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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
四話目
36/159

俺の悪友がやる気な理由Ⅱ


 俺たちは一心不乱に駆け回る。ボールを追い、相手の進路を塞ぎ、相手の先を読み、シュートを撃つ。


「ハッ!」


 息を吐くと同時に、裕翔が駆ける。


 その速さは流石だ。姿勢も低く、ボールを奪いにくい。むしろ、裕翔自身がボールのよう。それでいて小回りも利くのだから厄介だ。その分スタミナも使うが、それは基礎訓練で十分に補っている。


 抜かされて、シュートを打たれる。


 これで四点差。


「どーよ?」


 流石に俺も裕翔も長い言葉を吐く余裕はなくなりつつある。


「まだまだ」


 体力は流石に劣っている。が、まだ喰らい付けるじゃあないか。そう脳に言い聞かせる。


 まだ四点差。


 ボールを受け取り、今度は俺が攻める。


 何度かボールを交わして、裕翔の強みと、そして対策を見つけ出す。


 裕翔に対して、俺はゆっくりと間合いを詰める。


 油断はできない。異常なほどの反応速度はもはや反射といってもいい。


 だが、裕翔には変化がない。


 更にはっきりと言ってしまえば、裕翔はシュートの精度がそれほど高くない。


 相手を抜いて、確実に得点する。それが裕翔の必勝法。


「――!」


 緩急をつけろ。変化をつけろ。反射を惑わせろ。呼吸を悟られるな。酸素を供給しながら息を殺せ。


 久々の無茶な要望に、脳はしかしきっちりと応える。


 スリーポイントラインからのシュートは、きっちりとそこに収まる。


「やるねぇ」


 これで一点差。裕翔は嬉しそうに笑った。


「まだまだ。もうちょっとすればブランクも埋まりそうだ」


 俺たちの時間は続く。


 そして、やがて当然のように俺に限界が来る。


「あー、やめやめ!!」


 もう呼吸を整える力もない。ばたりと地面に倒れこむ。


 空は夕日を映して赤く、月と星が輝き始めていた。


「これで十点差だな」


 悠々とボールをゴールに入れ、裕翔が勝利を呟く。


 当然の結末だったが、勝つことは難しかった。


 そもそも、あのスピードで動いて、今まで持つ体力が驚異的だった。


 裕翔のパフォーマンスは一向に衰えることがなく、常にフルスピード、フルパワー。


 対する俺は、少しづつ劣化していく。


「むしろ十点差は俺の勝ちでもいいんじゃないか?」


「いやいや、勝負は勝負。俺の勝ち」


 大人気ないやつだとも思ったが、こんなことを言い出す俺もまだ子供だな、と自分で思う。


 久々に空っぽになった気分だった。吐く息が粗く、身体が酸素と水分と、休養を求めている。


 何も考えることのできない頭に、夕空はやけに綺麗に映った。


「勝者の義務として、何か飲み物を買ってきてくれ」


「なんだそりゃ。普通逆だろ」


 あれだけ動いたというのに、裕翔はまだ走ることができるようだ。姿は見えないが、軽快な足音が聞こえる。


「それに、ジュースはもう用意してくれてるみたいだぜ?」


「誰がだよ?」


 ふと思い、俺が身体を起こす。


「はい、これ」


 するといつの間にか明日音が二本のスポーツドリンクを持って其処にいた。


「ああ、悪いな……」


 俺の視線に何かを感じたのか、明日音は少しだけ俺を見つめた。


「何?はい、これ佐々木くんの分」


 明日音が裕翔にも同じペットボトルを渡す。


「お、サンキュー!」


 景気よくそれを受け取り、一口飲む裕翔。


 俺もそれに習い、一口。


 口の中に伝わる味、身体に浸透する水分。運動後の水分というのは、全世界共通、いや、きっと全生物共通でその美味さを分かち合える。


「カァー、美味いッ!」


 大袈裟でもないが、ストレートにそれを表現する裕翔。


「っていうか、明日音は何時から居た?」


「私?結構前から居たけど」


「え、そうなの?集中してて気付かなかったなぁ」


 胡散臭い裕翔の言葉遣いと表情。これは絶対に気がついていて、敢えて試合を止めなかったのだ。


「お前……」


「何?どうしたの?」


 明日音が不安げに俺を見る。


「いや、明日音が来るまで、って条件だったからな」


 そうなんだ、と明日音はきょとんとした瞳で俺を見ていた。


「いいじゃん、遅かれ早かれ、お前の負けだったんだし」


 確かに、スコアで俺が裕翔を一点でも上回ったことはない。のだが。


「バカ言え。それだったらもう少し余裕で終われたわ」


 今の俺は、家に帰ることすら苦労しそうなほどバテていた。


「リハビリだよ、リハビリ」


 なんのだよ、と小さく言葉にすると、バスケのだよ、と裕翔が答えた。

実は、今バスケ部は一年と二年、っつーか、三年が抜けて、色々揉めてんだよ」


 なんとなくわかっていた。


 恐らく、三年が実質、下級生のメニューを決めていたのだろう。それは一種の支配であり、上級生による独裁である。


「でもな、今の一年にも、二年にも、正直言って三年より上手い人は一杯いたわけよ。でも、今回の大会は皆補欠で、それであのザマなわけだ」


 今の二年も、理不尽ながらもそれに耐え、そしてついに自分たちが支配層になる番が来た。


「言っちまうと、今のままの制度で練習するか、皆で話し合って一から決めるか、って感じだな。それを、今度試合で決めることになったんだ」


「へぇ、面白いじゃないか」


 派閥争いである。


 従来のままで、二年後に確実に甘い汁を吸いたい派と、実力主義的な派閥の闘争。


 バスケの揉め事は、バスケで決める。


 至極真っ当な解決方法であるように思える。


「だがな、俺らの革命軍は戦力的に乏しくてな……」


 何事も一から始めるというのは大変なものだ。劣勢にあるのは仕方ないだろう。


「一年の大半も、二年に脅されて保守派に回っちまった。で、ちと助っ人を呼ぼうかと思ってな」


「……おい、まさか」


 話の流れがきな臭くなってきた。


「そのまさか。協力してくんねえかなぁ!頼むよ!」


「試合に必要な人数がいない訳じゃないんだろ?それに、部外者の俺が試合に出ていいのかよ?」


「人数は足りてる。でも、全員が実力者な訳じゃないんだよ。俺は、今回の試合、絶対に勝ちたいんだ。だって、俺らまだ体力作りしかしてないんだぜ?」


 裕翔曰く、一年はずっと体力作りを中心にさせられ、ボールに触れる練習はないのだという。ほぼ全員が中学でバスケ部であり、皆ある程度の技術はあるそうなのだが。


「体力は確かに大事だが、それは二年だって同じだろ。学年で練習内容が違うのは、俺は納得いかない」


「でも、部外者の俺が出ることは認められないんじゃないか?」


「大丈夫だって。あいつら、一年の顔なんて覚えちゃいないから。しれっと混ざってれば気付かれないって」


「スポーツマン的にどうなんだ?それは……」


「勝負は時に非情ってな。今回は勝ちに拘る」


 裕翔は本気のようだ。


 俺は疲れたように息を吐く。


 どうするべきか。出てやってもいい気持ちはあるが、関わりたくない気持ちもある。


「……言っておくが、負けても俺を恨むなよ」


 裕翔は、不敵な瞳で俺を見た。


「勿論。その方法でチームが強いってんならそれでいい。俺はもっとチームを強くするための手段を提示するだけだ」


 なんだか、こいつはバスケットに関してだけは、やたらと賢く、頼もしく見える。


「わかったよ。協力してやる」


 俺が言うと、裕翔は笑った。思えば、こいつが普通に笑うのは久々かもしれない。今更ながらにそう思う。


「悪いな。試合は一週間後。期末試験前の、部活がある最後の日だ」


「分かった。しかし、運動もたまにはいいもんだな」


 ここまで身体を動かしたのは本当に久しぶりだ。自分の体が、もう動かないと悲鳴を上げ、同時に次こそは、と復讐の声を上げる。


 次こそは、耐えてみせる。


 内部からの恨みがましい声が、心地良かった。


「お?バスケ部入る気になったか?」


「たまには、って言ったろうが」


 運動はいいのだが、今の裕翔たちのような派閥争いの中にいるのはごめんだ。


 俺がバスケ部に在籍していたのなら、裕翔に付かずに、保守派の意見を支持したかもしれなかった。 


「じゃ、俺は先帰るから。明日音ちゃん、後はよろしくー」


 裕翔は、意気揚々とした足取りで帰っていく。思いついたようにバスケットボールを跳ねさせながら歩く後ろ姿は、いかにも馬鹿なバスケットマン。


「体力バカめ……」


 俺はまだ立ち上がる気力もなく、その背中をただただ見続けるだけだった。


「大丈夫?もう少し休む?」


 明日音が俺の様子を見て言葉をかける。見るからに限界なのだろう。


「ああ、まだ家に帰る体力さえ回復してねー」


 嘘だ。


 足は確かに悲鳴を上げているが、歩けないほどではない。


 体力だって、家に帰るくらい程度はあるはずだ。


 だが、俺は久々に空っぽの瞳でみる夕暮れを、もう少し味わっていたかった。


「バスケットしてる晴彦みるのも、久しぶりだね」


「一年ちょっとか。まだ腕は落ちてなかったろ?」


 ふふ、と上機嫌に明日音は笑う。


「そうだね、落ちてるのは体力だけ」


「勉強ばっかもアレだし、ランニングでも始めるかな」


 思えば、明日音とこうして夕日を見るのは久しぶりなのかもしれない。


 何時も一緒にいるような気がするけれど、俺たちが二人でやれることには、やっぱり限りがあって。


「いいことだと思うよ。勉強ばかりじゃ、やっぱね」


 そう言って俺の隣に並ぶ明日音は、いつもより優しく微笑んでいるような気がした。


「……明日音もやるか?」


 俺が言うと、うう、と少し固まった後、明日音は苦笑いする。


「私はいいよ。ほら、運動音痴だし」


「それも少しは解消するかもしれないだろ?」


 こんなに広い世界で、俺の隣に明日音がいる。そんな些細なことを、俺はとても大事なことのように思ったのだった。

 

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