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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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合宿が厳しい理由Ⅱ



「ではここで、我が料理研究部の合宿の対決ルールを説明しましょう!」


 その一。


 部員は三つのチームに分かれ、朝、昼、晩の三回料理対決をする。


「チーム分けは、クジでやります」


 春風部長が小さな箱を持ち出す。手を入れて引くタイプのクジだ。無駄に可愛い装飾がある。


「チームの異動は認めない。一度決めたら合宿中はずっと同じチームだ。とはいえ、最後の昼食はみんなで楽しくバーベキューでもやろう、ってことになった」


 用意した食材を余らせるのもなんだしな、と副部長は言う。


「今日の昼食は移動中に取りますから、料理対決は実質、今日の夕飯からの五回ですね」


「対決ったって、どうやって勝ち負け決めるのさ」


「料理勝負は、どのチームも同じものを作ってもらいます。今日の夕飯のメニューは『カレー』の予定です。それで、審査員が一番美味しいと思ったチームが勝ち。他の二チームは負けです」


「審査員は誰がやるの?」


「審査員は、保護者会の皆様全員と、飛び入り参加の高瀬晴彦くんにやってもらおうと思います」


 おお、と晴彦に視線が注がれる。


「全票数十一票。同数になった場合はその二チームで再判定。これで勝負がつく」


「今日の夜は一発勝負ですが、明日は三回の結果でコテージに止まる権利を賭けることになりますね」


 はい、とまた誰かが挙手をする。


「負けたら何かペナルティ?」


「いえ、寝る場所がコテージからテントになるだけです。それに、私の家にあるいいテントを選びましたので、あまりペナルティという感じではないと思います」


「不便な点とすれば、トイレくらいだな。外部のも清潔に保たれているが、一つしかない。外で泊まる人の方が多くなるから、早めに行っておくのがいいだろう」


 テントも寝袋も、春風部長の家のものを貸してくれるようだ。


「お父さんが趣味で買って、お母さんに怒られたものなので、大事に使ってくださいね」


 部長がそう言うと、笑いが巻き起こる。


「晴彦くんは何処に寝るの?」


 私ではない、先輩の声がした。



「晴彦くんは男子なので、特別に一人用のテントを準備しました。早くに言って貰えたお陰で、その点もバッチリですよ!晴彦くんのお世話は明日音ちゃんに一任しますので、そのへんは責任もってくださいね」



 部長の言い回しに、私は身が縮こまる思いだった。だが、晴彦は楽しそうに笑っていた。



「その他の時間は自由行動ですが、料理の下準備をするもよし、遊歩道を歩いて風景を楽しむもよし。温泉に入るのもよし、です」


 温泉に関しては、保護者会の人たちも興味があるし、晴彦も使わなければならないので、私たちは指定された時間に入るように、とのことだ。



「一応、簡易的な脱衣場がある。猿が出る報告はあるが、まあ大丈夫だろう」



 つまりは、他の時間は実質的に混浴――。



 そんなからかいの視線が私に飛んでくる前に、春風部長が切り出す。



「でもですねぇ、やっぱり負けてペナルティ無し、っていうのは、どうかと思うんですよねぇ」



 料理研究部一同が、固まる。


 多少の勝負事はあれど、この程度なら楽しい合宿になる。そのはずだったのである。運動部のような厳しいものではなく、青春の一ページとして記憶に残る合宿に。


 その幻想が今、皆の心の中から崩れ落ちた、


「というわけで、春風ドリンクEXです!」


 勢いよく春風部長が出したペットボトル。


「……なにあれ、コンクリ?」


 晴彦がそう言い放つ。


 誰もが息を飲み込む程、凶悪な液体、らしきものが、ペットボトルに詰まっていた。


 色は白。何かを濾したような不気味な白濁に、粒のような物体が蠢くように漂っている。


「今までは即席でしたけど、今回は少し試行錯誤する時間がありましたし、熟成させることもできました。更に、今回のはなんと、体にいいものを沢山使ったんですよ!」


「いつものようであれだが、今回も食えないものは使ってない。漢方とかに手を出していたのが少し不安だがな……」


 気休めのようなその言葉は、もはやどんな効果もない。



 試行錯誤。熟成。部長の口から出る、普通ならば料理を美味しくさせるための言葉は、真逆の意味になる。


「負けたチームは、これを――」


 春風部長が得意げに説明している最中。


「……それさ、春風のチームが負けたら、春風も飲むんだよね?」


 鶴の一声がした。


「……え?」


 部長の表情が固まる。バス内がざわつく。


「そう言えば、春風がそれ食べたり、飲んだりしたことってないよね」


「確かに。なんか、『自分が食べると思うと加減しちゃうから』とかって、安全圏に居たり……」


「そもそも、今までのやつも春風だけがわかる目印とかがされてたのかも……」


「え?あの……」


 春風部長が、当然の事実に固まる。イカサマをしていたわけではないだろうが、自分の作った『それ』を、自分が飲むという考えは、きっといつものようになかったのだろう。


「当然、春風も飲むぞ」


「ちょっ、萌々果ちゃん!?」


 狼狽える部長。しかし、副部長のその一言で、この合宿は血も涙もない、美味いものを作った者だけが生き残る、戦場、いや、地獄と化した。


 今まで幾多の地獄を乗り越えし、料理研究部部員が目を光らせる。


 あれに何度殺されたことか。この世は正に生き地獄。苦しみ、嗚咽し、むせび泣き、次の夕食まで味が残る。


 一度食ったら忘れえぬ、あの味。


 恨み、晴らさでおくべきか。


「み、皆さん、何だか目が怖いですよ……?


 この世に生者はただ一人。あの輩に、生死を彷徨う味、教えん。


「料理研究部第二回!大貧民頂上決戦ー!!」


 イエーイ!と皆の声が揃う。


 ちなみに、私も数回部長特製物質を食べたが、亡者になるほどではない。まだ、ではあるが。


「お、なんだ、ゲームか?」


「罰ゲーム付きのね……」


 二十人でやるのは多いため、三チームに分けていつもやっている。予選で最後に残った貧民、大貧民が決勝進出。予選も決勝も、大貧民のみが罰ゲームである。都合のいいことに、チーム分けの道具は揃っている。


「むむ、いいでしょう!受けて立ちます!」


「私は遠慮したいんだが……」


 やる気の春風部長とは違い、早々あれを飲む機会を避けたい綾瀬副部長。


「主催者同罪!強制連行!」


「わかったわかった……。じゃあ、チームわけしようか」


「なになにー?ゲームするなら私も混ぜてくれない?」


「姉さは保護者枠でしょ?」


 小夜姉さんが、大人と話をするのが飽きたのか、こちらに混ざってくる。


「私だってまだ遊びたい盛の大学生だし?それに、妹の癖に生意気なこと言ってると、この写真ばら蒔いちゃうんだから」


 姉さんがそうして携帯を取り出すと、直ぐに私の携帯にメールが届く。


 届いたメールには、いつぞやの、晴彦が風邪をひいた時に、晴彦のお母さんに激写された、私と晴彦が一緒に寝ている写真が添付されていた。


「……混ざりたいなら、混ざれば」


 これは、世の中に出してはいけないものだ。


「気になる気になる!明日音のお姉さん、どんな写真なんですか?」


 先輩方が、姉さんに興味を示す。皮肉なことに、実の妹でなければ、あれはいい姉に見えるのだ。


「小夜でいいわよー。明日音と晴くんの、子どもの頃の写真よ」


 わぁ、見たいみたい!と声が上がる。


「へぇ、俺もちょっと見たいな」


「ダメ」


「え?なんで?」


 晴彦が変な声を上げる。私は素早く携帯を閉じる。


 皆は勘違いしているのだ。子どもの頃、というニュアンスで、幼稚園とか小学校低学年だとか。そのくらいの写真を皆は思い描いているだろう。


 しかし、子ども、というのは、姉さんからして、という意味であり、この写真が取られたのはたった二ヶ月前。


 一緒のベッドで寝ている男女の生々しい写真。


 こんなものを、世に出すわけにはいかないのだ。携帯の画像フォルダの、奥底に沈んでいなければならないものだ。


「そうねえ、明日音が最下位なら、公開ってのはどう?」


「よっしゃ、やる気出てきたー!」


 気合を入れ直す先輩方とは正反対の方向で、私も気合が入る。


「姉さんが最下位なら、それ消してよね」


「いいわよ?最下位なら、ね」


「じゃあ、チーム分け始めますよー。まずAチームから!」


 そうして、料理研究部の合宿第一幕。総勢二十二人。地獄の大貧民が始まる。



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