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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
48/159

姉妹の仲が悪い理由

 早川小夜。


 明日音の姉さん。今は大学生。歳が四つほど離れているせいで余り縁は無かった。が、全くないということはなく。


 いつものように、俺の家で勉強を。今日からは宿題ではなく、夏休みの宿題をする。これらも言ってしまえば一学期の総復習でしかない。


 後は、八月前半に趣旨がよくわからない登校日があり、二年になれば夏期講習が一週間始まる。三年は八月後半にもう一回夏期講習がある。


「へぇ、小夜さんが帰ってきてるのか」


 珍しく、機嫌が悪いような明日音が、逃げるように家に飛び込んでくる。母さんが寝ていることを知ると、静かに機嫌を悪くした。器用なものである。


 いつもの居間で、明日音は頬を膨らませて夏休みの宿題を解いている。


「有り得ないと思わない!?帰ってきた昼間から酒盛りなんて!」


 明日音がここまで腹を立てるのは、小夜さんに対してだけだ。母である奈美さんには、不服そうな顔をすることはあっても、反抗的であることはない。


「そう怒るなよ。小夜さんも二十になったんだし、酒だって飲みたいんだろ」


「それにしたって、飲みすぎだよ!家の中がお酒の匂いしかしないよ!」


「へぇ。そんなにか。流石、酒豪の一家だな」


 早川家は、父も、母もザルと言われる酒豪である。飲めども飲めども、酔いはするが潰れない。そしてそれはきっと、姉も、そして妹も同じなのだろう。


「いいことなんてないよ……」


 明日音は家族の恥部であるかのようにそれを語る。


「いや、家よりマシだろ……」


 現在、我が家の和室では、同じように母さんが潰れている。どうやら今日明日と、珍しく連休らしい。


 机の上には、缶チューハイが二つ転がっている。それだけだ。


 早川家と違い、高瀬家の血筋は酒に弱い。父も母も、ビール一缶で爆睡、泥酔状態になる。そして恐らく、俺もそうなのだろう。


「私は別に、お酒とか好きでもないし」


「どうだか。二十になったら毎日飲んでるかもしれないぞ?」


 明日音は小さい頃から、そういった酒の場でも普通に遊んでいたらしい。


 飲兵衛の素質がある、と言われても、女子は嬉しくはないのだろうが。あるものはあるのだ。


「大学になったら、飲み会とかもあるんだろうな」


 部活ではなくサークル活動、というのだろうか。取らぬ狸の皮算用もいいところだろうが、夢は膨らむばかりだ。


「そういうところも、小夜さんに聞いてみたいな」


 知り合いの大学生は、小夜さんだけだ。大学がどういうところか、聞いてみたい気持ちはあった。


 が、そう言うと、明日音はますます不機嫌になった。宿題を解く手がとまり、俺をじっと見つめてくる。


 以前の告白めいた言葉を、明日音がどう捉えたのか。それは俺にもわからない。


 冗談のようでもあったし、告白のようでもあったし、はたまたプロポーズのようでもあった。


 実質、どう捉えてもらっても問題はない。


「晴彦って、小夜姉さんと仲いいの?」


 今日来ている服は、白いワンピース。女子をアピールするような、胆な服も、それなりに増えた。まあ、俺の好みが入っていないといえば嘘になるだろうが、本当に似合っている。新しい明日音の側面を見ているよう。


「仲?悪くはないと思うけど?」


 小夜さんとは、意外に接点が結構あったりする。


 大学へ通う前は、家の前でちょくちょく話をしたりしていた。まあ、他愛のない世間話だ。


 どこの高校に行く、どこの大学に行く。勉強はどうだ、彼女は出来たか。などなど。


「年上の知り合いって小夜さんだけだったからな。大人っぽく見えたな、あの頃は」


 今はどうなのだろうか。


 小夜さんは、昔から男子に人気だった。家の前まで男子に送ってもらう、休日にデートに出かけるなんて姿を見るのは日常茶飯事で。それに見合う容姿の持ち主だった。


 明日音と俺は、よくその姿を見送ったり、見守ったりしていたようなものだ。


 その上、勉強もできるらしい。勉強を教えてもらったことはないが、行っている大学は有名私立である。


「今はもっと大人びて、綺麗になってるんだろうな」


「どうだか」


 明日音が視線を逸らす。


「……仲悪かったのか?」


 思えば、明日音と小夜さんが一緒にいる場面に出くわしたことがない。


 しかし、明日音が姉妹喧嘩をするようには見えない。


「別に。私もあんまり一緒にいなかったし」


「それにしては、随分毛嫌いしてるみたいだけど?いいじゃん、兄弟って。俺も兄貴とか欲しかったな」


 一人っ子としてみれば、歳が離れていても、兄弟というのは憧れでもある。才能と一緒で、望んでも手に入らないものの一つ。


「そう?私は、服もずっと姉さんのお下がりだったし、姉さんが優秀だったからちょっと気にしてたし、姉さんが男子にモテるから卑屈になってた時もあった」


 そこに、僅かだけど明日音の本音が伺えるようだった。


「へぇ。じゃあ、明日音も男子にモテたい、って思ってた時期があったんだ?」


 俺が身を乗り出して言うと、明日音は少しだけ、後悔と恥ずかしさに顔を背けた。


 明日音は、子どもの頃からずっと、恋愛ごとに無関係であると、そう思っていた。


 それは中学の頃、お互いに他の誰かと無理やり交際してみたりしても上手くいかなかったりといったこともある。が、そもそも恋とかそういうのを嫌っているようにも見えたのだ。


「……まあ、ちょっとは。憧れ、ってわけじゃなかったけど。姉さんみたいに、私もなれるかなって、一瞬でも誤解した時がなかったとは言わない」


 小夜さんは、確かに美人だ。スタイルもいいし、気さくだし。話も面白い。


「でも、私は無理。姉さんみたいに上手く喋れないし、可愛くないし、そう振舞うことも無理――」


 そうして、卑屈になる明日音の頬を軽く、抓る。


「明日音にも、良い所は一杯ある」


 驚いたようにに瞳を丸くしたあと、いつもどおりの優しい瞳に俺が映る。


「……例えば?」


 頬を優しくなぞると、柔らかな肌の手触り。猫のように、いつまでも撫でていたいと思わせる。


 明日音が、擦り寄るようにこちらを向き、その距離を少し縮める。


「そうだな。料理が上手いとことか、気立てがいいとことか?後は、一緒にいて楽なとことか?」


 疑問系になってしまう俺に対して、明日音は無邪気な笑みを浮かべた。


「安直」


「悪かったな」


 頬から手を離すと、俺よりも明日音が名残惜しそうな顔をした。


「あ――」


 そう、どちらともなく何か言葉を言おうとした、その瞬間の出来事である。


「こーんにーちわー!」


「あら、もうこんばんわ、の時間じゃない?」


 玄関から騒がしい声がして、明日音の表情が絶望に染まる。


「小夜さんと奈美さんだな」


 甲高く、元気な声は多分小夜さん。そして、おっとりとした声は奈美さんだ。

酔いの勢いでこっちに来たのだろう。


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