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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
43/159

俺がバスケをやめた理由Ⅱ


 実力では、確実にあちらの方が優っているのだ。


 それを言うべきか、言わない方がいいのか。少し判断に迷う。


「大丈夫だって!このまま逃げ切りで勝利だって!」


 裕翔の大口は頼もしいが、自分の性質上、嫌な予感がしたときは慎重に行くべきだと判断する。


「最後は俺も出るから」


 幸い、まだ勝負の分岐点はこれからだ。気付いた時には既に遅いその流れに乗らぬように、火照った身体に冷静さを保たせる。


 頭の中はいつも冷静に。俺が心がけていることの一つ。


「おっしゃ、会場も盛り上がってきてるし、最後までバシッと決めますか!」


「裏方に徹してもらって申し訳ないね。できるなら、晴彦くんの見せ場も作ってあげるよ」


「そこまでの余裕があれば、お願いします」


 そうして軽口を交えた後の、第四ピリオド。最後の十分。相手と向き合った瞬間に、気迫の質がさっきとは違うことに気づく。


「さて、どうしたものかな……」


 回ってくるボールを受け止め、動きながら考える。


 総力戦になりそうだが、総力戦になれば勝ち目は薄い。


 バスケのチームは総合力。では、それが優っているチームが必勝なのかというと、決してそうではないのだが。 


 実力で劣っているという自覚があると、否応にも足は止まる。


 足が止まると、不思議と思考も停滞する。


 得点はリードしているはずなのに、勝利への道筋が遠くなった気がした。


 どこへボールを回せばいいのか、一瞬だけ迷う


 周囲を見渡すと、裕翔と視線が合う。


『俺に、ボールを、寄越せ』


 そんな意図の視線を感じる。が、それでは第一ピリオドの二の舞いなのではないか。


「――」


 しかし、俺は反射的に裕翔にパスを渡す。しかし、やはり冷静さを取り戻した主力二年の前に、少し攻めあぐね、ボールを回し、ようやく得点にいたった。


 対する相手チームは、洗練さを取り戻した動きでこちらを攻め、簡単に得点を入れてくる。


 開始早々、嫌な流れであることを感じる。


 どうしたものか。川に見立てて流れを読むが、反撃の隙はそうそうに見えない。


 嶋村先輩も、少しその気配を感じているのか、それとも疲労なのか。笑顔は曇っているように思えた。


「おい晴彦、何弱気になってんだよ。ガンガンいこうぜ?」


 裕翔が笑顔で話しかけてくる。


 そんな場合ではないのだ、と思いながらも、何故か俺は小さく笑っていた。


「何だよ?」


 裕翔が俺を不気味そうに眺める。


「いや、ちょっと考えてた」


「バスケ部に復帰するかどうかか?」


「いや、今日の晩飯なにかなって」


「んなこた帰ってから考えろよ!」


「ああ、そうする」


 俺はいつだって考えて、そして間違う。だから、今日は裕翔を見習うことにする。


 はっきりいって、裕翔はバカだ。


 そして、俺はもっと馬鹿だ。相手の実力が、こちらより上だからといって、負けた気になっていた。呑まれていた。


 このまま勝てるかどうかはわからない。だが、ここから先はどうやって勝つかを考えるより、勝つためにただひたすらに動こう。


 脳みそを空っぽにすれば、そこにはフィールドに立つ、俺以外の九人のバスケットマン。


 チームの総合力。個人の技量。勢い、流れ。作戦、戦略。


 そんなものも確かに勝敗に関係あるものなのだろう。だが、それ以前に、自分で勝手に負けると思ってしまっては、決して勝てはしない。


 だから馬鹿になって、学者のようにあらゆる可能性を探ることをやめる。


 勝つことだけ。極力、得点盤を見ることをやめる。


 次それを見るのは、終了の笛が鳴った時だ。


「行くぞ」


「おうよ!」


 声を出すと山彦のように返ってくる。これからは裕翔に頑張ってもらう他ない。俺を巻き込んだ張本人だし、やる気もまだ十分。色々と、責任をとってもらわねばならないだろう。

 

 俺は勢いよくボールを投げた。


 そこから先、試合終了までどう動いたかを振り返ることはできない。


 ただ走って、投げて、飛んで、狙って、戻って、進んで。


 音と、声と、汗と、自分の呼吸と、相手の呼吸しかないような十分間。


 笛がなって、放られたバスケットボールを追うのを、俺たち十人がやめた時。


 二階部分から、変な歓声と拍手が聞こえることに、俺はようやく気付いた。


「得点は?」


 何点差であるとか、そういうことを考えるのすらやめていた。


 ただひたすら、ボールをゴールに運ぶことに専念した。


 得点番を見ると、七十三対、七十。


「いよっしゃあぁ!」


 裕翔が俺の背中に思い切り張り手を食らわせる。


「痛って!何すんだよ!」


 勝った。


 その実感は、背中の激痛によってあまり恍惚としたものではなくなってしまった。


「いやー、勝っちゃったね」


 その実、一番勝ちたかったであろう嶋村先輩が、汗だくの笑顔でこちらへ向かってくる。


「いやー、勝ちましたねー」


 観客の歓声も拍手も消え、ざわついた体育館。勝利の感慨というより、何かをやり遂げたという達成感に近いようなものがあった。


「ここから先は、バスケ部の面倒くさい話になるだろうから、晴彦くんは抜けてもらっても構わないよ。部員の件に関しては、裕翔に話しておくから」


 そう言えば、これはバスケ部の活動試合なのだということを忘れていた。


「わかりました。じゃあな、裕翔」


「おう!またな!」


 土日が終われば期末テスト期間。五人での勉強会も予定してある。が、今日だけは、そんな野暮なことを言うのはやめておいてやった。


 トイレにでも行くふりをして体育館を抜け、そのまま教室に戻る。


 二階の観覧席から戻ってくる人も多く、上手くそこに紛れることができた。


 教室に戻って、制服に着替える。


「うっわ、パンツとシャツ、汗でびしょ濡れだし……」


 絞れば汗が出そうなほど水分を含んだシャツを着て帰る気にはならなかった。


 シャツを中に着ないのは校則違反ではあるし、先輩から目をつけられることもある。


「ま、帰るだけだしいいよな」


 パンツを脱ぐことは流石にできなかったが、シャツを脱いだだけで、だいぶ着心地は良い。


 放課後の教室には、当然のように誰もいない。


 先程までの感覚がまるで夢だったかのようで、音のない教室で少し寂しい気分になる。



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