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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
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早川家の仲がいい理由Ⅱ


「晴くん何食べる?」


 小夜さんが慣れた手つきで小皿を取り、俺の分を取り分けてくれる。流石、大人の女性というところか。


「男の子だから一杯食べるよね」


 取り敢えずサラダから、と小夜さんは小皿にサラダを取り分ける。


「あ――」


 と、俺が声を出す前に、明日音が凛とした声を出す。


「晴彦はトマト嫌いだから」


 空気が凍えた。


 奈美さんはお構いなしに穏やかな笑顔を浮かべ、母さんは笑いを必死で堪えている。


 生贄どころか、俺は見世物だ。殺されることなく、ただ生かされる。


「そっかぁ。じゃあ、私が食べてあげるね」


 大人の余裕を見せつけて小夜さんがサラダを取り分けてくれた。が、その笑顔が少し怖い。


「ありがとうございます……」


「トマトは体にいいけど、確かに好き嫌い多いもんね」


「はぁ、そうですね」


 綺麗に盛られたサラダは、素材の味がしっかりとしてとても美味しかったのだが、気分は最後の晩餐に近かった。


「あら、奈美さん、これ美味しいわね」


「不味いなんて言わせないわよー?」


 母二人は楽しそうである。


「晴くんは何が好きなの?」


 お見合いのテンプレートのような質問。


「私の手料理全般」


 明日音の言葉に、両端から、おお、という驚嘆の声が上がる。


 引き攣る小夜さんの横で、明日音が怖い表情でひたすらに食を進めていた。


 俺の顔が引き攣る。


「あらー、私の手料理でごめんねー」


 と、奈美さんが笑う。い、いえ、と返すのが精一杯だった。


「姉さんは手料理どころか掃除もまともにできないもんね。結婚とか、まだ早いんじゃない?」


「私だってやろうと思えばそれくらいできるわよ?他に色々やることがあるからやらないだけ」


「へぇ?男の人を漁るのに忙しいんだ」


「ちょっと、そういう言い方なくない?」


 こうして話している二人の何が恐ろしいかというと、二人は決して視線を合わせないのだ。


 小夜さんが優しげな瞳で、明日音が冷めた目で俺を見ながら会話をしている。


 明日音が誰かを侮辱するような事を言うのは、きっと初めてだと思う。


 普段怒らない奴が怒ると怖いと良く言うが、まさにそれだ。


「漁ってる割には、長く続かないよね。男の人じゃなくて、姉さんに問題あるんじゃない?」


「はい、晴くん、あーん」


 明日音を完全に無視して、からあげを俺に差し出す小夜さん。


 しかし、その箸が俺に届くことはなく。


 乾いた音と共に、唐揚げが宙を舞い、音を立てて俺の傍に飛んできていた。


 明日音が、手でそれを払ったのだ。唐揚げの衣がとても美味しそうに弾けた。


 それと同時に、小夜さんの中の何かも弾けた。


「邪魔しないでくれる!?」


 小夜さんが明日音の方を向く。明日音も俺に見せたことのない牙を剥き出しにする。


「邪魔してるのは姉さんでしょ!?何よ、こんな手の込んだことしちゃって!」


「別にいいじゃない、手が込んでたって!あんたまだ晴くんと付き合ってるわけじゃないんでしょ!?じゃあ何しようが私の自由じゃない!」


 小夜さんが立ち上がり、明日音を見下す。


 明日音が机を叩き、呼応するように立ち上がる。唐揚げが揺れた。


「確かにまだそういうことはしてないけど、晴彦は私のだから!姉さんにはあげないもん!」


「はあー?何勝手に言ってるの?付き合ってもないのに私のものなんて、束縛激しすぎなんですけど。そんな女、将来性ないね。お嫁さんより先にストーカーにでもなるんじゃない?」


「姉さんは結婚できるかどうかも怪しいけどね。それかバツイチ?あ、イチじゃ足りないか」


 眼前で繰り広げられる、笑顔の決戦。


 正直恐ろしいが、それを言葉に差すことはもっと恐ろしい。


 さらに言い合いを続ける二人。その発言は過激さを増し、普段なら決して言わないような言葉も、悪態も、小夜さんに釣られるかのように明日音の口から出ていく。


 幻滅した、などということはないが、やはり明日音も言わないだけで、色々なことを思い、考えているのだということを再認識した気分だった。


 しかし、何というか、である。


 俺の目の前で俺の話をされるというのは、なんとも落ち着かないような――。


「……ん?」


 俺は二人を眺めるようにしてみる。


 俺のことを話しているのに、二人は決して俺の方を向かない。俺を意識している、という風でもないのだ。


「はい、勿体無い。どうぞ」


 奈美さんが俺の取り皿へ、先程小夜さんが落とした唐揚げをいれてくれる。


「あ、ありがとうございます。あ、あの……」


「二人のことでしょ。いいわよ、放っておきましょ」


「しかし、晴彦がこんなにモテるとはねぇ」


 母さんは遠慮なく料理を口にしながらそう言う。


「別にそんなんじゃないって」


「よく言うじゃない、余裕のある男はモテるってさ。晴彦くんは下手したら大人より余裕あるからね」


「それは明日音ちゃんのお陰でしょ」


「もういいから。それより、二人止めなくていいんですか?」


 俺がひっそりと奈美さんに聞くと、笑顔のまま頷かれた。


「いーのいーの。ささ、食べましょ。腕を振るったのよ?」


 やがて二人の言い合いは奈美さんの鶴の声で終わった。が、奈美さんは止めるタイミングを見計らっていたのか、その時にはもう二人も正気に返る寸前であった。



 何かしら奈美さんに考えがあるような気はするが、それがなにかはわからない。奈美さんのポーカーフェイスは、小夜さんの無邪気な表情や、明日音の無表情に勝る。親子なのだな、と思う。


 二人とも、むすりと口を結ばせて、料理を食べていた。不思議と、気まずさはなかった。奈美さんと母さんがいる手前、といったところだろうか。


 食後のデザートは、見た目も綺麗なオレンジゼリーだった。これは手作りではなく、母さんが今日買いに行ってきたものだという。


「大人にもご褒美は必要だものね」


 奈美さんが笑ってそれを用意してくれる。


 確かに美味しかったが、相変わらず二人の様子は犬と猿。どっちが猿かという話題でまた燃料を投下しそうだったので、下手な言葉はかけれなかった。


「そうそう、花火も買ってきたんだ。夏と言ったらこれでしょ!」


 母さんが袋一杯の花火を出す。


「いいわねぇ!久々にやりましょうか!」


 ノリノリの奈美さん。二人の権力者には逆らえず、全員参加で花火大会に。



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