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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
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早川家の仲がいい理由


 その日はこれで終われば、いい日だったのだ。


「今日は着替えないのか?」


 家に着くと、明日音は自宅に寄らずに俺について俺の家に入ろうとする。


 この頃の明日音は自信をつけたのか、お洒落をして来る。まあ、俺が選んでいるものが殆どだが。明日音は自分のそういったセンスを全く信用していないらしい。


「姉さんいるから」


 そこで、それまで上機嫌だったものが下がる気配がする、


「あ、そう……」


 やはり、まだ喧嘩中であるのだ。小夜さんの話題を避けて正解だったのだ。


「お邪魔します」


 明日音の相変わらず慇懃な挨拶。


 家に入ると、人の気配がない。母さんがいるのといないのでは、声の響き方が違う。


「どこか行ったのかな」


「買い物とかじゃない。昨日見たけど、冷蔵庫にあんまり物入ってなかったし」


 我が家の冷蔵庫の中を、幼馴染は把握しているらしい。


 そうしていつものように、夏休みの宿題を終わすべく努力をする。このペースで行けば、七月中には大半が終わるはずだ。


 しかし、六時を過ぎても母さんは帰ってこない。


「恭子さん、何かあったんじゃ……?」


 俺より先に明日音が心配し始める。


「二日酔いは治ってたみたいだけど……」


 明日音はこういうことによく不安になる。携帯電話が普及する前は、俺との約束を確認するために何度も家に連絡をよこした。俺が風邪をひいた時もそうだ。


 普通が壊れることを恐れているとも言える。


 そして今ではたまに、寝る前に電話が来る。話すことは普段と変わらない。新たな普通を、俺たちは築いている。


「仕事じゃないにしても、心配するだけ損だぞ。こういうのは、大抵何でもないんだよ」


「ただいまぁー」


 玄関の方から疲れた声がする。


 ほらな、と視線で合図をすると、明日音も可笑しそうに頷いた。


「おかえり」


「おかえりなさい」


 二人で挨拶をすると、母さんは直ぐ居間に顔を見せた。珍しく、他所へ行く時のきっちりとした格好をしていた。


「晴彦、今日明日音ちゃんの家でご飯食べるから」


「は?どういうこと?」


「お見合いよ、お見合い」


 いやー、若いっていいわね。そう言って、母さんは自室へと消えた。


 何かが折れる音がした。


 振り返ると、明日音がシャープペンシルの芯を豪快に折っていた。誤って折ったのではないと、なんとなくわかる。


「……ほらな、心配するだけ損だろ?」


 俺の言葉は、多分もう明日音の耳に入っていなかった。 



 そして場面は、早川家の前。


 俺と明日音は、神妙な顔で灯りの着いた家を見つめていた。この先にあるのは天国か魔界か。


「行くか」


 家に帰るだけなのに、何故か明日音の方が緊迫しているようだった。


 明日音の家の玄関をくぐると、すぐにお洒落なダイニングキッチン。そして隣接するリビングには、高そうなソファが鎮座している。



 女世帯であり、綺麗好きの奈美さんと明日音が管理しているだけあって、家の中は新築同様、明るく綺麗だ。女性らしい内装が、家にはないような緊張感を高める。



「お、来たわね。ささ、座って座って」


 小夜さんが俺たちをテーブルに案内する。


「姉さん、これ、なんなの?」


 明日音が警戒するが、小夜さんはひらりとその視線を躱す。


「べっつに?私の帰省パーティと、一学期お疲れの意味を込めて、ささやかな宴会を企画してあげたのよ」


 勿論、ノンアルコールでね、と小夜さんは付け足した。


 地面に座るのではなく、椅子に座るという食事スタイルは、家ではなれないが学校で会得している。


「さあ、今日は一杯食べてね!」


 ご機嫌な明日音の母さん。机の上に並ぶメニューはからあげや手の込んだシーザーサラダなど、家では滅多に出ない品々。


 キッチンでまだ作業をしている奈美さんの姿は、まさに若奥様である。まだ料理はでてくるようだ。


「わお、流石専業主婦は仕込みの仕方からして違うわね!」


「ふふん、伊達に時間余らせてないのよ?」


 母さんは先にテーブルに座り、出てくる料理に目を光らせていた。


「母さんは基本冷凍食品か惣菜だからね……」


「出てくるだけましでしょ。まともなご飯が欲しかったらさっさとできる嫁を貰いなさいよ」


 長方形の机の短い一片に母さん。そして向かいの席は恐らく奈美さん。そして長い方には、方や一つ、そしてもう片方は二つ。


 俺はこっちなんだろうな、と一つしかない椅子に腰掛ける。


「何よ?」


「……別に」


 小夜さんと明日音が並んで座る。その絶妙に離れた距離は正しく山あり谷有り。


 俺と二人が向かい合うその様子は正しくお見合い。


 小夜さんは俺をまるで獲物を見るような目つきで見ているし、その横では明日音が小夜さんをフルに警戒している。


「なんなんだこれは……」


 俺が小さく呟いた言葉を、母さんは目ざとく聞いていた。


「ご近所付き合いよ。未来の嫁を今選べとは言わないわ」


「未来の嫁だなんて、お母様、気が早い!」


 小夜さんは母さんと楽しそうに笑い合う。


 そこはかとなく仕組まれた、胡散臭い宴に、俺は明日音に助けを求めるように視線を伸ばす。


 が、そこには全力で小夜さんを睨みつける明日音がいた。


 完全に冷静さを失っていらっしゃる。


 俺はこの女性だらけの食事会で孤立無援。今日ほど父親が恋しい時間はない。


「はいはい、じゃあ始めましょうか!」


 テーブルには香り高い白米と、数々のオードブル。注がれるジュース。きっとデザートも用意されているだろう。


「じゃあ、かんぱーい!」


 奈美さんの高らかな声で、宴は始まる。よくよく見れば、俺が生贄のように見えないこともない。



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