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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
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俺がバスケをやっていた理由Ⅱ

「あれは、春風さんか」


 そこには、どえらい美人がいた。


 美人、というより、とにかく可愛らしい女性だ。遠くてよくは分からないが、それでも周囲の女生徒よりはっきりと目立つ容姿をしている。


「二年のアイドルだ。男子で声をかけようものなら、総スカンを喰らうよ」


 なぜそんな彼女がここの場所にいるのかはわからない。だが、反応的に向こうのチームの士気が上がったような雄叫びがあがった。


「お」


 すぐ傍に、明日音の姿があった。彼女の取り巻きのように、相変わらず目立たない姿。その様子に、熱が篭った心に水が注がれる。


 明日音も見ている。出番があるのかわからないが、下手な動きはできない。


「そう言えば、昔もこんな感じだったか」


 中学の時も、実は結構頑張っていたのだ。明日音にいいところを見せようと、思っていた時期もあったようなきがした。


 ところが、明日音はバスケに関しては興味がないようで、試合の感想など全くなく、『勝って良かった』とか、『負けて残念だった』という、気の抜けたような感想しかもらえたことはなかった。


 実は、高校に入って、部活動に入らなかった理由は、それなのではないかと思う。


 俺は、自分が活躍するところを、明日音に見て欲しかったのではないだろうか。


「ま、今日でその答えがわかるかもな」


 そして、その答え次第では、バスケ部に入ることも吝かではない。今日までのトレーニングで、そう思う自分もいるのだった。


「何ブツブツ言ってんだよ。そろそろ始まるぞ」


 裕翔はその二年の女性に浮かれる様子もない。


「お前は、なんでバスケやってんだ?」


 ふと、裕翔がバスケットをやってる理由が気になった。


「何で、って言われてもな。面白かったから、って言うのは答えになるのか?」


 その答えは単純明快。先も何も見えないその瞳には、きっと俺たちが見えない景色がある。


「いいんじゃないか。成績を残せば大学だって推薦で行けるし、アメリカ留学だって出来るかもしれないぞ」


「夢はでっかく、って奴か。まあ、そんな都合良くはいかないだろうけどな」


 夢で終わるだろうか。


 俺は、こいつがいつまでもバスケットをしている姿が目に浮かんだ。


 体育教師は無理だろう。教員免許は裕翔には荷が重い。言葉にするならば、プロ。


 裕翔からバスケットを取ったら、何が残るというのだ。


「……モデルってのもありか?」


 考えると、意外に残るものもありそうで。神は二物を与えずという言葉が、嘘だということはわかる。ただ、与えたと同時に致命的なものを引いていっただけだ。


「さて、試合開始だ」


 裕翔を含む、五人の選手がフィールドに立つ。


 女バスの審判によって、高らかにボールが放り投げられる。


 沸き起こる歓声は、何を意味しているのだろうか。


 とにもかくにも、こうしてバスケ部の命運をかけた一勝負が始まるのだった。



 さて、出だしから十分が経過した。


 バスケット的に言えば、第一ピリオドが終わった、ということ。試合は第四ピリオドまである。つまり、あと三十分ほどやるわけだが。


「二十四対十二、見事にダブルスコアだね」


 まだ笑う余裕がある嶋村先輩が笑う。


「くっそ……」


 裕翔は明らかに苛立っている。


 そして、他三名の一年生は苦しそうに息を吐くだけだ。


「対策、されてますね」


「やっぱり、そう思うかい?」


 嶋村先輩は俺に目を向けた。


「そうですね。先輩はともかく。よく知らないはずの裕翔まで防がれる。他の一年生も同じだとすれば、まあ十中八九そうでしょう」


 他の一年生が下手というわけではなく、やはりある程度の技量がある一年生。しかし、完璧に動きが対策されている。


 一年生を引き抜いたのも、裕翔や他の上手い一年のプレイスタイルを知るためだったのかもしれない。


「あのポイントガードの先輩、上手いっすね」


 攻めにはともかく、守りの指示が的確だ。ディフェンスラインを的確に見抜き、パスなどを阻止される。


「嫌な奴だけど、バスケは上手いんだよ」


 確かに、人の弱みを躊躇なくつついて来そうなタイプではある。が、それも戦略だ。


「厳しいと思うかい?」


「厳しいですね」


 二階からみても、それは明らかだっただろう。


 こちらはメンバーを入れ替えて流れを変化させることもままならないのだから。


 後三十分。頑張ることができる精神が最後まで残るかどうかも怪しかった。


「晴彦!お前でろ」


 思うように動けず、だいぶ頭に来ているのか、裕翔の語感は荒い。


 俺は先輩と視線を交わす。


 先輩としても、このまま残り三十分を無策で過ごすのはゴメンなのだろう。強気な瞳が俺を映した。


「四十分は無理だけど、三十分なら交代をし続ければなんとか」


 体力的には、まだ一試合をフルで乗り切る体力はない。中学時代は八分だったピリオドは二分伸びている。


 このたった二分が、俺たちの体力に重くのしかかるのだ。


「部外者なのに、悪いな」


 先輩の申し出に首を振る。


「いいえ。俺も久々に楽しませてもらってます」


 その時、向こうのチームが何やら揉める声がする。点差は開いているというのに。


「んだぁ?荒れてるな」


 荒れたいのはこっちだ、という風に裕翔が愚痴る。冷静さをまだ保っているのはいい証拠だ。


「何て言うか、スタンドプレーみたいなの、多かったですよね」


 第一ピリオドでは、個人的なプレーが多かった。確かにあちらには交代要員も多いし、体力に余裕を持ってプレーできるという事実はあるのだが、少し真剣味にかけるような行為が幾ばくかあった。


 ああ、と先輩は笑った。


「春風さんがいるからだろう。彼女は好きな人が欲しいという話は、二年では有名だからね」


「余裕こいていいところ見せようって話か。いいご身分だなぁ」


 裕翔の口が悪くなっていく。


 インターバル終了の笛がなる。


「さて、俺も出るか」


 コートへと歩を進める。


「明日音ちゃんにいいとこみせようって、スタンドプレーすんじゃねーぞ」


 裕翔が俺の釘を差す。


 ポイントガードというのは、今ひとつ見せ場にかけるポジションであることは間違いない。


「なんだ、君の彼女も見に来てるのかい?」


 嶋村先輩が楽しそうに聞く。この先輩は、どんな時でも変わらない。


「ええまあ。だから、下手なプレイはできませんね」


「そうか。じゃあ、期待してるぞ」


 そう言われつつも、コートに上がる。


 会場を下から見わたす風景。ざわつく音。全てが懐かしい。


 感覚が削れるように研ぎ澄まされていくのを感じる。


 走れるか?走れる。


 俺の身体と足が応える。


「さて、いきますか」


 後ろにいる奴に、いい所を見せなきゃならんからな。


 そうして、俺の三十分が始まる。


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