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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
一話目
4/159

俺と彼女が幼馴染な理由2

「え?何?どういうこと?」



 明日音が戸惑いの声を上げる。


「何、じゃないわよ。ねえ、春彦。あ、初対面で悪いけど、呼び捨てでいい?」


「……別にいいけど」


 茉理が俺に食ってかかるように弁当の蓋を開ける。やはり、裕翔と同じく、必要な窓口がないタイプらしい。


「明日音から聞いたんだけどさ。昨日、明日音に何て言った?」


 鋭い視線はしかし、何故か小野さんから飛んできていた。


「昨日のこと、言ったのか?」


「……駄目だった?」


 俺と明日音も弁当の蓋を開ける。


「いや、駄目じゃないけど。珍しいな」


「あ、うん、そうかも」


 明日音の表情には少しの緊張が見えた。


 元々からかわれるのが常な俺たちにとって、お互いの話を話題にすることは殆どない。


 昨日俺が何を言った。何をした、などということを話しても他人には惚気、または嫌味にしか聞こえない。だから、俺たちは極力、互いに互いの話をしないし、学校内での接触も最低限に控えていた。露骨に避けるわけじゃないが、必要以上に接しない。


 これが、俺たちの学校での処世術だった。無駄に目立てば悪い噂も広まりやすい。最初こそ仕方ないが、これを続ければ中間テスト前には皆俺たちのことなど気にも止めないだろう。


 明日音が他人に俺の発言を漏らすというのは、あまりない事例だった。それほど、この二人を信頼しているとも言える。


 俺は小野風華、そして北川茉理の二人に改めて視線をやる。


 一人目、北川茉莉。


 彼女は裕翔と雰囲気は似ている。それは、魅力に溢れている所もだ。服の上からでもわかるボディライン。それに、ちょっと油断が多い制服の着こなし。妙なノリの良さ、初対面でも物怖じしない度胸。溌剌とした表情。


 男に好かれるタイプだが、彼女と深い中になるにはかなりの根気か魅力か、他の何かが必要だろう。


 二人目、小野風華。


 背が小さい。目つきが悪い、言葉尻もどこか刺がある。普通にしていれば小動物のような可愛さがあるだろうが、常に刺が全開である。今も何故か俺に射殺さんばかりの視線を送ってきてくれる。これは多分だが、目を合わせたら死ぬ。


 正直に言えば、悪い奴らではなさそうだ、という印象しかない。女子にしかわからない何かがあるのだろうか。


「お茶、飲む?」


「お、飲む飲む」


 明日音は日本茶が好きで、水筒に淹れて持ってきている。緑茶、玄米茶、梅こぶ茶、そのほか諸々。朝の気分によって変わる。


 水筒に聞きなれた音と、湯気が登る。夏でも明日音はホットに拘る。今日のは質のいい緑茶のようだ。


「ちょっと熱いかも」


「わかってる」


 水筒の蓋に口を付けると、やや濃ゆい渋み。だが、喉の奥に抜ける熱さと、後に残る緑茶特有の風味。


「……で、なんだっけ?」


 ふと、その前の会話の全てを忘れていることに気づく。


 見れば、三人は唖然としたような表情で、弁当を食べることも忘れて俺と明日音を見つめていた。


「早く食わないと、話す時間もなくなるぞ」


「そうだね」


 昼休みは早十分が経過していた。学生のとっては貴重な時間。朝の二度寝の時間よりも貴重な五十分だ。


「俺、なんかお前らのこと過小評価してたわ……」


「私も……」


 裕翔と茉莉が言葉を失う。小野さんは淡々とマイペースに食事を続けていた。


「で、何なんだよ。呼んだからにはなんかあるんだろ?」


 俺が弁当に箸を付ける。


 ソーセージに卵焼き、ほうれん草の胡麻和えやさつまいもの甘辛炒めにオレンジが二切れ。


 見栄えも味も申し分ない。全てを記憶しているわけではないが、冷凍食品が出てきたことは、多分ない。


「おぉ、弁当が同じだ」


 裕翔が俺たちの弁当を覗き込む。


「明日音が作ってるんだから、当然だろ」


 俺と明日音の弁当の内容は無論一緒になる。弁当箱は明日音が選んだのだが、ただの色違いなので更にそれが強調されることになる。


「明日音ちゃん、料理上手いんだな」


「それほどでも」


 しばしの沈黙。裕翔は明日音の薄い反応にどう返したらいいのかわからず、茉莉に視線で助けを請う。案外、仲はいいのかもしれない。


 明日音の反応は何をしても全体的に薄いが、何も思ってない訳じゃない。だが、不機嫌も上機嫌も見て取れないと、大抵の人はどうしたらいいのかわからなくなる。


 さて、話を戻しますか、と茉理が顔を引き締める。これはどうでもいいことだが、茉莉のことをさん付けで呼ぶ気にはどうしてもなれなかった。


「えーと、話によれば、春彦容疑者は、適当な、あま、げん?」


「甘言」


 小野さんがメモ帳を見せてフォローをした。


 メモ帳に書き写してあるのか。何だか、大袈裟な話になってきたことを感じる。


「甘言と、幼馴染という立場を利用して、被疑者、つまり明日音をキープす

るド外道だという疑惑が出てきていますが、その真偽は?」


 後半の方は棒読みだった。ニュースを見ていれば読める漢字だと思うのだが。


「ちょ、ちょっと二人とも。私、そんなこといってな――」


 困惑する明日音。


「明日音は黙って。騙されているかどうかは、私たちが判断する」


 視線を研ぐ小野さん。


「春彦がそんな――」


 抵抗を試みる明日音。


「春彦ぉ!お前がそんな外道だったとは!バスケットマンとして見損なったぞ!」


「どうなんだ、このロクデナシ野郎!」


 どう見ても遊んでいる裕翔と茉理。


 何なんだ、この状況は。


 馬鹿二人の大声で、騒然となる世界。


 今までもまあ、変なことを囁かれることはあったが、ここまで酷い物の見方は初めてだ。


 それに、裕翔と茉莉は、息がぴったりだ。お互いの関係まで忘れられるのだろうか。


「ちょっと待ってよ!私、そんなこと言ってない!」


 これまた珍しく、明日音が声を荒げる。


「落ち着けよ。ほら、お茶」


 この時点で、この世界の住人たちは俺たち五人が修羅場にいるものだと把握して、遠くから聞き耳を立てている。なんとか解決して出ていかないと、

俺たちの世界にまで影響を及ぼすだろう。


 小さく息を吐き、言われた通りにお茶を飲む明日音。


「間接キスだけど、いいの?」


 小野さんが明日音を試すような視線で睨む。


「そんなこと気にする歳じゃないだろ。恋人でなくてもやる奴はいるさ」


 間接キスくらいなら、初めてはもうかなり昔になる。


 表現で言えば乙女ちっくだが、事実は『同じ釜の飯を食った仲間』というニュアンスに近い。


 俺が答えると、小野さんは相変わらず俺に厳しい視線を向けた。


 彼女がどうやら、バックにいる黒幕らしかった。


「で、どうなんだよ。お前、本当に明日音ちゃんを、その、キープしてるのか?」


 真面目な顔つきの裕翔を、初めて見た。どうやら悪戯と現実の境は知っているらしい。


「俺たちが、恋人になるかならないか、っていうのを保留してるだけだ。いい機会だし、その辺りをはっきりさせたほうがいいと思ってな」


「なんでそんな面倒なことするわけ?よくは知らないけどさ、恋人以上に仲いいんでしょ、二人は」


 茉理の変化は唐突だ。普段普通の女子だと思えば、急に悪乗りスイッチが入って別人になる。


 見ているだけなら飽きない。見るだけなら。


「俺と明日音はさ、まあ、お互いの両親の陰謀もあるんだが、子供の頃からずっと一緒でさ。一緒にいるのが当たり前、みたいなのが、あるんだよな」


 俺はなんとなく明日音をみる。明日音も俺を見る。どこか不安定な瞳は、少し不安な証拠。


「俗に言う、『近すぎて恋人とは見れない』って奴か?」


「近いけど、違うな。別に、今の状態で明日音と恋人同士になったって、正直に言えば問題はないと思う」


「じゃあ、なんで――」


 小野さんが食ってかかる前に、俺は結論を出す。


「でも、それって正直、押し付けだよな、って思う。俺と明日音が普通では異常なくらい仲が良い。お互いに嫌いじゃない。なら付き合って、恋人になるべきだ、っていうのは、俺たちの気持ちを無視してるよな?」


 どゆこと?さあ?と、裕翔と茉莉は顔を見合わせ合う。


 小野さんは、静かに視線を下げる。


「そういう圧力で恋人になったとしても、まあ別にいいんだろうけどさ。俺と明日音の場合、ちょっと普通じゃないから。ゆっくりと、考えたい」


 本心を明らかにするのは、少し恥ずかしい。


 だけど、これもきっと、必要なことなのだと思う。照れたり、恥ずかしがったり、胸が高鳴ったり。今の俺と明日音の間にはそういうものはないから。


 だから、こうやって友人が色んなことを焚きつけてくれるのは、ちょっと有難かったりもする。


 今までは、要らぬ噂を呼ぶからと避けていた。だけど、態度を決めると言った以上、やはり立ち向かわねば得られないものもある。


「じゃあ別に、明日音が春彦をポイッてして、別の男とイチャイチャしてても良いってこと?」


「実際に見たらなんか思うかもしれないが、明日音がそいつが好きって言うんなら構わない、と思ってる」


 中学では二人とも他の相手と付き合ってたこともあるしな、というと、茉莉は大袈裟にため息を吐いた。


「でも、それなら貴方が別の女と付き合ってもいい、ってことにもなる」


 小野さんの追求は、しかし弱々しい。


「だから昨日言ったんだろ。明日音とどうするか結論出すまで、俺は誰とも付き合う気はないって」


 お前、なんて言ったんだよ、と明日音の頬を軽く突く。


 ご、ごめん、と明日音は小さく言葉にした。


 そして、裁判官のように、箸を折れんばかりに机に二度叩きつける茉莉。


「悪代官様、この辺が落としどころじゃねぇんですか?」


「……誰が悪代官」


「やっぱり黒幕は小野さんか」


 小野さんは、少しだけ、ほんのすこーしだけ申し訳なさそうな瞳を一瞬だけ見せた。


「別に。明日音の話を聞いて、騙されてると思った。それだけ」


「つまり、明日音の話し方が悪かったと?」


「そんなことないと思うけど……」


 明日音が小野さんに視線をやると、彼女は視線を逸らした。


「被告、高瀬春彦を、無罪とする!これにて閉廷!」


 茉理がそう言うと、クラスから拍手が小さく上がった。


「良かったな春彦!俺は信じてたぞ!」


「嘘を付け。お前、今度から容易く宿題見せてもらえると思うなよ?」


「そんなこと言わないでっ!」


 暗闇に覆われてから早十五分。世界に、光が戻った。


「それにしても、思った以上だね。話には聞いてたけど、実際に二人で居るところみると、なんか納得する」


「そうだな。恋人っていうより、最早夫婦だよな」


 最早先ほどの事件など何事も無かったかのように、裕翔と茉莉は俺たちを眺めていた。


 そしてそれはこのクラスの住人たちも同じ。なんて鍛えられた住人なのだ。


「最初っから夫婦ってのも、ちょっと味気ないだろ。やれるなら恋人から始めたいんだよ」


「つまり、夫婦を恋人に戻す方法を探すってこと?なんか、面倒くさい話」


 でもまあ、気持ちはわかるかな、と茉莉は明日音を見て笑った。


 ここで終わればいい話なのだが、休み時間はまだ半分ある。


「ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけど、二人はさ、キスとかしてんの?」


「馬鹿お前、二人はまだそういう関係じゃねぇんだぞ?そんな、キスとか、なぁ?」


 茉莉が女子校生らしく、俺たちに探りを入れ始める。


 裕翔も止める素振りはしているが、ちらちらとこちらを気にしている。


「ほほう、気になるかね君たち。実はだね――」


 これに関しては実に面白い話がある。


「それ言ったら、明日からお弁当なしだから」


 明日音がやはり止めに入る。俺を見ないことが、恥ずかしがっていることと、その本気度を伺わせる。


「ちょっと、それは横暴じゃない?惚気話くらいいーじゃんよー!」


「駄目。絶対秘密。春彦も。あれは、忘れて」


「いや、それはごめん無理。だが、弁当がなくなるのは御免被る。残念だったな」


 俺が高笑いをすると、裕翔と茉莉は不服そうに声を上げた。


「……キスはしたことあるってことじゃん」


 小野さんがそう呟くが、それが真意ではないのだ。


「ま、それくらいはな。何せ幼稚園児からの付き合いだし。結婚の約束だってしたし、風呂だって一緒に入ったことあるぜ?」


「両親から聞いただけで、私たちはあんまり覚えてないけど」


 流石に幼稚園時代の思い出は薄れつつある。


「でも、キスだけはちょっと特別なんだよな」


「なにそれ!気になる気になる!」


 俺が何かを含んだ言い方をすると、茉莉が思い通りに釣れて、明日音がみるみる赤くなる。


「……そこまで赤面されると、私もちょっと気になる」


「俺には後で教えてくれるよな、親友!」


「駄目だね。仲間を裏切るバスケットマンは信用ならない」


「くそっ、部活に入ってくれればプレーで挽回するのに!」


 こんな時まで勧誘とは、なかなかの根性。だが、容易く引き下がるのは、裕翔がいい奴である証拠だ。


 ちなみに、どんな条件であっても、俺と明日音のファーストキスの顛末を語る気はない。


「ねえねえ、ほかにはなんかないの?幼馴染エピソードみたいなさ」


「俺はむしろ、裕翔と茉莉の話が気になる。それに、小野さんも同じ中学?」


「私は違う。ここに知り合いは殆んどいない」


「風華は私の救世主なの!超頭いいんだよ!」


「宿題くらい、自分でやろうよ、茉莉」


 へぇ、と俺は小野さんを見る。


 この学校は、大半が滑り止めで受ける、進学校とも言えない公立高校。


 それゆえ、イジメなどがないのが特徴でもある。なぜなら、大半がどこかの私立に落ちた人間だから。皆、触れられたくない傷を抱えているから。


 しかし、小野さんはどこか違う印象を受けた。


 彼女はきっと、高校などどこでも良かったのだろう。望んでここに来たわけでもなく、ここしか行く宛がなかったわけでもない。


 そんな印象を、彼女からは感じる。


「……何よ」


 しかし、刺のある視線は相変わらず。


「いや、頭がいいのは嘘じゃなさそうだと思って」


 彼女は、ふい、と視線を逸らした


「勉強は教えないわよ」


「俺には明日音大先生がいるので大丈夫」


「やっぱテスト勉強とかも二人でやるんだ?」


「うん。大抵二人でやるよ」


「一人だとなんか身が入んないんだよな」


 これは中学の時検証した結果なのだが、二人でテスト勉強をした時と、一人でテスト勉強をしたとき。結果がいいのは常に前者だった。


 その後も終始こんな調子で、楽しく、賑やかに。


 茉莉と裕翔が喧嘩をまた始めたり、小野さんを質問攻めにしたり。


 俺と明日音のことに関しては、答えられる範囲で答えて。楽しい昼休みは、あっという間に終わる。


 授業開始五分前の鐘が鳴る。


「おっと。春彦、次なんだっけ」


「英語だ。課題はないが、予習してない分は知らん」


「大丈夫、俺の運を舐めるなよ?」

 どうやら気力で乗り切るようだ。眩しい笑顔に、死相が見えた。


「あ、春彦。私今日部活あるから」


「分かってる。じゃあな」


 俺たちはそうして、別世界を後にする。


「ま、頑張れよ。何かあったら、相談に乗るしさ」


 裕翔は教室を出てすぐに、そう言って俺の肩を叩いた。


「そうだな。その時は遠慮せずに頼らせてもらおう」


 力になるのかどうかはわからない。裕翔は馬鹿だし。だが、素直に嬉しかった。



「次、ここの問題を――、佐々木!お前、今回は予習してきたろうな!?」



 次の英語の時間。毎回予習をしてこない裕翔に、嫌がらせのように注意をする正しい英語教師の姿があった。

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