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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
56/159

私と姉が疎遠な理由


「消えたい……」


 私は一人、屈みこんで線香花火に火をつける。


 花火は好きかどうかと言われれば、まあ嫌いじゃない。私の世界には、そんな『嫌いじゃない』ものが一杯ある。


 線香花火は僅かな輝きを放って、やがて地に落ちる。


 この落ちる一瞬、落ちたあとの暗闇。線香花火の真価とは、花火の遊び方そのものにある。


 皆で騒ぐわけじゃなく、ひっそりと、穏やかに咲いて、そして散る。


 そして願わくば、私もこの花火のように散ってしまいたい。そう思わずにはいられない。


 夕食の喧嘩を、晴彦に見られた。見られた、というより、晴彦の前でやっていた。


 私が姉さんに酷い言葉を容赦なく吐いているのを、晴彦に見られたのだ。



「幻滅したかな……」



 あんな私がいるなんて、私でさえ知らなかった。



 あの激情。恨み辛み、心のどす黒さ。相手を侮蔑するための感情。優越感。保守的思想。独占欲。



 晴彦を奪われたら、私は、ああなるのだ。



 あんな私を晴彦が好きになるはずがない。



 それもこれも、皆姉さんの所為――。



「うう……!」



 首を振って、そのどす黒い心を追い払う。だが、それは知らぬ間に私の心の奥底まで入り込んでいる。



「何唸ってんのよ」



 姉さんが私の傍にしゃがみこんできた。手にはなぜかねずみ花火と蛇花火を持っている。



 もう、言い合いをする気力はなかった。てっきり晴彦のところに行くのだと思っていた。



「……姉さんの所為でしょ」



「何が私の所為よ。さっきも散々、『晴彦は私の』だとか、『晴彦は私の手料理が好き』だとか惚気けてた癖に」



「……私、そんなこと言ってた?」



 線香花火が地に落ちる。



「言ってた」



 何を言葉にしたのか、実のところよく覚えてはいない。あんなに悪口を口にしたは人生で初めてだ。



「……花火の煙って吸い過ぎると記憶が飛んだりしない?」



 姉さんが線香花火に火を付ける。



「酒で記憶飛んだ経験ないからわからないけど。死ぬ一歩手前まで行けば飛ぶんじゃない?」



 オススメはしないけど、と言う間に、姉さんの線香花火がすぐ地に落ちる。まるで姉さんを映し出すのを拒否するように。



「線香花火って嫌い。地味だし、動けないのが苦痛だし、面白くない」



 そう言いつつも、もう一度線香花火に火を付ける。


「私は姉さんが嫌い。私より頭が良くて、私より綺麗で。いつも違う男の人を侍らせて、態度も大きくて」


 先程のような悪口とは、少し違う言葉。今は冷静に、瞳を見ずにも冷静に口にできる。悪意は、たぶん、ない。


「私より断然男子に人気があるのに、私が唯一持ってるものも奪おうとするところも」


 私の線香花火が落ちる。もう一本、線香花火を取る。


 姉さんと私の動きは、ただそれだけ。煙から逃げるように、私たちは小さくなる。


「私は明日音が嫌いだった。子どもの頃からずっと晴くんと一緒で。私が彼氏と送りたかった学校生活を苦もなく過ごしてさ」


 私がどんなに苦労して彼氏ゲットしてたかとか、知らないでしょ。


 そう、姉さんは言った。


「苦労なんかしてないでしょ。男の方から寄ってくるんだし」


「してるわよ、苦労。化粧だってそうだし、実際会うときは猫被るし。努力してないのは明日音でしょ。化粧なんかしなくても、晴彦くんと一緒に居れるくせに」


 返す言葉が、花火の音でかき消される。


 確かについ先日まで。私は、晴彦と一緒にいる為の努力を全くしていなかった。


 一緒にいるのが当たり前で、それがずっと続くのだろうと思っていた。そうではないと気づいたのは、つい最近のことだ。


「でもさぁ、ようやく、あんたも努力し始めたんだなって。部屋には化粧品、女性向けの雑誌、クローゼットには新しい洋服。勝負下着っぽい奴とか」


「……勝手に開けたの?」


 姉さんは悪びれず、舌を出した。


「まあ、いいけど」


 怒る気にもなれなかった。


「胸のサイズはまだまだ私のほうが勝ってるね」


「……そのうち育つからいい」


「晴くんに揉んでもらうの?」


 下世話な話も、どうやら得意になっているようだ。


「その、晴くん、っていうの止めない?」


「年上っぽくていいでしょ?」


「なんかちょっと、イラッとする」


「じゃあ、やめなーい」


 その口調に、私が先に吹き出す。何というか、姉らしい。


 それを見て、姉さんも笑う。


 二人の線香花火は、もうとっくに輝きを失っていた。


「ほら、花火」


 姉さんが次の線香花火を渡してくれる。それを受け取る。頼りない紐は、引っ張れば容易く切れそうだ。


「何か、姉さんの話ししてよ。私の近況は知ってるんでしょ」


 私は、姉さんの話を知らない。母さんから聞く姉さんの話は、いつも同じで耳に残らない。


「そうねえ、じゃあ、高校時代に二股かけられた話から」


「姉さんを二股?凄い男子だね」


「これが最低だと思わないでね。一杯あるんだから」


 噎せそうになる火薬の臭いの中、私と姉さんは、本当に言葉通り。生まれて初めて笑いあった。


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