局、問題の写真とやらが公開されることはなかった。昔の写真など、別に隠すものでもないと思うのだが。


 小夜さんが隣に並ぶ。


「それは契約違反になるからねー。いくら晴くんでも聞き入れられないね」


 どうやら、見せるつもりはないらしい。


「明日音は?」


「バスで休んでます」


 春風ドリンクEXの効能は覿面である。あれをこの先、5回も飲む機会がある部員に同情を禁じえない。


「あれは凄いね。私もちょっと本気出しちゃった」


 バスの揺れもあり、あれを飲んだ人の気分は垂直落下である。嘔吐という最悪の事態こそ奇跡的に避けられたものの、昼食を取るという行為は無理そうだった。動かぬバスの中で休んでいるか、言葉もなく水分を補給しているかだ。


「私はこういうこと、あんまりしたことないからさー。いいもんだね」


「そうなんですか?小夜さんって高校何部でしたっけ」


 小夜さんは実に料理研究部に馴染んでいた。姉御肌な人格がそうさせるのだろうか。


「部活は文芸部だったよ。もちろん幽霊部員。合宿とかさ、そういうのなかったし。それに私、同性から嫌われてたしね」


「……明日音が小夜さんを避けるみたいに、ですか?」


 明日音の小夜さんに対する態度は、ある程度の許容こそあるものの、基本的には否定的である。


 自慢の姉、というよりは、邪魔者。そんなニュアンスが伺える。


 真剣な話だというのに、小夜さんはなんでもない風に笑って返す。これが大人の余裕なのだろうか。



「まあ、そうだね。あの頃、っても四年前か。その頃の私はさ、女の価値は男にモテることだって疑わなかった。だから、モテない女子は見下してたし、私以外のモテる女子は敵だと思ってた。若かった、って言えばそうなんだろうけどさ」



「何て言うか、好かれる要素が全くないですね」


 そう答えると、そうなんだよね、と小夜さんは笑う。



「でもさ、それで男からちやほやされるかって言ったらそうじゃないじゃん?私より容姿で劣ってる子も、普通に彼氏がいて、私より長い期間付き合ってて、私より深い関係を築いてる。大学に行って、色んな人と会うと、そう言うの、わかるんだよね」



 中学、高校と言うのは、やはり狭い世界だ。



 毎日同じ人間と、毎週同じ授業を受ける。


 それはある意味で、大学を出て就職をした生活と同じなのかもしれない。だからこそ、大学というのは魅力的なのだ。


 俺たちは、制度だからという理由で、常に同じリズムで歩かされている。大学は唯一、自分のペースで歩ける。


 優秀な奴は早く歩き、普通のペースで歩くやつもいれば、要領よくサボる奴もいて、そして諦めてリタイアする奴もいれば、過剰に頑張って担架で運ばれる奴もいる。



 俺はどんな人間なのだろう。



 それがようやく分かるのが、大学なのかもしれない。



「いくら男にモテたってさ。愛されなかったら意味ないんだよね。相手にも、周囲にもさ」


 男に好かれることと、男に愛されることは違う。小夜さんの言葉はしかし、今の俺には今一つ理解できない。



 だが、頷いてしまう説得力があった。


「その点、明日音は私と違って、男にも、周囲にも愛されてる。正直言って、かなり羨ましいわけ」


 小夜さんは、何かをごまかすように適当に商品に目を向けている。


「愛されてますかねぇ?」


 中学の吹奏楽部より、馴染んでいるのは確かだ。大貧民をしている時も、真剣で、楽しそうな明日音の姿があった。



「愛されてるって。部活に自分の勝手で彼氏呼ぶとかさ。私がやったら嫌味炸裂なネタよ?」



「まあ、俺が来たのは実際、かなりネタにされてると思いますが……」


 しかし、それがマイナス方面のネタでないことは明らかで。


 むしろ、何故か俺は歓迎されていると言ってもいい待遇である。


「でも、小夜さんもなんか、馴染んでるじゃないですか」


 大貧民大会では、小夜さんもまるで仲間の一人のようだった。


「それは私が年上だからよ。凄いですね、とか、綺麗ですね、とかはね。自分とは違う世界に住んでる人間には躊躇いなく言えるものなの。もし私が同学年で、この部の部員だったら、確実にハブられてるわね」


 よくわからない、が、なんとなくわかる。


 認めたくないものというのは、現実によくあるもので。


 小夜さんという自分より数段綺麗な女性は、自分の世界から追い出してしまうのが一番自分に優しいのかもしれない。


 つまり、ある意味では小夜さんは、部員に仲間だと認められていないのである。別世界の人で、後に自分の周囲から去る人間だから、受け入れられているのだ。


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