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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
42/159

俺がバスケをやめた理由


「いよっし!いけるいける!」


 第二ピリオドを終えて、点差は四点差に縮んだ。


「まさか、ここまで上手いとは思ってなかったよ」


 嶋村先輩も、満足そうな顔を見せていた。


 第二ピリオドの追撃は、色々なことが上手く噛み合った結果だと言えた。



 まず、相手に俺の情報が無かった。今頃その話題になっているだろうが、練習にいたかどうかさえ怪しいはずだ。実際練習には顔を見せたこともないので、情報などあるはずがないが。



 更に、相手の主力の二年が浮ついたスタンドプレーを繰り返していた。個人プレーは正直読みやすい。バスケに至ってはそこまでの失敗率はないが。得点を重ねる競技のバスケットにおいて、成功率が半分以下のプレイは褒められたものではない。



「これもあの先輩のお陰ですね」


「ああ、春風さんかい?確かにそうかもしれないな」


 嶋村先輩はそう言って笑った。裕翔は同じ一年と気合を入れ直していた。疲労はあるが、希望が見えると身体は動き出すものだ。


「しかし、なんで君、晴彦くんだっけ?バスケ部に来なかったんだい?」


 嶋村先輩が不思議そうに俺を見ていた。


「……なんででしょうね?」


 俺が誤魔化すように言う。こんな状況では、上手く誤魔化すことはできなかった。


 ははぁ、と嶋村先輩はにやける。この人にはまだ余裕があるらしい。


「さっき言ってた彼女か。いやぁ、羨ましいね」


 嫌味ではない、素直な言葉。



「正直、よくわかんないんですよね。好きか嫌いかっつったら、まあ間違いなく好きなんですけど。ずっと昔からそうだったから、それが特別かどうか、自分でもよくわかってないんです」



 きっかけが欲しかったのだと思う。何かしらの区切りのようなものを付ける、きっかけが。


「それでまあ、部活やめて、ちょっと色々考えようかと思いまして」


 理由にはなっていない。考えれば、色々とおかしなことを言っている自覚はある。それは、俺が欲しかったのがただのきっかけだったからで。


 しかし、同じ男だからか。それとも運動で先輩も熱くなっているのか。俺の情熱だけを理解しているような表情を見せた。


「それで、考えて答えは出たかい?」


 俺は首を横に振る。


 四月にそう決意した時から、明日音とは色んな時間を過ごした。


 明日音の事が好きだという気持ちに変わりは無い。


 ただ、それだけでいいのか?と思う気持ちがあることは確かだ。


 俺は、自分の気持ちに自信がない。



 俺が明日音を好きだという気持ちは、他の人が抱いている『好き』と同じなのだろうか。もしかしたら、幼馴染としての『好き』なのではないか。明日音の行動も、その『好き』の延長線上で。


 子どもがやっている、ままごとの延長線上に俺たちはいるのではないだろうか。そう考えると、よくわからなくなってくる。


「誰かを好きとか、嫌いとか。そんなことはね、頭で考えるもんじゃないんだよ」


 嶋村先輩が笑って俺の悩みを一蹴する。


「スポーツも、今は理詰めもできるようになったけど。やっぱり大切なのは感覚を覚えることだろ?理屈で考えるだけ、無駄だと僕は思うけどな」


 考えるな、感じろ。


 人間の感情なんてものは、全くよくわからない。わからないから、わかろうとする。それが、間違いなのだ。


 俺たちは、いつだって答えを求められる。教育というものがそういうことだから。だから、俺たちは間違える。


 わからないなら、わからないでいい。


 これは数学ではないし、誰かに採点される訳でもない。


「先輩、頭良いっすね」


 わからないという事が悪いのではない。なら、わからないと、胸を張ろう。


 複雑な話ではない。


 結局俺は、何もわからないと悩んでいただけの話で。そして、何もわからない、と開き直っただけの話だ。


 俺が笑顔を返すと、嶋村先輩は声を出して笑って、俺の肩を強く叩いた。


「毎回テストでは赤点スレスレだよ。彼女が出来たことのない僕が、説教みたいなこと言っちゃったね」


「いえ、参考になります」


 第三ピリオド開始前の笛がなる。


「先輩は好きな人いるんですか?」


「一応ね。恥ずかしいから個人は言わないけど、女バスの子さ。だから、僕も下手なプレイは見せれないんだよね」


 女バスの面々は、審判をしていたり、得点番をしていたりと、全員が参加している。


「じゃあ、俺ももう少し頑張ります」


「期待してるよ。この結果如何では、君をバスケ部の幽霊部員にしてあげてもいい」


 この試合で勝てば、嶋村先輩がバスケ部の主導権を握ることはまず間違いが無い。



 そして、試合に勝った後、俺の事で揉めないように、幽霊部員にするつもりなのだろう。そうすれば、今までの練習に居なかったとしても、多少揉めるだけで済む。



「それは嬉しい知らせですね。おい裕翔!勝ったら俺もバスケ部の部員になれるそうだから、気張ってけよ!」


「マッジ!?俺本気出しちゃおっかなー!」


 今までも本気だろ、とか、そんな冗談を叩きながらコートに戻る。


 部内試合だからこそできる、ふざけたやり取り。そう言った部分も、緊張感としてチームをプラスに高めていく。


 このままのペースで行けば、この十分間で同点くらいには追いつけるはず、だったのだが。


「ちょーっとやりすぎましたね……」


 第三ピリオド始まって暫く。途中で俺は他の部員と交代し、コートの端でその流れを伺っていたのだが。


 勢いがこちらに傾いたのか、五十二対四十五と、七点のリードを広げるまでになっていた。


「やりすぎて悪いことなんてねぇだろ?」


 裕翔が意気揚々と帰ってくる。


 チームの戦意は、今まさに最高潮。


「僕もそう思うけど、晴彦くんは違うんだ?」


「まあ、いいことではあると思いますけど……。最後は、やっぱ気を付けないといけませんよね」



 今までの試合内容は、二年のアイドルにいい所を見せつけたい主力二年のスタンドプレー。それに、楽勝だと胡座をかいた攻め方の穴をついたものだ。


 言ってしまえば、相手の慢心に漬け込んで、最後の最後に逆転。俺が思い描いていた勝利までの試合内容はそんなところだ。


 しかし、逆転に加え、七点という差。相手チームもきっと、夢から覚めたことだろう。


 そして今、最初の十分で、ダブルスコアを刻まれた記憶は自軍のチームにはもうない。



 危険な気配がした。

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