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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
38/159

恋と友情が違う理由Ⅱ


「わぁ……」


 二階の観覧席には、一年から三年まで、男女問わず色々な人が見物に来ていた。


 話題性があるようには思えなかったし、皆バスケットを見に来たというよりは、バスケ部のいざこざを楽しんでいるというような面持ちだった。


 バスケ部の面々も、観客の多さに驚き、そしてやる気を奮い立たせているよう。


 晴彦を探すのは簡単だった。


 佐々木くんとのコンビ、というか、彼があまりに目立つし、大抵晴彦はその傍にいる。


 晴彦はこの大人数の観客の中でも、普段通りに佇んでいる。


「あっ、明日音ちゃんじゃないですか!」


 聞き慣れた声に振り向けば、春風部長と彩瀬副部長、他料理研究部の先輩方が場所を陣取っていた。


「なんだ、幼馴染の彼とは喧嘩中か?」


 副部長のからかいに、慌てて否定をする。


「いえ、その、助っ人で出てて」


 へえ、どれどれ?どこの人?皆がそう言って、体育館内に視線を走らせる。


 ああ、これはもう隠すことは無理だな、と諦める。


「こっち側のチームの……。あ、あの番号二十二番です」


 体育などでも使う、ユニフォーム、とでも言うのだろうか。番号に意味があるのかないのか、私にはわからない。


 晴彦のチームは青、向こうのチームは赤である。


「おー、あの子か。普通にいい男じゃないか」


 彩瀬先輩がそう口にする。立て続けに、先輩方の変なちゃちゃが私を襲う。ちょっと恥ずかしいけれど、悪い気はしない。


「でも、どうして助っ人参戦なんて?」


「前に話したことある、『残念コンビ』の相方がバスケ部なんですよ」


 先輩方に混じっていた栗原さんが、なんとなく事情を説明する。


「そういうことです。晴彦も、中学時代はバスケ部だったので……」


「へぇ、晴彦くん、って言うんですね」


 春風部長にそう口にされると、本能的にしまった、と思ってしまう自分がいる。


 何気ないふうに晴彦を眺めるその視線に、何らかの意図が加わっているのかいないのか、それを見定めようとする私がいた。


「それで、春風部長たちはどうしてここに?」


 春風部長たちだけではない。


 ここには、バスケと関係のない、更に言えば引退した三年生らしき生徒も見える。


「明日音さん知らないんですか?この試合、結構話題性あるんですよ?」


「一年が上級生に真っ向から刃向かった、ってな。そして正々堂々、バスケで勝負。男らしいじゃないか」


 彩瀬副部長はどこか満足そうに笑っていた。


 さらに詳しく言えば、この改革のような話はどこの部活でもあるものだという。


 元々、うちの学校というのは部活で大会上位を目指すような場所ではない。それゆえ、如何に理不尽な内容の練習でも、改革など行われない。


 二年経てば、自分たちも同じ立場に立てるから、という甘い誘惑もあり、多数の部活が悪しき慣習を引きずっているのが現状なのだそうだ。


 そして、胸の大きな彩瀬副部長が運動部に入らない、もう一つの理由でもある。


「普通なら、喧嘩だなんだってなりそうなところですけど」


「そうだな。だが、それをこうしてバスケ勝負っていう土俵まで持ち込んだことも評価に値する。そして、この結果次第では、他の部活にも改革意識が生まれるかもしれない。ここに集まってきてるのは、そう言った思いを持っていながらも、集団に取り込まれて言い出せなかった皆ってとこだ」


 彩瀬副部長はどことなく興奮しているようだった。


「萌々果ちゃん、こういうのに弱いんですよね。男らしいとか、革命だとか、そういうの」


「それでいて、『男らしい男が好き』とか、そういうことでもないのが萌々果のメンドくさいとこだよね」


「うっさい!名前で呼ぶな!」


 彩瀬副部長が叱咤する。その声でその存在がばれたのか、下の方でも何やらざわつく声がする。


 視線は、無論春風部長に。


「あーあ、やっちまった」


「仕方ないじゃん、籠に入れ続けることはできないんだし」


 動揺しているのは、主に二年生のバスケ部。


「籠って……。私だってこういうイベントごとに参加したいんですよぉ?」


 春風部長は子どものようにはしゃいでいた。


 皆さん、頑張ってくださいねー、と一階へ向けて手を振ると、男子が雄叫びを上げる声がした。


 見ると、晴彦も何事かとこちらを見て、私を見つける。その瞳は、一瞬春風部長に向けられたものの、すぐ私に戻ってくる。それだけで、私の何かが熱くなる。


「幼馴染くん、いい男じゃん」


 彩瀬副部長もそれに気づいたのか、私をにやりとからかうように見た。


「バスケットって、多く点を入れた方の勝ちですよね?」


「基本的にはな。遠くから入れれば三点だ」


「はえぇ……。結構高いところにありますねぇ。私がやっても届くでしょうか?」



「「「無理」」」



 料理研究部全員の総意がそこにあった。


「皆、意地悪さんですねぇ……」


 余りの真面目な意見に、少し春風部長がへこむ。


「春風部長って、そこまで運動できないんですか?」


 私が副部長に尋ねる。


「そうだな。未だに自転車も乗れないし、走ると転ぶし、泳ぐと沈む。球技なんて夢のまた夢だな」


 副部長の辛辣な評価は、周囲に爆笑を巻き起こす。


「体育の時とか、マジ面白いから!」


「男子受けは最高だけどね」


「かなりの数の失態、もとい武勇伝を持ってるのよ、二年のアイドル様は」


 どうやら、アイドル、というよりは愛玩物と呼ばれるに等しいらしかった。


「別に男子受けとか狙ってませんし!真面目に体育してます!」


「わかってるよ。そうムキになるなって。ほら、そろそろ始まるぞ」


 審判を任された女子バスケット部の面々が、整列を要求する。


「何だか、ドキドキしますね!」


 先程の不機嫌などどこ吹く風。期待に満ちた目で部長は舞台を覗き込む。


「私としては、是非反乱軍に勝って欲しいもんだけどね」


 反乱軍だとか、革命軍だとか、まあ呼び方は人それぞれ。それはつまり受

け取り方が人それぞれということ。


 私としては、勝っても負けても正直どうでもいい。ここにいる皆のような思いで試合は見れない。


 ただ、こんなに真剣に晴彦の試合を見るのは、初めてだった。


「コートの上に立つのは五人なんですね」


 晴彦は最初はコートに出ないらしい。佐々木くんはやる気満々といった感じで中央に歩み寄る。


「ルールは公式と同じにしてある筈だ。公平にやらなきゃ意味がないからな」


 彩瀬副部長の視線が鋭くなる。春風部長は期待に目を光らせている。


 歓声と罵声に沸く館内。男子バスケ部コーチは、どことなく嬉しそうな顔をしていた。立場的に中立なのだろう。


「あいつら、まだ春風見てるよ。いいとこ見せようって魂胆が丸見えだね」


「まあ、気持ちはわからなくはないけどー。どう、春風?」


「どう、って、何がですか?」


「気になる男子はいるか、ってこと」


 バスケット部に入った理由は、モテたいから。晴彦も確かそんなことを言っていた。


「うーん、そうですねぇ。明日音さんの幼馴染さんは気になりますけど、まだ出てこないみたいですし……」


 おお、と周囲が声を上げる。


「そ、そんなに気になります?」


「ええ、それなりには。一途な人って、素敵だと思いません?」


 その発言を機に、『おー、怖い怖い』とつぶやく声がした。正しくその通りに、恐ろしい。


「え?何が怖いんですか?」


 春風部長は何も知らない無垢な瞳を私たちに向ける。


「いえ、何でも……」


 皆、どこか悟ったようにこの話はお仕舞いになった。が、今の一言で、私と同じように不安になった人は多々いるだろう。


 もしかしたら、春風部長は『自分以外の人を一途に好きな人が好き』という、あまりに残酷な特性を持っているのかもしれない。


「試合開始だ」


 笛の音と共に、ボールが放たれる。


 私はその悪魔のような思考を無理やり忘れ、熱狂のコートに視線を落とした。

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