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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
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姉、来る理由Ⅱ


 そして、舞台は帰り道に。


「何だか具合悪そうだな?大丈夫か?」


 晴彦が私の顔を覗き込む。


「う、うん、なんとか」


 まだ舌が痺れている感覚がある。晩御飯を食べるのが少し怖い。あの味を思い出しそうだ。


 あの試合以降、晴彦はバスケ部の幽霊部員として、たまに部活の練習に参加している。


 バスケ部がどう変わったのかはわからないが、そこそこ刺激になっているようだ。


 それはいいことなのだが、少し困ったこともある。


「もう夏休みだな」


 練習で汗を掻いた晴彦は、制汗剤を持ち歩くようになった。今日だって汗の処理はばっちりだ。


 私から言わせてもらえば、制汗剤の匂いは邪道だ。臭いとまでは言わないが、いい匂いでもない。まあ、これは晴彦限定のこだわりでもあるが。


「そうだね」


 何気ない会話が弾む。


 七月後半。期末テストも無事に終わり、あとは終業式を迎えるだけだ。


 前の告白めいた言葉とは裏腹に、晴彦は全く変わらず。そして、私たちの関係も変わらない。


 変わったことといえば、私が晴彦に好かれていると多少なりとも意識し始めただけのことだ。


 そして、そうなると私の欲望は第二ステージへと向かう。


 そもそも、暫く晴彦とくっついてないのだ。


 今思うと、一ヶ月前はあれだけ身体の接触があったのに、ここ数週間は全くと言っていいほどない。


 テストの勉強会でも、晴彦の家で二人でいても、言ってしまえば健全なお付き合い。


 私がもう、そんなもので満足できるはずがないのだ。


 キスがしたい。


 それも、できるなら晴彦の方から、何かを奪うような強引なキス。


「夏休み、何か予定入れた?」


「いや、何も。早めに宿題を終わらせて、空いた時間は自由時間」


 私と晴彦の家は家族ぐるみの付き合いだが、一緒にどこかへ行ったなどという思い出は少ない。


「海でも行く?」


「海か……。んー……」


 家族で海水浴なども行ったことがない。晴彦と市民プールにはよく行くけれど。


 なんだか乗り気ではない晴彦が気になった。


「海、嫌い?」


「いや、嫌いじゃないんだが、怖い、みたいな?」


「怖い?」


 海が怖い、というのは初めて聞いたことだ。水が苦手ではないことは確かなのだが。


「なんつーかさ。あの海藻とかで真っ暗な海面とかがさ、苦手なんだよな。サメ

とか、海蛇とか、クラゲとか、よくわからん生き物もいるし」


 十数年一緒にいて、初めて知る事実だった。晴彦はどこか恥ずかしげな表情だ。


「もしかして、他にも苦手なものってある?」


「他にか……。そう言われてみると、思いつかないな」


 晴彦が考え込む。


「じゃあ、山なんてどう?」


「山?キャンプか?」


「そう。料理研究部で、キャンプするんだけど。晴彦も来る?」


 私の、我が儘。


『キャンプに、晴彦を連れて行きたい』


 それは、晴彦と色んな思い出を作りたいという意味合いもあるし、もう一つ、重大な意味がある。


「料理研究部って、女子しか入れない部だろ?その行事に俺が参加してもいいのか?」


「先輩方の両親もいるし、許可は貰ってあるから」


 約束に違わず、その権利は有効であった。といっても、春風部長が一瞬で許可したのは非常に不安なことではあるのだが。


「んー、まあ、考えとく」


 晴彦が行かないのであれば、私も不参加の予定だ。


 なぜならば。


「そう言えば、今年は小夜さん帰ってくるんだって?」


「う、うん、そうだね」


 晴彦は昔の思い出に浸るように言う。


 これは私が母から聞いた事実なのだが、私の姉、早川小夜は、晴彦のことを可愛がっていたらしい。


 そして、その姉が、この夏。というより、この先。


 私から晴彦を奪おうと、行動を起こしてくることが予想される。


 私が言うのもなんだが、私と姉はほぼ正反対。


 内向的な私と、外面のいい姉さん。私と違って要領がよく、男子にモテた。が、どれも長くは続かなかった。私の記憶では、最長で三ヶ月。


 そんな気性は、大学で一人暮らしをしても変わらなかったらしい。


「ほら、行こう。夏休みの宿題は多いんだから」


 私は、自然と晴彦の手を握っていた。


 夏が本番になる日差しの下で、私と晴彦の体温が混じる。お互い、暑いことはわかっているが、手を離したりはしない。


最近で言えば、恋人扱いも否定しないし、こういったことが自然にできるようになった。


 更に、今まで興味がなかったお洒落というものにも、多少の興味を抱き始めた。


 というのも、一学期の中間テストの約束で、互いに何かをプレゼントしあった結果、私は晴彦を連れてよく街に出歩くようになった。所謂、デートだ。



 そこでまあ、言うのは恥ずかしいが、晴彦に服を選んでもらっているのだ。そして私は代わりに、晴彦の服を選ぶ。



 買わない時もあるが、晴彦に『似合ってる』だとか『いいじゃん』とか、そういうことを言われるのは、嬉しい。



 男はショッピングを嫌う、とよく言うが、晴彦は全くそんな素振りを見せない。朝早くから、夕方遅くまで、休みの日を潰すことも多くなった。その結果、勉強は出来る時にやってしまいたいと考えるようになったのだった。



 車の排気ガスと、容赦のない日差し。


 プール、花火、祭り、キャンプ。これから、色んなことがある夏。


 今までとは、全く違う夏。それを、小夜姉さんの妄執で不意にされたくはないのだ。


「そう言えば、明日音と小夜さんってあんまり仲良くないよな」


 あまり姉さんの話はしたくないのだが、仕方がない。晴彦が昔を思い出している。


「歳も離れてるし、姉さんはあんまり私を構ってくれなかったから」


 今年で二十になる小夜姉さんはあまり妹の私の世話を見る人ではなかった。いつでも男子の視線を気にしていたし、いつだって男子と遊んでいた記憶しかない。正直に言えば、同じ女子として、途轍もなく苦手なタイプである。


「俺は結構、遊んでもらった記憶とかあるけど」


「……嘘」


 私は晴彦の顔を見つめる。世界が少しだけ、歪む。あのシュークリームの所為かもしれない。


「嘘ついてどうすんだよ。明日音の家に行った時とか、結構世間話はしてたぞ?」


「……他には?」


「他とか言われてもな。まあ、祭りの時、ばったり会った時に焼きそば奢ってもらったり?」


「一緒に遊び行ったとかは?」


 多少、ムキになっているのは認める。私が知らない晴彦がいるようで、嫌だった。


「流石にそれはないな。小夜さん美人だったから、今はもっと美人になってるんだろうな」


 ニヤける晴彦の顔に、私の機嫌が急降下。自分でも、危機感を感じるくらい、下がった。何だか、嫌味を言ってしまいそう。


『私と姉さん、どっちが美人?』


 だなんて問いかけは無意味だ。男子ならほぼ全員が姉さんだと答えるだろう。


 強敵。友とは読まない。敵である。平和を乱す魔女である。


 キャンプに誘ったのは、魔女の誘惑から逃れるため。こちらにも魔女のような先輩がいるが、こちらは悪意があるのかよくわからない。


 悩んだ挙句の決断だった。


 その後、なんとか姉さんの話題を逸らし、家に着く。


「じゃあ、すぐ行くから」


 この頃は、先に着替えるようになった。勿論、晴彦が褒めてくれたからだ。


「おー、ちゃちゃっと終わらせようぜ」


 夏休みの宿題は、夏休み前に配られる。頑張れば、一教科くらいは夏休み開始前に終わらせることができるだろう。


 私は一人、自宅への短い道のりを往く。この時間さえも惜しいが、身だしなみを整えることも必要だ。


「ただいま」


「お帰りー」


 聞きなれない、聞き慣れた声。


 どこか優しく、そしてあざとく、気だるげな、女が無防備であるときの声。


 私が手に持っていた鞄が、力なく玄関に落下した。


 二年振りのその声は、相応に大人びていて、それが一気に私を現実から逃避させる。


 何事も無かったかのように、自室へ戻ろうとする私を、リビングから引き止める声がする。



「明日音ー、なに無視してくれちゃってんの?お姉さまのお帰りよ?」


 そこには、思った以上に綺麗になっている、私の姉。早川小夜が佇んでいた。


「お酒臭いんだけど!?」


 そしてなぜか、母と酒盛りをしていた。


「あ、お帰り。あんたも飲む?」


 母は自然に私にビールを勧めてくる。


「飲みません!!」


 私は大急ぎで、階段を登った。下では、母と姉が笑い合う声が響く。


 早く晴彦の家に避難しよう。


 母が酒を飲んでしまうと、夕飯はどうなるのか。その時は、晴彦の家で食べよう。ついでに泊まろう。


 そうだ、夏休みは晴彦の家に住んでしまおうかな。うん、名案だ。


 私は着替えながら、本気でそんなことを思った。



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