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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
一話目
5/159

俺と彼女が幼馴染な理由3

 ここで俺の一日が終わるのかと思いきや、実はもう一つ、何でもない出来事があったりする。



 それは放課後。


 今日は明日音も料理研究部に顔を出している。


 部活を止めて、尽く思う。


「……暇だ」


 なんとなく残っていた教室には、もう誰もいない。夕方の証である赤い光

が、世界を徐々に侵食しつつある。


 どの位暇なのかというと、教室で暇だ、と独り言つ位暇なのである。


 家に帰ってもやることはない。予習や復習は、情けないことに明日音がいないと今ひとつ身が入らない。テレビは七時まで面白いものがない。


 明日音の存在を、大きく思う。


 部活をやっていた頃は、何かに追われているような忙しさだった。時間的に余裕はあるが、体力的に余裕がなかった。


 休日は、更に如実にそれを感じる。


 何も予定のない四十八時間は、とても長い。


「なんつーか、今更?」


 行儀悪く机に座って、窓の外を見る。一階からでは、景色も何もない。グラウンドから響く、野球部の掛け声と、遠くの体育館の振動、そして、吹奏楽部のパート練習がそこかしこで行われている。


 どこか淋しい、と思う風景は、きっとこの教室を覗いた大半の生徒が思うことだろう。


 帰っても良かったのだが、なんとなく明日音を待っていたかった。


 明日音は先に帰って、と言っていたし、部活が終わったら連絡も来るだろう。だが、待っていたかった。


「本でも読んで待つか」


 校舎内で暇を潰せるところなどない。ここでは誰もが忙しなく青春を送っている。


 教室を出て廊下を歩くと、まるで俺だけ何かから取り残されたような感覚がした。その何かがわからず、しかし何か損をしているような感覚に駆られる。


 自分の歩く足音が、やたらと響く。俺はこんなセンチメンタルなやつだったろうか。


 図書室には、学校説明会で来たきりだ。


 ここもどこか、青春とは無縁のような世界。ひっそりと静かに、まるで忘れられたように存在する。


「ま、何処の学校もそうだよな」


 図書室で勉強しているのは、いつだって少数派だ。


 重苦しい印象しかない、綺麗な木製の扉を開ければ、数ヶ月前に見た光景。


 音は遮断され、光は差し込まず。話し声を禁忌とするような異空間。


「……何しに来たの」


 扉が閉まる音に重なって、聞き取りづらい小さい声。


 カウンターを見れば、隣のクラスの悪代官、小野風華がカウンターに座っていた。


「……これはこれは悪代官様。ここは貴方の根城でしたか」


「悪代官は辞めて。昼の件は、ちょっとはやりすぎたと思う。やりすぎたの

は茉莉だけど」


「確かに、茉莉はちょっと派手に騒ぎすぎたな。裕翔もだけど」


 昼間の刺すような視線はもうない。変わりに、無機質な表情のない瞳がそ

こにある。


「ここで何を?」


「図書委員。と言っても、下校時間になったら鍵かけて職員室に持ってくだけ」


 図書委員は、数ある委員会の中でハズレくじの一つ。


 本の入れ替えや整理、貸出の管理、そして図書室の開け閉めを、担当の先生がいない時にこなす。


 とは言うものの、その担当の先生が部活も担当しているお陰で大抵生徒が一人、図書室に閉じ込められる。部活動をしているものは図書委員を嫌うし、大抵帰宅部がやらされることになる。だが、帰宅部も帰宅部で変な責務は御免なので、委員の集会は誰が番をするかの押し付け合いになっているという話だ。


「一年なのにもう押し付けられたのか。押しは強そうなのにな」


「自分から引き受けたの。本は好きだし、滅多に誰も来ないから」


 確かに、人気は無さそうだ。電気は手前側しか付いておらず、変わりに奥の方には何か魔物が住んでいるのではないかと思うほど不気味な暗闇が漂っている。


「声を潜めなくていいのは楽でいいな」


「で?何しに来たの」


 世間話をする気分ではなさそうだった。


「明日音を待つ間に、本でも読もかと」


「借りるの?」


「そこまで速く読めないしな。二週間だろ」


「わかってるんなら、いい」


 さっさと借りて、出て行け。そんな空気が漂っている。小野さんはカウン

ターで本を読んでいたようで、その続きに目を落とした。


「……頼みがあるんだけど」


 俺がまた話しかけると、面倒くさそうに顔を上げる。


「一冊、見繕ってくんない?」


 本は多少読むことはあるが、好きな作者がいるわけでもない。精々、ドラマや映画の原作が関の山だ。


「……ジャンル」


 どうやら、意外にも相談には真摯に答えてくれるようだ。図書委員としての責任もあるからか?図書委員にそんな仕事はないけれど。


「恋愛小説」


「……どんな?」


「そこはお任せ。昼ドラちっくなのは勘弁な」


「参考にでもするの?」


 彼女は俺を馬鹿にしたように笑う。


「ま、そんなところかな」


 ふん、と俺を一瞥したあと、彼女は読んでいた本に栞を挟んで立ち上がり、部屋全体の電気をつけた


「やっぱ小さいな。身長いくつだ?」


「五月蝿い。伸びないものは仕方がない」


 小野さんの身長は俺の胸辺りまでしかない。カウンター近くの椅子に腰掛けて待つ。


 彼女は躊躇いもなく奥へと足をすすめる。


「今日の昼のアレ。結局何が目的だったんだ?」


 小野さんの姿は今や本棚の奥へと埋もれてしまっている。


「言わなかったっけ。明日音が騙されてると思っただけ。明日音って、ちょっと何処か抜けてるところあるから」


「まあ、確かに少し、騙されやすいかもしれない」


 人を疑うことを知らない、とまでは言わない。見ず知らずの人に騙されてお金を奪われるようなことはないが、知り合いのちょっとした嘘に騙されることはある。


「しかし、まだ入学して一ヶ月だろ。よくわかったな」


「……人を見る目は、あるほうだから」


 彼女が戻って、一冊の本を差し出してくる。


「これ」


 恋愛小説だとは思えない、文学的なタイトル。著者は女性らしい。


「ちょっと分厚くないか?」


 ページ数にして四百ページ。ミステリーでももう少し短いのもある。


「気長に読めばいい。時間はあるんでしょ?」


 確かに、帰宅して大抵直ぐに明日音と宿題を終わらせてしまうので、夜は時間が空く。


「そうだな。ゆっくりと読むとするか」


 手持ち無沙汰な時間を送るよりは、だいぶましだろう。


「明日音は、どんな人?」


 何気なく本をめくる俺に、小野さんが話しかける


「正直に言うと、明日音はそんなに男子から好かれる方じゃない。でも、貴方は女子から人気があって、選ぼうと思えば色々選べる立場。話を聞いて、こっそり教室を覗いて、そう思った。幼馴染で、お弁当作らせて。そして、いつかは捨てる。そんなのは、許せない」


 その瞳は敵意を放っていて、そしてその矛先は俺だ。


「実は褒め言葉だったり?」


 俺が本を閉じて小さく笑うと、小野さんは視線を離した。


「男は、信用ならない」


 男子との間で、中学時代に一悶着でもあったのか、どうか。聞いても答えてはくれないだろう。


「それならそれでいいけど。小野さんが近くにいれば、明日音に悪い男が近寄らないってことだろ?気付いた時には手遅れってのは、一番怖い」


 言いながら貸出カードを提出すると、相変わらずの睨み顔で対応してくれる。


「そこまで大事に思ってるのに、どうして?」


 判子を圧されたカードを、本の中に挟み直す。


「昼にも言ったけど、俺たちって仲良くて、それが普通なんだよ。恋人って、それだけじゃないだろ?だから、明日音が俺にとって特別なのかどうか。きちんと考えたいんだ」


「だったら、別の学校にでも行けばよかったのに」


「そしたら、見事に二人共落ちて、今に至るんだよ、悪代官殿」


 じゃあな、と言って図書館を出ていこうとする。ここにいる理由はないし、小野さんの邪魔をするのも悪い。


「風華。名前で呼んでいいから」


 振り返ると、そこには本の続きを読む彼女が居た。


「じゃ、また。風華」


 図書館の扉は、来た時ほど重くはなかった。




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