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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
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私と姉が疎遠な理由Ⅱ


 さて、ここで終わればいい話なのだけれど。現実はいつも都合よくいかない。



「へぇ、そんなことがね」


 翌日から、私と晴彦の勉強会が始まる。毎年恒例で、全ての宿題を七月中に終わして、後は遊ぶなりなんなりである。


 驚くことに、晴彦は私と姉さんの茶番、というわけでもないが、姉さんの思惑におおかた気づいていたようで。



『これからは明日音を怒らせないようにする』


 と、晴彦は笑顔で私をからかうだけだった。



「姉さんも姉さんで、大変だったみたい」



 小夜姉さんと少し打ち解けて、昨日は眠るまで話し続けた。



 姉さんの男性遍歴は凄まじく、顔がいいだとか、家柄がいいだとか、運動ができるとかそういうことにとにかく拘っていた。聞いていて少し呆れるほどだ。



『普通の人とは付き合わなかったの?』


 と聞けば、


『普通ってなんだか中途半端じゃない?』


 と返ってくる。



 短期間で別れて、前の彼氏や、歴代の彼氏とヨリを戻して。別れて、戻って、また別れる。



 大学生活はほとんどそれの繰り返しだったのだそうだ。今は奇跡的にフリー。携帯電話は忙しそうに鳴っているが、出る気配はない。


「姉ができた気分はどうだ?」


 晴彦と話している間は、ペンを動かしたり止めたり。効率が悪いが、どうせ一日中やっているのだ。というより、こうすると一日中やれるのだ。


「どうだろ。別に変わらないかも。家に帰って、ご飯の時に話す機会が多くなる、位かな」


 何かが変わった、と言うほどの出来事ではない。何も変わらない。変わっていない。


「昨日はどうなることかと思ったけど、まあ上手くいってよかったよ」


 そう晴彦が言って、私の顔をじっと見る。


「……なに?」


 その瞳に、私の鼓動がギアを一段階上げる。


「なんつーか、明日音も言いたいことあるんなら、我慢せずに言ってもいいんだぞ?」


 晴彦が、妙に神妙な顔をした。


「なにそれ。どういうこと?」


 晴彦に関して、我慢していることがないとは言わない。


「いや、俺に対しても、何か言いたいこと、我慢してるのかな、とかさ。昨日のあれで思った」


 確かにあるにはある。しかし、それは姉さんに言った言葉とはベクトルが真逆になる。別の意味で、言えない。


「う、ううん、大丈夫。晴彦には、ないよ」


 言えるものか。それこそ恥ずかしすぎて、埋まる穴を掘ってからでないとダメだ。


「そうか……?まあ、遠慮はするなよ」


「うん。晴彦もね」


 そうして、また文字列に視線を落とす。こんな会話が、とても嬉しい。


 だって、遠慮をするなというのは、つまるところ他人以上であるということで。私に近づきたいと、晴彦が言っているような気がするのだ。



「はっ、るっ、くーん!!」


 玄関の扉が開く音より大声で、姉さんの声がする。


 余す力でシャープペンシルの芯が折れた。


 間もなく、小夜姉さんが晴彦の家の居間に顔を出す。


「晴くん晴くん!そうめん作ってみたの!食べに来ない?」


「あ、お昼ですか?じゃあ――」


 晴彦が答えを出す前に、もう既に姉さんは晴彦の腕を取っている。


「ほらほら、早く行こ!乾いちゃうよ!」


「姉さん、普通の男子には興味ないんじゃなかったの?」


 私も咄嗟に、晴彦の腕を掴む。


 お、おお?と、晴彦が戸惑うように私と小夜さんを交互に見る。その姿は姉妹に気に入られたお気に入りの人形。


 何かが裂ける気配。それは人形の肌か、それとも姉妹の絆か。


 晴彦は、私と姉さんが和解した、と思っているのだろう。事実、今の今まで、私もそう思っていた。そう思って、油断していたことを後悔した。


「だからぁ、晴くんに普通の男子の魅力、教えてもらおうかなってぇ」


 媚びるような声に、晴彦に擦り寄る小夜姉さん。


「大学に戻ったら選び放題でしょ。少し我慢したら?」


「同じ夏は二度と来ないんだよ?時間がもったいないじゃない。それに、丁度いい相手もいるし」


 小夜姉さんが、晴彦の首に腕を回す。



 夏。


 それは薄着の季節。


 晴彦の家にはエアコンがなく、私たちは扇風機で厚さを凌いでいた。しかし、やはり多少の汗は出る。


 そう言う意味で、私は夏が大好きだ。ああやって晴彦の首周りに腕を回せば、晴彦の匂いが鼻腔を擽る。なぜ姉さんがやっているのか、ということはさておき。


「小夜さん、暑いですって」


 晴彦が姉さんの腕を解く。


 私と姉さんは、互いに打ち解けたが、理解し合ったわけじゃない。


 むしろ、未だに私は姉さんという人間がよくわからない。分かり合う瞬間は、もしかしたらないのかもしれない。


 晴彦への言葉と態度は、本気なのかもしれないし、昨日のように私をからかっているのかもしれない。


 不器用なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。



 しかし、それが本気でも悪戯でも、やっていいことと、悪いことがあるのだ。


 私は晴彦の腕を掴んでいる力を強め、こちらに引き寄せる。


「おわっ!?」


 晴彦が声を上げると、私の腕の中に返ってくる。落ち着く匂い。感触、鼓動の音。


 昨日、無意識に言葉に出していたらしい。


 晴彦は、私のものだ。そんな独占欲を、私はもう抑えられない。だって、欲を出さなければ奪われてしまうから。


「そうめん作ったって、茹でただけじゃない」


「そうだけどー。いいじゃない、夏はこれでしょ」


 私と姉さんの妙に熱い視線のぶつかり合いに、晴彦がため息のようなものを吐く気配がする。思えば、今回は晴彦は私たち姉妹に振り回されっぱなしだ。


「仲良くしてくれよ……?」


 耳元で囁かれるようなその言葉を、刷り込むように晴彦の身体を一度だけきつく抱き、そして解放する。


「仲良くできるかどうかは、姉さん次第」


 私たちが打ち解けたのは、姉妹としてか、それとも、女としてか。



 とにもかくにも、予想していたものと寸分の違いのない、気の抜けない夏が始まる。

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