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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
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姉妹の仲が悪い理由Ⅱ


「もうっ!何なの!?」


 俺より先に、明日音が苛立ちを隠さず立ち上がる。


「何しに来たの!?」


 俺が玄関を覗くと、もう二人は靴を脱いで上がってきていた。


「いらっしゃい」


 歓迎の声を上げると、明日音がキツい視線を向ける。とはいえ、歓迎しない訳にはいかない。近所付き合いという奴だ。


「晴くん!?大きくなったねー!!」


 小夜さんがこちらに歩み寄る。


 肩甲骨まである長い髪は綺麗になびき、小さく、整ったパーツが不自然なく揃った顔は自然な美しさを描いている。これが、ころころと変わるどんな表情も美しくこの世に映し出す。


 小さくもなく、大きくもない身長。出るとことはでるが、しかし細すぎない、手を回しやすい体つき。近くに行くと香る、女の匂い。


 気後れしない、親しげな口調。年下の俺でも、気軽に接することができる。



 早川小夜。男を惑わすために生まれてきたような、蠱惑的な女性である。



 ジーンズに白いシャツだけというラフな格好も、少しだけ見えるブラジャーの紐などが異様なほどに性的に見える。



「小夜さんも、お久しぶりです」


 彼女の顔を見て、嬉しくないと思わない男はいないだろう。


 俺の様子を見て、明日音が身体を俺に押し付けてきた。まるで、小夜さんから俺を守るように。


「晴彦くん、恭子さんはぁ?」


 奈美さんがキョロキョロと辺りを見渡す。足取りはまだしっかりとしているようだが、顔は僅かに紅潮している。


 空気が変わったような気がした。何がというわけではないが、はっきりといえば、酒臭い。


 何かを侵略するような、圧倒的な威力で、ゆっくりと、ゆっくりと忍び寄ってくるようなその匂いは、俺にとってあまり嬉しくはないもので。


「あ、母さんはそっちです」


 明日音の頭の上に顔を乗せる。いつもの匂いがした。


「そう。もう起きてるかなー?」


 奈美さんが和室へと忍び寄るように歩いていく。どうやら、最初は二人で飲んでいたらしい。


「姉さんは帰って」


 明日音が突きつけるように言う。こんな強気な明日音は初めてだ。


「えー。折角ここまで来たのに」


 小夜さんはがっかりしたような目つきで、何故か俺を見た。彼女の上目遣いは中々に可愛らしい。


「折角って何?」


 小夜さんも随分飲んでいるようだ。視線が定まってないし、思考より先に動いているような足取り。


「折角は折角。晴くんに会うのも数年ぶりだし、男らしくなったとこ確認しとこうと思ってぇ」


 酒に酔っている人間に、理屈は通じない。通じるとするなら、彼女らと同じ位置にたたなければならない。


「確認って――」


 その言葉を言い切る前に、小夜さんが動く。俺の腕を取って、無理やり自分の方に引き寄せた、


「ほ?」


 俺より細く、白い腕が、強い力で俺を引く。俺は頭を明日音の頭の上に乗せていただけで、決して固定していたわけではなかった。


「あ――!!」


 服の布地を通しても感じる、柔らかな肌の感触と、暖かさ。そして、そんなプラス要素を差し引いてマイナスになるほどの、酒臭さが俺を襲う。


 明日音の声は、その初めてとも言える衝撃的な酔いへの誘いに、耳を通り過ぎていく。


「うーん、懐かしい感触!」


 感無量、という手つきで俺を抱きしめる小夜さん。普段ならば照れて拒絶もできる。だが、今回はその酒臭さが尋常ではなく。



 飲んだ、というより、浴びた、という方が正しいのではないか、と思うほど、服には酒の匂いがこびり付いている。しかも、ビールや酎ハイなど生易しいものではない。この匂いは、日本酒か焼酎の匂いだ。



 鼻から、口から、呼吸をする度、アルコールが体内に入り込むのを感じる。更に言えば、小夜姉さんの匂いも相まって、頭の中が瞬時にパニックになる。

 どうやって、小夜さんの拘束をとけばいいのか。その方法さえ考えられなくなっていた。



「ちょっと、姉さん!」



 明日音が俺を引き剥がそうと試みるような力が加わる。



「何よ、再会の抱擁くらいいいでしょ?」


 しかし、小夜さんはそれを振り払うようにして、それを避ける。それがまた、俺の脳に酷い衝撃を与える。


 はっきり言って、この時点で俺は酔っていた。匂いだけで酔うとは、俺自身思っていなかった。


 小夜さんの心臓の鼓動よりも、俺の心臓が異様なリズムを刻んでいた。脳と身体が切り離されたかのような非現実感。


 飲んでも呑まれるな、とはこのことか。と、身体を動かせない頭で考える。


 その間に、話は次のステージへと進んでいた。


「ねえ、晴くん。私と結婚しない?」


「けっ……」


 明日音が声を失う気配と、俺の耳元に息がかかる気配がする。小夜さんの首元は、汗さえアルコールの匂いがするようだった。


「結婚とか!何言ってんの!晴彦離してよ!」


「今は明日音と付き合っててもいいよ、でもほら、やっぱり結婚するなら私みたいなのが夫としても泊が付くと思わない?」


 結婚。はたはた現実味のない話である。まあ、今の状態も現実だとは到底思えないのだが。


 二人の言い合いは激しく、しかし俺の頭の中に刻まれずに通り過ぎていく。アルコールの中に、やや懐かしい小夜さんの匂いを見つける頃には、もう身体はアルコールに浸されているようだった。


「は、泊とかで結婚とか、そんなのダメなんだから!」


「今は明日音といい感じらしいけど、昔は私にべったりだったんだよ?こんな感じにー」


「そんなの、今は関係ないでしょ!?」


「晴くんはどう思う?私と明日音、どっちがいい?」


 小夜さんと明日音、選ぶならどちらか?


 その問に答えることは、残念ながら今の俺の酒への抵抗力ではできなかった。


「晴彦?晴彦?」


 心配そうな明日音の声と、暖かな体温、滑らかな肌の手触り。麻痺しかけている脳。寝るには全ての条件が揃っていた。


「ありゃ?寝ちゃった?まあいいや。安らかにお休みー?」


 頭を撫でられるという、昔から変わらない寝かし付け方に負け、俺は瞳を閉じた。


「姉さん!!」


 明日音が本気で怒る声が聞こえる。


 その声を聞いて、ふと思う。


 昔から、こうだったのではないだろうか。



 早川姉妹が仲が悪いのは、もしかしたら俺の所為なのではないか。そんなことを、意識が途切れる瞬間思った。


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