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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
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俺がバスケをやめた理由Ⅲ


「お疲れ様」


 明日音の声がした。振り返れば、当然のように其処にいた。


「おー。疲れた疲れた。帰ろうぜ」


「シャツは?」


 明日音が俺の胸元を凝視した。着替え途中で、第二ボタンまではだけていた。


「あんなの着て帰れねーって」


 そう、と明日音は素っ気なく呟いた。


 鞄を持って、立ち上がる。


「また筋肉痛になりそうだな」


 足に鉛を巻いたような重さがあった。


「でも、勝てて良かった」


「まあな。最後の方、あんまりよく覚えてないけど」


 そう言えば、あの二年のアイドルという可愛い先輩は、明日音と仲良さそうにしていた。


「あの、明日音の横にいた、可愛い先輩。料理研究部の?」


 俺が尋ねると、明日音は俺の顔をまっすぐに見据えた。


「うん、部長さん」


「そか。あの人のお陰で勝てたようなもんだからな」


「どういうこと?」 


 明日音の声色が、ちょっと低くなる。


「あの先輩、二年のアイドルなんだろ?向こうのチームの二年生がいいとこ見せようって必死に個人プレイしてくれたからな」


 事実、あの先輩が来ていなかったら、俺たちに勝ち目はなかったのかもしれない。


「こういうことを考えるのがダメなんだよな……」


 先程の経験が全く生かされていないことに、独り言と苦笑が漏れた。


 何事もなかったかのように校門を出て、いつもどおりの家路につく。日もだいぶ長くなって、五時過ぎでも夕暮れはまだ遠い。夜の帳が落ちるのはまだまだ先だ。



 不思議なもので、あれだけ動いたというのに、世界がまだ明るいという理由だけでまだ動けるような気分になる。



「どこか寄ってくか?」


 寄り道をしたい気分だった。勝った褒美、というわけではないが、いつもとは違う何かが欲しかった。


「うん、いいけど。どこに行く?」


 ファミレスのような飲食店は今は少し遠慮したいし、カラオケやボウリングの類も同様。ゲームセンターなんかは明日音が得意じゃない。


「買い物でもいいし、適当に公園とかぶらつくだけでもいい。遠回りして帰ろうぜ」


 これが一人の帰り道なら、何も考えずに真っ直ぐに家に帰っていただろう。


「うーん、じゃあスーパーにでも行こうか」


「そうしよう。なにかいいものが見つかるかもしれないしな」


 家路を急ぐ人々や、目的の場所を目指し歩く人とは全く違う、ゆったりとした足取りで、俺たちは適当なスーパーを回る。


 混み合う世界で、俺と明日音だけが別世界にいるような感覚。


 悪くない。そう思う自分がいた。


 ふと、俺と明日音の距離感に気づく。


「明日音、あんま近づくなよ。今日は汗臭いぞ」


 いつもと同じ距離感のようでも、どこか近く感じてしまう。


「そう?平気だけど」


 買い物かごを持つ俺の背中に、明日音は平気で顔を埋める。


「今日はそれ禁止な」


 そう言って俺から離れると、別に気にしないのに、と明日音は小さく愚痴った。


 結局、明日音のお菓子作りの材料を買っただけだった。店にある冷蔵庫の冷気のお陰で汗は冷えたが、その分匂いが自覚できるようになった。久々に自分が汗臭いことを実感する。


「はい、これ」


 レジで会計をする際に、明日音が自前のエコバックを差し出す。


「しっかりしてんねぇ……」


 持っているのは知っていたが、学校にまで持ってきているとは知らなかった。


 その後、少し歩いたところにある公園で買ったデザートを食べることにした。バスで行く道のりを歩くことにしたのだ。


 バスで眺めるだけだった景色が、ゆっくりと流れる。見知った街の顔が、様々な角度で顔を変えるものだということを実感した。


「ここ、こんな公園だったっけか」


 来たことがあるのかないのか、覚えてさえもいない公園には子どももおらず、ただ涼しげな風が吹き抜けている。


「んー、昔はもう少し遊具があった、かな?」


 そうだっただろうか。今思えば、子どもの頃明日音と何処に行っていたかなど覚えていない。覚えているのはいつも一緒だったことだけだ。


 ベンチに腰掛けて、道中のアイス屋で買ったカップアイスを二人で食べる。


 バニラアイスは俺の熱を過敏に感じたかのように、するりとプラスチックのスプーンを通した。


「ちょっと頂戴」


 隣に座っている明日音が、当然のように俺のバニラアイスを奪う。


「じゃあそっちもくれよ」


「いいよ?」


 俺が当然のように明日音のアイスをねだる。明日音のストロベリーアイスは、実はあまり好きじゃない。


「はい」


 当然のように、俺にピンク色のアイスが乗った自分のスプーンを差し出してくる明日音。


「ん」


 躊躇いもなく、それを口に含む俺。


「美味しい?」


「そこそこ」


 苺の爽やかな酸味が口に広がる。正直に言えば、なぜアイスに酸っぱさを求めるのか謎でしかない。バニラが甘くて一番美味しい。


 身体が冷えていくのに対して、脳内には、先ほどと同じように何かが熱く滾っていく。


「……何?」


 じっと、明日音のことを見ていた。


「いや……」


 その時の俺には、第四ピリオドのときのように、自分でも何が正解なのかよく分からなくて。


 でも、何かを伝えなければ、行動しなければならないと、心は叫んでいた。



「良く分かんないんだけど、俺、明日音のこと好きだわ」


 そう言うと、盛大に明日音が咽る。苺のアイスがそれに驚いたようにあちこちに飛び跳ねた。


「おい、大丈夫か?」


 現実味のなさに、冷静に対応できた。が、今の俺は何も考えていないだけだ。


「よ、よくわかんないって、何……?」


 その言葉を苦しげに捻り出した明日音の表情は、言葉にできない複雑さだった。


「いや、俺自身よくわからん。けど、まあ、そういうこと」


 告白のようなものなのかもしれない。幼馴染としてなのかもしれない。それとも、俺が把握し得ない他の意味でなのかもしれない。


「ど、どういうこと?」


「俺が、明日音を好きだってこと」


「ちょ、ちょっと待って!?よくわからない!」


「大丈夫だ、俺もよくわからない」


 焦る明日音と引き換えに、俺は何故か笑いたくなった。動揺する明日音の姿が少し面白かったというのもある。


「な、なんで笑うの……?」


 公園に、俺の笑う声だけが響いていた。


 部活もいいが、このなんでもない時間を俺は求めているような、そんな気がした。

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