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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
五話目
46/159

姉、来る理由

 不味い、という言葉がある。

 

 これは美味い、ということの対義語であるとされる。が、旨味と呼ばれる成分が発見されたにもかかわらず、まず味などという成分は未だにない。



 なら、どんな物が『不味い』のだろうか。


 晴彦はトマトを含め、色んな食べ物が嫌い、というか苦手だが、それはあくまで苦手、であり、不味いという言葉は使わない。



 『苦い』というのが不味いのか。これは人によって分かれるだろう。ピーマンのような苦味は、大人になってから好きになる場合もある。



 違う。『不味い』というのは、そんなものではない。


 不味い、というのは、美味い、と同じように、好き嫌いを超え、全人類で共有できる感情だ。



 私も滅多に口にしない『不味い』。実は、世の中には、そこまで『不味い』と称することができるものは存在しないのかもしれない。


 だとすると、『不味い』ものは実は途轍もなくすごいのではないだろうか。


 人種や、国や、国境を越えて。



 私たち人間は、『不味い』という概念で笑い合えるのではないか。そして、世界は平和に――。



 そんなおかしな夢幻から、私は目が覚める。場所はいつもの家庭科室だった。


「はい、じゃあうちの夏休みの活動は、キャンプ場で二泊三日、完全自炊サバイバル生活に決まり、ということで」


 一学期最後の料理研究部の活動は、半数が生きる屍と化していた。


 かくいう私も、そのうちの一人だ。


 彩瀬副部長が、夏休みの活動の議決を取り、確定する。


 部員の半数が、言葉にならない『不味さ』に、考えることもままならないまま、その活動は決まった。


「楽しみですねぇ」


 春風部長も楽しそうにしているが、私を含め数人は、それどころではない。


「春風ぁ……。あんたって奴は……」


 先輩の一人が、恨みがましい視線を向ける。


「しょ、しょうがないじゃないですかぁ。ゲームはゲームなんですから!」


 春風部長は精一杯の抵抗を見せた。


 本日の部活動は、晴彦の試合の時に思いついた、『夏休みの活動に無理を言える権利』を賭けたゲーム。


 その内容は簡単。


 春風部長特製、激マズシュークリームを食べた人が当たりであり、夏休みの活動に何か一つだけ、我が儘を言える。


「いつもながら、強烈だわ、春風の料理は……」


「私の料理が全部不味いみたいに言わないでください!普通の料理だって作れますから!」


 春風部長は、不味い料理を作るのが上手い。


 何を言っているのかよく分からないだろうが、実物を食べてみれば良くわかる。


 不味い、と一般的に言われるのは身体が受け付けないものだ。味が、ではなく、身体が体内に入れたら危険だ、と判断した時のみに脳が発する信号。それが『不味さ』であると私は思う。


 苦い薬を大人は不味い、とは言わない。それが薬であることを理解しているから。しかし、子どもはその苦さが体への驚異に感じるので、『不味い』という言葉をよく使う。


 つまり、『不味い』というのは、料理として未完成、または食べ物ではないという意味合いで使われる。


 しかし、この世にはその『不味い』という味覚を、完全な料理として提供する人間が世の中には居るのだ。


 どう考えても『不味い』ミスマッチな味のアイスや飲み物を、商品として売り、そして買う人間がいるという事実。


 春風部長もその料理人の一人。


 普通の料理も無論作れるが、『不味い』物を作ることに関して、春風部長の右に出るものはそう居ないだろう。


「ちなみに、あのシュークリームのクリームはなんだったんですか?」


 私が痺れる舌と、胃の不快感に耐えて問う。しかし、身体はあの物体を「食べ物」だとギリギリ認識していて、吐き気はない。


 当たりのシュークリームの味を表現することは、不可能に近い。


 苦いとも、辛いとも言えない。食べ物とそれ以外の一線をギリギリ超えないラインの味。



「……秘密です」


 にこやかな笑顔で言われると、こちらとしても聞くのが怖い。あれを食べたものは、皆視線を合わせて真実から目を背ける。


「一応、食えないものは使ってないことは保証する」


 彩瀬副部長が頭を抑えて言う。シュークリームは春風部長が自前で持ってきていた。


『自分たちで作ったら、加減しちゃうでしょう?』とのこと。


 部長は、相変わらず悪魔だった。ちなみに、二人も勿論食べた。彩瀬副部長は神に祈り、ハズレだとわかった瞬間ガッツポーズをした。


「今年の文化祭はこれにしようか?」


「いや、流石にこれは……。食中毒とかに間違えられたらヤバくない?」


 助かった皆が、口々に春風シュークリームを評価する。


「食中毒って……。あんまりじゃないですか……。そりゃあ、確かに美味しくないように作りましたけど」


「春風も昨日、どうしたら不味くなるか、魔女のような不気味な笑顔で考えてたじゃないか」


「そんな顔してません!」


「いや、してた。焼きあがった時に紫色の煙が上がったとき、私は心底、これを企画したことを後悔したね」


 楽しそうなやり取りが続く中、私たち当たり組は見事なまでにダウンしていた。


 夏休みの部活に、何か一つ我が儘を言える権利。これが夏休みの活動を楽しむためのエッセンスではあるものの、その代償は大きかった。


 私には、この権利をどうしても得なければいけない理由があったのだ。


「部長、早速、権利を使いたいのですけど」


「今ですか?焦らずに、もう少し考えてもいいんですよ」


「いえ、決めてたんで」


「ほう、いい度胸だ。よし、何でもどんときな!」


 次の瞬間、家庭科室に驚きの声が上がった。



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