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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
一話目
6/159

私が彼を求める理由

 料理研究部とは。


「小難しいことは調理中だけ。基本は作りたいものを作って、食べる。勿論、持って帰ったり、気になる男子に配ってもオーケー。部費がそこまで多くないから、手の込んだものを作るときはカンパをします。ま、言っても五百円かそこらだし、そのへんは安心して」


 副部長の彩瀬萌々果副部長が、家庭科室の黒板にチョークを走らせている。


「活動は毎週水曜。とは言っても、最初は何を作るか決めるだけだし、実質二週間に一回。都合悪いときは連絡くれればいい。幽霊部員とか、食べるだけ部員とか、結構いっぱいいるからね」


 家庭科室に笑いが木霊する。


 彩瀬萌々果先輩は二年生。この部は去年、一年の部長が立ち上げたもの。二年生二十名、一年生五名と生徒が所属しているが、今集まっているのは十三人。一年生は全員集まっているので、二年生の実質人数は八人。


「で?他に何かあるか?部長」


「ううん、大丈夫。ありがとう、萌々果ちゃん」


「名前で呼ぶなっつってんだろ」


「ご、ごめん……」


 彩瀬先輩は、名前で呼ばれるのを嫌う。可愛らしい名前とは裏腹に、すらりと伸びた脚、男勝りな性格を臆面もなく表す顔つき、飾り気のない短髪。


 女生徒に人気がある女子。そんな感じ。


「ほら、部長からも一言ないと」


「あ、うん。ぶ、部長の五十嵐春風でしゅ」


 部長は、ふんわりとした可愛らしい人だ。春風という名前の通り、暖かな印象がする美人さん。


 長い髪は綺麗で、お嬢様かと思うほど佇まいが落ち着いている。笑顔なんか、にこりとするだけで花が舞うようだ。


 人前で何かをすることが大の苦手らしく、極度のあがり症。


「部長、ドンマイ!」


「春風カワイー!」


 女子にもファンはいるようだ。それとも、冷やかして失敗を和まそうとしているのか。どちらにせよ、愛されているようだった。


「うう、最初っから失敗……。え、えと、部長の私が言うのもなんですけど、私は、お料理が大の苦手です」


 しかし、そこから先は、まるで夢を語るかのように饒舌に。


「でも、お料理って、素敵です。美味しいものを食べると、幸せな気持ちになります。誰かに言われると、もっと嬉しい。誰かと分かち合うと、もっともっと嬉しい。私が部を作ったのは、そんな単純な理由です」


 綺麗な人だ。外見だけではなく、心も。瞳も。


「だから、えーと、その、なるべく、参加して欲しいな、なんて」


 しかし、その瞳はすぐに困ったように副部長を探す。


 副部長はため息を吐いて、それに応えた。


「ちなみに、うちの部長目当てで入部しようとした馬鹿が一杯いたから、特別に男子禁制にしてある。これでも、二年のアイドルだからな」


「そして、副部長はその護衛」


 誰かが言うと、二年生を中心に、笑いが起こる。


 確かに、五十嵐先輩の魅力は、男の人を惹き付けるに十分過ぎる。


「はい、そこ五月蝿い!罰として春風ドリンク一気飲みね」


 げ、何それ!横暴!鬼、悪魔!どさくさに紛れて、先輩方は言いたい放題だ。


「これが権力の正しい使い方だ。来年部長とかを目指す一年のみんなも、上手く使うように。ま、そんなことより、自己紹介を始めようか」


 副部長が上手く雰囲気を和ませた所で、私たちの出番が訪れる。


「名前と、そうだな。この部を選んだ理由を聞かせてもらえると、春風が喜ぶ」


 選んだ理由。なんだっけ?


 黒板を眺めながら、今更ながらに思う。


 当初、春彦が部活をしないということを聞いて、なら別に私もいいかな、となんとなく思っていた。


 だけど、『明日音は何かしたほうがいいじゃないか?』と春彦が言うので、まあなんとなく活動頻度の低く、それでいて実用的な部を選んだ。


 お弁当は作ってはいるけれど、別に料理が好きということもない。母に、やらないと弁当はない、と脅されて、その延長に今はある。


 二年の先輩方が自己紹介している間、今日思い出した、できれば思い出したくなかったことを思い出す。


 私と春彦の、ファーストキスの話。


 それは、中学の頃の友人と、恭子さんの悪戯めいた話だった。


 春彦は季節の変わり目に体調を崩しやすく、中学二年の秋から冬にかけて、高熱を出して寝込んでいた。


 一番高い時で四十度ほど。運悪く恭子さんも忙しい時期で、春彦も寝てれば治るというものだから、録に看病というものができなかった。


 私も部活が終わってから見舞いに行っていたのだが、その日は恭子さんの夕食が台所にあった。温めて食べれるお粥。


『口移しで食べさせると効果抜群!』と、悪戯めいたメモもあった。そして、三日ほど休み続け、流石にクラスメイトも心配する中、『明日音が口移しで看病でもしてやれば一発で良くなるって!』とからかわれたりもしていた。


 あの時の私の思考は、今でもよくわからない。レンジでお粥を温め、春彦の部屋に行くと、春彦はどこか苦しそうに息を吐いて寝ていた。私が来たことにも気付いていなかった。お昼ご飯は食べたのだろうか。ここ数日、何かを食べた姿を見たことはなかった。



 タオルを替え、顔の汗を軽く拭く。


 春彦は起きたようだが、私が誰か認識できていないようだ。


 私は何を思ったのか、お粥を自分の口に含んだ。後の事は、もう自分でも何が何だかわからない。


「はい、次の人」


 拍手とともに、私の番が回ってくる。どうやら、最後のようだ。他の皆は何と言ったのだろうか。


 軽くする頭痛を振り切るように、私は立ち上がる。


「は、早川明日音です。料理研究部を選んだのは、まあ、それなりに料理をするから、でしょうか……?」


「なんで疑問系なの?」


「いえ、自分でもよく分からなくて」


 私が言うと、副部長はま、それでいいや、と笑いに変えてくれた。しかし、部長は何故か、真剣な瞳で私を見ていた。


 二年生を含め、全員の挨拶が終わると、来週作る料理を決めることに。


「残念ながら、我が料理研究部が一番最初に作る料理は決まっている」


 副部長が、何やら含みを込めた口調で言う。


「我々が最初に作るもの。それは、『クッキー』だ」


 そう言うと、二年生諸君は、来たよ、とか、やっぱか、だとか、どこか気合の入ったリアクションをした。


「一年生諸君には話しておこう。それは、去年のことだ」


 春風部長がこの料理研究部を立ち上げ、最初の活動。それが、『クッキーを作り、それを配布する』というものだった。


「しかし。残念ながら私たちの中にクッキーを作ったことのある奴なんて、全くいなかった。上手くいったものもあったが、半分位失敗して。上手く焼けてない奴とか、だいぶこんがり焼きすぎた奴とか。わざと不味く作ったやつとか。出来上がったのは、二分の一でハズレの、ロシアンルーレットクッキーだった」 


 二分の一で死ぬのなら、だいぶ分の悪いクッキーである。まあ、見た目でなんとなくわかるのだけが幸いか。


「それでも、私たちにも意地があった。と言うより、悪戯心があった。その頃から春風は男子から同級生や先輩の視線を総なめにしていた。私たちは思った。『これを、春風に配らせれば実に面白いことになるのではないか』と」



 そこで笑いを堪えきれずに、先輩方の大半が吹き出す。


「ええ!?私に配らせたの、そんな理由だったの!?」


 部長が驚きを現わにした。一年生も笑っている。副部長は続ける。


「面白いことに、ほぼ全ての男子が『美味しい』と言って食べた。私たちは影で笑いを堪えていた」


「そりゃまあ、春風に『美味しいですか?』って笑顔で聞かれたら、私らでも不味くても『美味しい』っていうしね」


「そ、そんなぁ」


 部長が少し泣きそうになるのを無視して、副部長は続ける。


「ちなみにその日、何故か保健室が大繁盛で、保険の先生に愚痴を言われた」


「そんなことされてたんですか!?」


「これが一年前に起きた、春風クッキー事件の全貌って訳」


「事件にされてたんですか!?」


 先輩方は大爆笑。新入生も、それに釣られて笑っていた。笑っていないのは私だけだった。


「つまり、これはリベンジって訳だ。今年は、まともなクッキーを配るぞ、って言うな」


「そーそー。私らも結構成長したんだぞってさ。見せつけてやろうってこと」


 先輩方が、部長にフォローをする。


「み、皆……。うん、今年は美味しいクッキー作って、配ろうね!」


「ちなみに、春風は失敗した奴担当ね」


「どうして!?」


「だって、そうしないと全部配れないじゃん」


 あと面白いし、と控えめな声が聞こえた。


「あー、ちなみにだが、配るのは男子女子限らず、その日活動している全部活動を回る。だから、結構な量を作るからな」


「副部長、春風ドリンクについては?」


 どうやらこの部は、かなり自由気ままな部活動になるらしい。


 なんとなくそんな気はしていたが、ここまでとは思わなかった。


「先程出た春風ドリンクだが、主に我が部の罰ゲームに使われる、春風特性スペシャルブレンドの飲み物だ」


 春風ドリンク。


 とどのつまり、春風部長が体に良い物や、自分の好きなものをミキサーにかけて、味のバランスなど一切を考えずに作った飲み物であるらしい。


「これは文化祭の時の目玉商品だったんだ。これも馬鹿な男子が引っかかるわ引っかかるわ」


「売上的には、結構いい線行ったんだよ。今年も楽しみだね」


 味がどうなのか、それ言うまでもない。


「な、なんだか今更罪悪感が……」


 部長は今更ではあるが、自分の罪の重さを認識しようとしていた。


 綺麗なバラには刺がある。だが、その刺は薔薇自身が意図したものではないのかもしれない。


「ま、今年は去年よりマシなもの作れるはずだし。気にしない気にしない。じゃ、今から班分けするから」


 活動は三つの班に分かれて行う。家庭科室には十分な機材がある。分担しない手はない。


「事前に聞いた料理経験から、まあこっちで適当に割り振ったから。最初はこれで」


 黒板に名前が書かれる。私は部長、副部長、そして同級生の橋本さんと一緒の一班。


 早速、班に分かれて挨拶をすることに。ちなみに、作るものも班で違っていいということ。


 美味しさのパターンは三種類、その逆も然り。


「宜しくお願いします」


 無難に挨拶すると、副部長は気前よく返してくれる。


「宜しく。失敗してもいいから、楽しくやろう。あ、でも極力春風の行動には気を配ってくれ」


「萌々果ちゃん、それ酷いんじゃない?一応、部長なんですけど」


「部長ならもうちょっとしゃきっとしなさいよね」


 部長、副部長コンビだが、先の話を聞く以上、部長さんは頼りになりそうになかった。


「早川さんと一緒でなんか安心したかも」


 私の同じ班の鈴木さんは、料理経験なし。趣味の一つとして、料理をできるようになりたいらしい。


「そう言えば、早川さんは料理するんだっけ?」


 嗜む程度に、と言おうとした瞬間に、鈴木さんが割ってはいる。


「一年の間では、結構有名なんです!早川さん、自分と彼氏の分のお弁当作ってきてるって!」


 彼氏。


 まあ、そうなるだろう。むしろ、付いて当然の尾ひれ。


「でも、お菓子は作ったことないので」


「一緒一緒!弁当なんて大層なもんが作れるんなら、クッキーなんてちょろいもんさ。彼氏の分は別に取っておいて構わないからね」


 彩瀬副部長は、春彦のことを聞いてこない。付き合いやすい人だ。部長もそうだが、この人も人気はあるだろう。


「じゃあ、このメンバーで来週は作業するから。今回は臨時徴収は無し。何か持ってきたいってんなら、歓迎だ」


 変なもの持ってくると大抵不味いよね。でも、不味いのも作らないと部長の出番ないじゃん、と笑いが起きる。


 次回の集合時間を決め、時間にして一時間足らずで、今日は解散となった。

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