料理研究部の部長に彼氏がいない理由Ⅱ
「クラスの女子、っていうか、学年で、ですけど。もう一人と一緒にいつも一緒にいて、『残念コンビ』って女子にあだ名付けられてます」
「残念コンビ?何それ!」
笑いが巻き起こる。
一緒にいると言うのは、裕翔くんだろう。だが、そのコンビ名は私も初めて聞いた。
「その由来はですねー……」
「あ、お菓子、持ってきますね!」
話題の盛り上がりにつれて、部長が自らお菓子を用意し始める。
「まあ、まだ時間あるからいいけど……」
彩瀬副部長も、苦笑しながら耳を傾けていた。
栗原さん曰く。
佐々木くんは見た目はとてもいいし、バスケをしている姿はとても格好いい。しかし、話すと余りに強烈過ぎてついて行けない、話すと残念になるタイプ。
「そして高瀬くんはですね、やっぱろ明日音ちゃん一筋みたいで」
栗原さんが言うと、感嘆の声が上がり、私は恥ずかしさに身を縮める、
「高瀬くんは優しいし、面白いし、結構女子からは人気なんですけどね。もう売約済。二人が一緒にいるので、残念コンビ、って呼ばれる時があるんですよ」
そのあだ名は、大凡好意的な意味で。
「ちょっと、その高瀬くん気になるね」
「気になりますねぇ」
部長と二年生が意気投合する。
よくある流れなのか。ここに連れてこいよ、みたいな空気が蔓延する。
「いや、それは、ちょっと……」
私が周囲を見渡しつつ、春風部長に視線を合わせないように否定する。
「えー、なんでですか?」
純粋に残念そうな春風部長に、全部員から冷ややかな笑いが送られる。
「まぁ、そうだよね」
「私だって嫌だし」
口々に私に賛同する意見者が。
「何でですか?」
春風部長が不思議そうに瞳を傾ける。
「そりゃあ、春風に逢わせるのが嫌だから」
「どうしてですか!?私、別にからかったりしませんよ!?」
その理不尽な答えに食ってかかる部長。
「だって春風可愛いし。浮気とかされたらヤバくない?」
本人を前にしてこういうことを言えるところが、春風部長の人徳であったりする。
「しーまーせーん!そのくらいの分別はあります!」
からかわれているのだが、今回は口調がリアルなのだった。
「いやでも、もしかしたら春風を好きになって、別れたりするかもしれないだろ?」
珍しく副部長も部長弄りに参加する。
「そ、それは……」
まるで存在自体が恋人である二人の障害のような扱いに、やや落ち込む部長。ふわふわの髪が、やる気を無くしたように流れる。
「もし、もしの話だよ?明日音の恋人の、幼馴染くんを呼んで、春風に惚れちゃったら、どうする?」
正直な話、有り得ない、と言えないのが怖いところである。
春風部長は、その可愛らしい容姿で祭り上げられているが、実際私と同じような普通の人なのだ。
風華や彩瀬副部長のように、家がお金持ちだとか、そういったものの何一つない、普通の女の子に違いない。
「え、でも、それは無いんじゃ……」
「甘い甘い。男なんて彼女がいても、美人にちょっと言い寄られたらころっと行っちゃうんだから」
「か、彼女がいてもですか!?」
「浮気は文化とかっても言うしね」
彼女がいる男は安全。春風部長はそんな風に思っていたのかもしれない。私にも、恋人になればそこで終わりと思っていた時期が確かにあった。
「さあ、それを踏まえて。他人の恋人を奪ってしまった春風は、相手の女子に向かってなんて言う?」
皆の視線が、部長に注がれる。
「……ご、ごめんね?」
あらん限りの可愛さで言い放たれたその言葉は、確実に相手の女子の逆鱗に触れるだろう。
「お前は悪魔か!!」
副部長がそう突っ込んで爆笑する。周囲も、そして私も笑う。
相手の男を奪っておきながら、笑顔でごめんねというその姿はまさに稀代の悪女か悪魔か。
「もー皆して!じゃあなんて言えばいいんですか!」
部長がからかわれていたことに気づき、可愛らしく剣幕を貼る。
皆を魅了する容姿も、いいことばかりではないのだと純粋に思えた。
「こりゃあ、まだ春風に恋は早いね。明日音ちゃんもそうだと思わない?」
先輩の一人が私に声をかける。彼氏とは中学から交際しているという。
「そうかもしれませんね」
「明日音ちゃんまでっ!?」
恋というのは、人を汚す泥沼だ。
部長は、まだそれに気づいていない、綺麗な人。だから皆から愛され、崇められる。まるで聖女のように。
嵌ってしまえば出られない。いや、出ることを望まない欲望深い底なし沼。
恋は汚い感情を剥き出しにする。だって、奪われたくないから。
「うう、相談にのってあげたのに……」
「春風に相談とかしてたの?大丈夫だった?」
「それ、ちょっと傷つきます」
また笑いが起きる。
そのアドバイスはともかく、耳を舐められたり、一緒のベッドで寝るまで進展があったのだが、話せるはずもない。
ちなみに、一緒に寝ているところを恭子さんに撮られた件の写真は、私の携帯の奥底に眠っている。
無論、晴彦には内緒。こういうことも、私が汚くなった一つ。
「ほら、もう帰った帰った。先生に睨まれるとやれることもやりづらくなるからね」
時刻は五時。まだ早いが、少なくとも先生に良い子ぶることに損はない。
皆して、家庭科室を後にする。
「あれ、今日はなんだか体育館静かですね」
後者には旧体育館と、新体育館があり、バレー部やバスケ部、バドミントン部などが日毎に場所を変えて活動している。
ほぼ毎日と言っていいほど放課後に響く足音や、ボールが跳ね返る音が今日はそんなに耳に届かない。
「あー、男子バスケ部が揉めてるらしいよ。三年が引退して、一年と二年で部の方針で対立してるらしい。それで今は活動してないんだってさ」
ま、他の部にしてみれば場所が増えてラッキー、ってところだな、と副部長は陽気に言って鍵を締めた。
私と栗原さんがなんの気なしに視線を合わせる。
バスケ部の一年と二年が揉めている。その中心にいる人物がなんとなく予想できたからだ。
携帯を取り出す。晴彦からメールが来ていた。
教室に、晴彦は待っていなかった。