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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
六話目
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合宿が厳しい理由



「……どうしてこんなことに……」



 私は夏休みだというのに、制服を着て学校にいた。夏休みでも、学校では多数の部活動が活動していて、平日より活気があるように思われる。



「学校に集合するだけなのに制服なんて、変な感じだな」


 晴彦も同様、制服を着て佇んでいる。


「しかし、本当に男は俺だけだな」



 今日から、料理研究部の合宿が始まる。詳細は聞いていないが、山で二泊三日、キャンプ生活をするらしい。一応、正式な活動ということで制服とジャージ着用だ。



 部員が皆女なので、生徒で男は晴彦だけ。ただし、保護者には男の人が多い。



 私が嘆く理由は、その保護者にあった。



「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますー。無理を言って幼馴染まで一緒で……。ええ、子どもの時からずっと一緒でしてー」



 我が姉、早川小夜が、保護者に溶け込んで挨拶をしていた、


 無論、ここまで送ってきただけではない。姉さんも、二泊三日の合宿に付いてくるのだ。


「姉さんを警戒して、晴彦を連れてきたのに……」


 それもこれも、部活動でついでに保護者の集まりをしよう、なんて考えつくどこかの誰かが悪い。


 運悪く、家にかかってきたその電話を、姉さんがとって、勝手に自分の名前で承諾したのだ。


『なーに、合宿なんて。私に言わないなんてダメじゃない』


 いやらしい笑顔を私に向ける姉さんに、私は自分の策が敗北する瞬間を感じた。


「しかし、小夜さんは大学生なのにすごいな」


「……猫かぶりが、ってこと?」


 まあ、そうともいうかな、と晴彦は笑った。



 姉さんの社会的に他人と関わるスキルは超一流といってもいい。言葉を悪くすれば、見ず知らずの男性に自分のことに関心を抱かせる技術だ。



 容姿がいい姉さんは、愛想よく笑えば完全無欠の女子大生。大人と対等に渡り合うどころか、相手を手玉にとっているよう。


「あれ、明日音のお姉さん?」


 先輩方が私に話しかける。


「す、すいません……」


「いや、こっちこそごめん。保護者会やろうっていったの、家の親なんだよね」



 先輩方には、なぜ晴彦を合宿に連れて行きたいのか、説明している。姉の驚異も。


「いや、でも確かに、あれなら明日音の言いたいことわかるわ」


 皆、しげしげと姉さんを見ている。


「そして、君が明日音のかれ――、いや、幼馴染くん」


「よ、よろしくお願いします」


 晴彦が先輩方に挨拶をする。私がいろいろ話しているせいで、晴彦は料理研究部において随分親しみやすい存在になっていた。


 その気安さに、晴彦の方が少し驚く。晴彦は完全に初対面の人が多い。知り合いは私と、クラスメイトの栗原さんくらいだろう。


「皆さん揃ってますかー?」


 春風先輩と、彩瀬先輩が現れる。その横には、修学旅行で使うような大型バスが停まっている。どうやら、これで移動するらしい。


「春風のお父さんに運転してもらう。私の家の所有物じゃなく、レンタカーなので汚さないように」


 副部長が言うと、『はーい』と皆揃えて声を出す。


「春風のお父さん、凄いね」


 先輩の一人が声に出す。

 春風部長のお父さんは、筋肉隆々で、ヒゲが似合う男の人だった。頭は坊主で、イケメンではなく、ただひたすらに筋骨隆々。


「あのお父さんの遺伝子が、どうやったらああなるんだろうね」


 親子と呼ぶには、余りにかけ離れた絵だった。


「荷物は先に向こうに送ってありますから、後は向かうだけです!」


「何だか気合入ってんな。いつもこうなのか?」


 春風部長の様子に、晴彦が私に耳打ちする。


「どうかなぁ。でも、これが初めての合宿だって、部長と副部長はだいぶ気合入れてたみたい」


 臨時の部費徴収もあった。そこそこな額だったことを考えると、それなりに豪華な合宿になりそうではある。

「早く乗ってくださいねー。帰るまでが合宿といいますから、行く時も、既に合宿なんですよ?」


 妙にうきうきとした春風部長に、皆押し込まれるようにバスに乗った。


 総勢三十名くらいだろうか。それでも、バスの座席にはまだ余裕がある。


 後部座席に保護者が固まり、前に生徒が。


 私は前から三番目の、通路側の席。隣には勿論、晴彦が座っている。みんなが気を効かせたわけではないが、私が言いだしたことなのだからこうなるのは当然でもあった。


 皆が乗っていることを確認し、バスは走り出す。



「えー、それでは今より、料理研究部、第一回の合宿を開催します!」


 バスガイドが使うようなマイクを片手に、春風部長が声を上げる。


 皆、一様に声を上げ、拍手をしてそれを盛り上げた。


「でもさ、合宿っていっても、私たち何するのか全く聞いてないんだけど」


 その声も、当然のように。


『二泊三日のキャンプでサバイバル生活』


 と、会議の時には決まったが、具体的な内容は伏せられたままだ。


「川で魚でも釣るの?」


「野草とか取るのかも」


「現地に行ったら猟友会の人とかが待ってるんじゃ……」


 ざわざわとした、不安のような言葉を皆吐く。サバイバルというのは、思いつく限りではそういうことであり。


「春風と萌々果だったら、やりかねないよね。鹿とか倒して丸焼きにして食えとかいいそう」



 狂気の料理人と、富豪の娘のコンビは、こういうことを容易くやってしまうという信頼が、料理研究部の中にはあった。


 車の運転をしている、春風部長のお父さんが爆笑した。


「お父さん!前向いて運転してください!それに皆も!そんなことしませんから!」


 赤くなって否定する部長に、最前列に座る彩瀬副部長も笑っていた。


「こりゃあ、二年のアイドルってのもわかる気がするな」


 晴彦がそう呟いた。


「可愛いよね、部長」


 それとなく、様子を伺う言葉。


「そうだな。なんで彼氏いないんだろ」


 特に、興味があるような口ぶりではなく、完全に他人事であることに、少し安堵する。


「何かいろいろ、理由があるらしいよ」


 私が言うと、へぇ、と晴彦も興味なさそうに返した。


 こほん、と部長が何かを切り替えるために咳をする。



「今から私たちが行くのは、ここです」


 パンフレットが前から回ってくる。


 それは、キャンプ場のパンフレットだった。キャンプスペースの他に、調理場なども完備。コテージも二つあり、なんといっても売りにしているのは敷地内にある天然温泉。しかし、効能はあまりないお湯らしく、景色を楽しむためのものだ。


「へぇ、凄いじゃん!」


 その内容に、否応なしに期待が膨らむ。


「凄いでしょう!小さなキャンプ場ですけど、予約殺到するんですから!」


「まあ、本当のシーズンは紅葉の時らしくてね。いろいろ掛け合って、予算的にもだいぶ安くしてもらった」


 そうは言うが、二泊三日とは言え、貸切ならそこまで安くはないだろう。


 綾瀬部長の力量が伺える。私も、見入るようにパンフレットを眺めていた、


「これ、本当に知らなかったのか?」


 晴彦が私の持つパンフレットを覗き込むようにしていう。


「うん。どこに行くかも、何をするかも知らなかった」


「じゃあ、根回しされてるんだな。小夜さんがついて来たがったのもわかる」


「どういうこと?」



「保護者の人たちには、ここにいって、こういうことをします、って先に説明してたんだよ。きっとな。だから保護者会やろうなんてことになったんだ。こんなにいいところなら、親だって来たいだろうし、子どもの世話もしなくていい。むしろ、料理研究会だから飯は出るしな」


 そもそも、何やるかわからんのに追加で部費払うなんて無理だろ。


 私は何も考えていなかったが、確かにそうだ。その証拠に、保護者団はパンフレットを見ても落ち着いている。きっと、色々な説明を受け、納得した上でこのバスに乗っているのだ。


「副部長がいろいろ手回ししたのかな」


 春風部長はこういったことに向かないだろう。


「副部長って、あのスラッとした綺麗な人か?」


「そう、だけど……」


「あの人、どこか小夜さんに似てるよな」


 晴彦はそう言って微笑む。


 散々知っていたことではあるが、やはり晴彦が自分以外の女性を褒めるのは心が落ち着かない。


「そうかな?」


 私は、高校時代の姉さんの姿を知らない。


「ああ。妙に大人っぽくて、スタイルもいい」


 それは隣に春風部長がいるからではないだろうか。春風部長はどこか子供っぽく、純真で、純粋だ。


 そして綾瀬副部長は知的で、大人っぽく、立ち居振る舞いも落ち着いている。


 二人は一緒にいることで、その魅力を増していくよう。



「でさぁ、私らはここでただキャンプすればいいわけ?」


 先輩の一人が声を上げる。


 ふっふっふ、とわざとらしい笑い方を、春風部長はする。


「このキャンプ場にコテージは二つありますが、一つは保護者会で使用します」


「じゃあ、もう一つはうちらが使っていいの?」


「そうです。テレビも冷蔵庫もあり、エアコンも完備!シャワーも使えます!トイレも個室です!」


 おお、という歓声が上がる前に、副部長が口を挟む。


「ただし。ここを使えるのは、料理対決に勝ち抜いた一チームのみだ」


「料理対決……?」


 皆が瞳を合わせる。



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