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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
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五十嵐春風が恋をしない理由


「いやー、面白い試合でしたねぇ」


 春風が満足そうにアスファルトを跳ねる。


 料理研究部部長、五十嵐春風は、機嫌がいいときは変なステップを踏みながら歩く。そして大抵、バランスを崩して転びそうになる。


「見ごたえはあったね」


 学校からの帰り道。緩やかな坂道の向こうに、まだ慌ただしく動く街並みがある。


 私こと彩瀬萌々果も、中々に楽しめた試合だった。


 バスケ部に革命の嵐が舞った。これからが大変だな、と他人事のように思う。


「見ました?明日音ちゃんの表情!恋する乙女、っていいですよねー」


 我が部の一年生、早川明日音の恋を、いつの間にか料理研究部全員が見守っている。


「さっさと付き合ってしまえばいいだけの話じゃないのか?」


 恋愛というのは、よく分からない。

 

 私は春風と違って誰かに好かれたことはないし、明日音のように誰かを好きになったこともない。


 恋人になる、というのは、そんなにも面倒な話なのだろうか。互いに互いの気持ちを確認して、それで終わり。少なくとも、私はそう思っていた。


「萌々果ちゃんは胸大きい癖に、女子力は低いんですね」


 あからさまにがっかりしたようなため息を吐かれた。


「胸は関係ないだろ……」


 私の胸は確かに大きい。中学の頃からだろうか。無駄に脂肪が付き始め、男子が私を変な視線で見るようになったのは。


 その頃から私の女子力は日に日になくなっていったと思う。女扱いされることを、どこか拒んでいる私がいたのだ。


「じゃあ、春風は何で恋人作らないんだよ」


 春風は私と違って可愛い。


 女子からしてそう思うのだから、男子からしてみればもうたまらないだろう。


 ちょっとドジで、天然で。犬のように人に懐き、猫のように気のある素振りをする。二年の間では偶像扱いで、手を出してはいけないような雰囲気がある。が、中学では多数の男子を泣かせた女でもある。


 そう言うと、春風は今までにない顔を見せた。それは初めて見せる、女の顔。不本意ながら、少しだけドキリとする。


「中学時代の頃、私に告白してくれた人達に、一つだけ質問してたんですよ」


「へぇ、なんて?」



 あの頃、純粋に不思議だった。


 春風は当然のように男子に人気だったし、春風も恋人が欲しい、とは言わなかったが、恋がしたいと言っていた。なぜ、春風は恋人を作らないのか。恋人を作れば、恋ができるじゃないか。私はそう思っていた。



 そう言うと、春風は急いで私の正面に周り、上目遣いでこう言った。



「私の、どこが好きですか?」



 風景が消えた。目の前に、春風がいることしか認識できない。


 言葉が詰まる。何を言っても、どこか足りない。そんな何かを要求している瞳だった。


 ふふ、と固まる私を面白そうに眺める春風は、もういつもの春風だった。


「……で?何が正解なわけ?」


「もし、萌々果ちゃんが男子だったら、どう答えます?」


 私が、その問に答えるなら。


「んー、何か放っておけないとこかな」


 春風の魅力というのは、一言で言い表すには難しすぎる。


「まあ、及第点、と言ったところですか」


「生意気」


 私が頭を叩くと、お茶目に笑う。こういうところがいちいち可愛い。


「で?何が正解なの?」


「そうですねぇ。私が予想できなかった答えが正解、という感じですね」


「意表をつくのが正解ってこと?」


「言葉にしてしまえば、そうなりますね」


 春風の魅力というのは、確かに言葉にしにくいが、誰もが理解する。そしてそれは、春風自身も、自分の魅力をある程度理解しているということでもある。



「例えば、萌々果ちゃんの胸は大きくて魅力的ですけど、先ほどの質問に『胸が好き』と答えられたら、萌々果ちゃんはどうします?」


「殴る」


 間違いなく私は殴るだろう。それも多分強烈に。


 小さく春風が笑う。どこか羨ましそうに。


「まあ、それは萌々果ちゃんが胸にコンプレックスがあるからですけど。我が儘なんです、私は。言葉にしてもらいたいんですけど、はっきりと言われたくなくて。その質問の答えにしか、私の価値がないみたいで。でも、試すみたいについ聞いちゃうんですよね」



 春風はまるで別人のように、自らの中の澱んだ何かを言葉にする。



 私がそういうことに興味がないから、一緒にいてもこんなに核心に触れたことはなかった。


 他人から魅力的に映るそれが、決して自分の好きなところではないということ。私の胸がいい喩えだった。


 春風が恋をしないのは、自分を知りすぎているから。皆が一様に好きな春風の魅力を、春風はあまり好きではないのだ。


 それに、誰も気づかない。私でさえも気づかないのだから、無理もない。


「だからですね、私の知らない、私の魅力を見つけてくれる人。私は、そんな人がいいですね」


 自分より、自分のことを知っている他人。


 そんな人物が、この世にいるだろうか。自問自答して、私は、そんな二人に心当たりがあった。


「だから、明日音と幼馴染くんを気にかけてるのか?」


「あ、バレちゃいました?」


 春風の今日のはしゃぎ様は、文化祭でさえも見たことがない。私はてっきり、『他人の恋人が好き』などという厄介な性癖を開花させたのかもしれないと危惧していたが、考えてみればそれなら今までにもその兆候はあったはずなのである。


「きっと明日音ちゃんは、自分のどこが好かれているのか、わからないんです。だから不安で、怖くて。でも、どこかお互い通じ合っていて。話を聞くだけでも、あぁ、羨ましいな、って思うんです」


「明日音も、そうなのかな」


 明日音も、あの幼馴染くんのどこが好きか、わからないから悩むのだろうか。それでも惹かれて、そして今も一緒に居る。


「明日音ちゃんは、わかってるけど言葉に出来ないんですよ。多分ですけどね」


 歩く度に景色は変わるが、私たちの目に風景は映っていない。うろ覚えな、明日音がコートを見る顔を思い出そうとする。が、よく思い出せない。


「あ、でも明日音ちゃんの幼馴染さんに、個人的に興味があるのは否定しないですよ?」


 春風は小悪魔的な笑いを浮かべる。


「そうなんだ」


「そうですよ。今のところ、私の問に正解するかもしれないただ一人の候補ですからね。明日音ちゃんには悪いですけど、少しだけ仲良くなりたいものです」


「ちなみに、春風が言って欲しい答えとかあるの?」


 そういうと、春風は奇妙なステップを踏みつつ考える。やがてぴたりと止まって、華麗にターンをした。


「わからないからこそ、期待しちゃうんじゃないですか」


 春風はそう言って、楽しそうに笑った。


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