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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
41/159

私が彼に見惚れる理由


「あ、ほら、出てきましたよ!」


 出てきた、というのは、なぜか晴彦の事で。


「はい、そうですね……」


「もっと応援しないと!ほら、明日音ちゃん!」


「え、いえ、流石にちょっと、恥ずかしいですし。その、ああいう時の晴彦って集中してて、こっちの声とか聞こえないんですよ」


「それでもですっ!彼女さんとして、応援しないと!」


 応援はしたいのだが、それよりなぜ春風部長が晴彦を見てそんなに興奮しているのか、その原因がわからない限り、決して集中できない。


 それは彩瀬副部長や他の先輩方も同じらしく、同情の視線を私に向けていた。


「幼馴染くんだけ応援するのも理不尽だろ?私はチーム全体を応援するべきだと思うが」


「そう言えばそうでしたね。料理研究部的には、どちらが勝っても大差はないのですが」


「あ、じゃあ賭けしようよ賭け!」


 先輩の一人が言い出す。


「賭け、ですか。ジュースとかですか?」


「そんなんじゃつまんないじゃん。もっと大きく、夏休みの活動に我が儘を一つ言える権利ってのはどう?」


 部内の皆が、おお、と声を上げる。


「でもそうすると、ここにいない部員の皆に不公平じゃない?」


 この場に全員が来ているわけでは、確かになかった。


「じゃあ、それは後でまた何かやればいいっしょ。ロシアンシュークリームか何か作ってさ」


「次の活動はそれに決まりだね!」


 試合を見ている席で、わいわいと次の活動がなし崩し的にきまる。


「じゃあ、この試合では何を賭けるんでしょうか?」


 春風部長が首を傾げる。


 暫く考えたが、部全体に関わることがらを今決めてしまうのはどれも理不尽に思えた。


「それも後で考えよう。とにかく私は、明日音の幼馴染のチームに賭ける」


 元々、彩瀬先輩はそう言った反骨心を好いている。


「マジ?運動神経いい萌々果なら、状況もわかるっしょ。私は普通に、向こうに賭けるからね」


「分の悪い方に賭けた方が、見返りが大きいだろ?」


「ギャンブラーだねぇ。あ、私も向こうに賭けるよ。何を賭けるのかもわからないんじゃ、下手に負けれないもんね」


 明日音はどうする?と先輩が尋ねる。


「あの、晴彦の方に……」


 そう言うと、黄色い声が上がる。


 まあ、そうだよね。愛ってのはそうじゃないと。


「それは自分が恥かいてもいいってことを承知の上だね?これは楽しみになってきたなぁ」


「いえ、その、今更言うのもなんですけど……」


「ん?なんだい?」


 彩瀬副部長が私を見る。


「晴彦、バスケ上手いですよ……?」


 これは、本人から聞いた話ではない。中学の女バスの人から聞いた話だ。


 晴彦自身の動きは、あまり目立たない。シュートの精度は高いらしいし、ミスもない、丁寧な動き。言ってしまえば、普通のプレイヤー。


 しかし、試合が終わった後、負けたチームの人間は大半が晴彦を睨むのだそうだ。


『バスケの技術じゃなくて、なんていうのかな。試合を操るのが上手いって感じ?』


 確かそう言っていた。


「あ、じゃあ私も晴彦くんのチームに賭けますね」


 最後まで粘っていた春風部長がそこで一票を投じる。


「あ、ずるっ」


「いやでも、流石にそこまで簡単にはいかないっしょ……」


「頑張って下さいねー!」


 試合が再開される前に、春風部長が改めて声をかける。


 それがまた、怒号のような振動を産み、試合は再開される。


 晴彦の表情は、いつもと変わらない、ように思えるが、視線がどこか定まっていないのか、それとも何かを見つめているのか。


 私を見据えたことのない、真剣な瞳。一瞬の動作も逃さないような突き刺すような視線。


 あの視線に見つめられるためには、どうしたらいいのか。そんなことを、数分間考えていた。


 気付いた時には、試合は動いていた。


「すごい、凄いですよ、明日音ちゃん!」


 春風部長が私を揺する。


 改めてコートを見ると、そこは佐々木くんのオンステージだった。


 鋭いドリブルはパスをもらってから止まることなく、ゴールまでボールを運ぶ。


 二十五対三十二。点差は七点に縮まっていた。


「こりゃ凄い。流れがさっきとは全然違う」


 彩瀬副部長も、どこか楽しそうに試合を眺めている。


 コートには一丸となって流れる、晴彦のチームがいた。清流の量にするりと敵を躱したり、時には激流のように皆で雪崩かかる。


『バスケットボールはチームの総合力』晴彦がたまに口にしていたのを覚えている。


 正しく、その通りだ。


 このチームのうち、誰か一人でも欠けたり、全力を出していなかったとすれば無かっただろう勢い。


 結束力。そんなものを、このチームからは感じる。


「向こうのチームは、なんだか力んでるねぇ」


 素人目にも感じる、相手チームのスタンドプレーの多さ。不協和音、とまではいかないか、噛み合わない歯車を無理やり回しているよう。


 どんどんと、点差は縮まっていく。


「うっそ、マジで?」


「ちょっと、根性見せろよ二年!!」


 野次のような言葉が先輩の口から飛び出る。


 晴彦の姿は、目立たない。


 晴彦は決して長い間ボールを持たないし、佐々木くんのように目立つプレーもなければ、身体が多く目に付きやすいわけでもない。


 しかし、晴彦はいつもその源流に居る。


 どう流れるのか。どう攻めるのか。どう守るのか。


 手の動きで、視線で、ボールの動きで、時には声を上げてそれを指示している。


 第二ピリオドを終えて、点差は四点まで縮んだ。意気揚々とコートの端へと戻ってくる晴彦たち。しかし、晴彦はその顔を崩すことはなかった。


「いい勝負になってきたね」


 彩瀬先輩が手すりに前のめりになる。


「二年もまだ負けてないし」


「そうですね。これからって感じですね」


 春風先輩も満足そうにコートを見ている。


「どうよ、明日音ー。自分の彼氏が頑張ってる姿は。いいもんだろー?」


 彼氏持ちの先輩が私の肩を組む。先輩の彼はバレーボール部らしい。


「はい、そうですね……」


 バスケをしている時の晴彦は、まるで別人だ。


 それを怖いとは思わない。あれが、晴彦の本気なのだから。


 だからこそ、あの瞳に私を写す必要がある。あの目に見つめられる必要がある。たとえそれが、遠い未来の一瞬だとしても。


 先輩はにっひっひ、と笑って私の背中を叩いた。


 試合時間はあと二十分。


 私は目に焼き付けるようにコートの外へと消えてく晴彦の姿を追った。


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