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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
三話目
32/159

私の母が上機嫌な理由


「明日音。あーかーねっ!」


 耳元で囁かれる甘くはない声に身を委ねる。


「ふぁ……」


 心地のいい温もりと匂い。無論、朝食などではない、晴彦の匂いに包まれて、私は起きる。


「ん、あれ……?」


 周囲はもう明るく、というほど明るいわけではない曇り特有の鈍い光がそこにはあった。


 そう、忘れはしないが、昨日は晴彦と一緒に寝たんだった。


 しかし、幾分寝る前とは変わったことがある。


 まず、私を抱きしめる晴彦の腕がないこと。その代わり、私の腕が晴彦の身体に巻きついているということ。


 具体的にこれくらい。


「八時だぞ。起きたほうがいいんじゃないか?」


 晴彦の声には、若干の焦りがあるように思えた。


「んー……」


 私はやる気のない声をだし、一度起こした顔をもう一度晴彦の身体に埋める。


「おい……。明日音ってこんな寝起き悪かったっけ?」


 そんなことはない。一度起きたら目が冴えるタイプだ。


「もうちょっとだけ」


 久しぶりの二度寝を私は敢行する。


「全く……。ちょっとだけだぞ。こんな姿母さんに見られたら、後で何言われるかわかったもんじゃないからな」


 幼馴染ではなくとも、女性と一夜を共にした姿を両親に見られる気まずさは全世界共通だ。


 私が寝たふりをすると、晴彦は私の頭を優しく撫でた。


「ちょっと無防備すぎるんじゃないのか?」


 晴彦が私を嗜めるように言う。


 それはこっちの台詞だ、と念を送る。私が隙だらけになるのは晴彦の前だけだ。


 結局、私が起きたのは九時ちょっと前。


「晴彦、熱は?」


 一晩一緒にいたというのに、起きても私たちの関係は変わらない。きっと、恋人になっても私たちはこんな感じなのだろうとは思う。


「三十六度九分。ギリギリ平熱だな」


 晴彦の家の体温計は最新式で、かなり早い。その他にも、いろいろな道具が揃っている。


 恭子さんが晴彦の体質を気にかけている証拠だ。無論、病院から拝借しているわけではない。


 確かに体調は良さそうだ、と晴彦の顔色を見て思う。


「でも、今日も一日安静にしてたほうがいいよ。念のためね」


「そうだな。そう言えば、ノート、とっててくれてるんだろ?」


「とってるけど。別に明日でもいいんじゃない?」


「二日寝てるだけだったからな。とにかく何かやりたい」


 気力があるのはいいのだが、それがまた風邪をぶり返さないだろうか。


「んじゃ、お昼食べて午後からやろ。私も準備してくるし」


「悪いな。そう言えば、まともな飯も二日ぶりだな」


「特別に身体にいいものにしてあげる」


「……トマトは使うなよ?」


「使わないよ。じゃ、私家戻って準備してくるから」


 おう、と晴彦の返事をもらって、部屋を出る前に。


「恭子さんは?」


「夜勤帰りで寝てる。たぶん起きてくるのは三時とか四時」


 そっか、と息を吐く。


 私も私で、こんな状態で恭子さんに遭ってしまったら何と言えばいいのかわからない。


 廊下は静まり返っていた。耳を澄ましても、一階に誰かがいる様子はない。


 足音を立てずにこそこそと帰る。勿論、恭子さんを起こさないようにだ。


 その後ろめたささえ、どこか幸せに思える。いけないことをしているという自覚がある。


 無事に脱出し、自宅に帰還を遂げた私。


「シャワー、どうしようかな……」


 体中に染み付いた晴彦の匂い。これを洗い流してしまうのはもったいないような気がしてならない。


 だが、女子としてはやはり、入らねばなるまい。私は渋々、シャワーを浴び、改めて身なりを整え、荷物を新たに晴彦の家に。今度はそんなに緊張せずに、足音も軽やかに。


「お待たせ」


「高校に入ってから待ってばっかだな」


 晴彦はそう言って笑う。


 確かに、私が晴彦を待つ機会は減った。でも、今思えば待っている時間もそれはそれで良かった。待っていてくれるのは嬉しいけれど、置いていかれるのではという不安もある。


「そんなに待たせてる?」


 長い時間待たせているだろうか。確かに部活の時は二時間ほど待っていることになるが。


「まあ、色々な」


 意味深な笑みを浮かべる晴彦。何か別の意味があるような気がしたが、それがなにかはわからなかった。


 何かを待たせているのだろか。それも私が一緒にいる今も。


「ま、それはいいから。ノート見せてくれよ」


 喉に小骨がひっかかるような感覚を覚えつつ、私はそれを嚥下する。


「うん、どこからやる?」


 曇り空の下でも、見上げる部屋の中は賑やかに。


 晴彦と一緒に居れば、どんな天気でも晴れやかな気持ちで見上げられることに気付いた。


 と、私の話がここで終われば綺麗な話なのだが、その翌日に話は続く。


 日曜日の夜のことだ。


「ただいまー」


 その日の夜、私の母が帰宅した。予定より一日早い。奔放な母にしては、というべきか、奔放な母だからか、というべきか。その行動を読むことはできない。


「おかえり。予定より早いね」


 もう九時すぎ。私はもう夕食を終え、就寝の支度を始めつつあった。


「いやぁ、早く帰れって追い出されちゃった」


「姉さんに?珍しい」


 ずぼらな姉さんは家事をしてくれる母さんをありがたがっている。大学に入って一人暮らしをしていても、家事を覚える気すらない。


「これ、お土産ね」


 適当に買ってきたのだろうお菓子の箱が置かれる。


 どうせ明日あたりになれば、母さんが自分で開けて半分位食べる。


「あ、あと写メもあるけど。見る?」


 何やら得意げに携帯をちらつかせる。


「別に、興味ないけど……」


 観光記念の写真など、正直面白みにかける。母が写っている写真を見て、私はなんとリアクションをすればいいのか。


「いいから、ほら。すごく良く撮れてるのよ?」


 そうして半ば無理やり母さんが私に写真付きのメールを見せる。


「こ、これっ!!」


 私は声を荒げた。


 その写真は、あの夜、私と晴彦が一緒のベッドで一夜を共にした時のもの。


「いやー、よく撮れてるわー」


 母は私の顔を見て満足そうに呟いた。


「どうやってこれを!?」


 私は問い詰めるように母から携帯を奪おうとする。が、いつもとは違う軽快な動きで躱される。


「恭子さんから送られてきたのよ。小夜にも見せたら、早く帰れって」


 そういうことか、と私は頭が痛くなった。


 まず第一に、恭子さんにばっちり見られていたどころか、写真まで撮られていたこと。


 そして第二に、この写真を見せても小夜姉さんの闘士が衰えていないことの二つに、目眩を覚える。


「まさかここまでやるとは、私としても想定外だったけど。まあ、よくやった、とでも言っておきましょうかね」


 母さんは満足げにその写真を見ながらにやついていた。


「そ、それは晴彦が……」


「晴彦くんが?」


 いや、何かを言うのは危険だ。母さんの顔を見て、小さな犯行を思いとどまる。


「……まあ、いつの間にか、そんな感じになってた」


 知られないようにコソコソしていた私たちが道化のよう。


 恭子さんも、この結果に大いに満足して床に就いたことだろう。


「明日音、この写真いる?」


 母さんは真面目な顔で私に聞く。


「一応、消してって言うんなら消してあげなくもないけど」


 まあ、元のデータは恭子さんが持ってるけど、と母さんは続ける。


「……ちょっと見せて」


 その写真を改めて見る。


 なんとも仲睦まじい男女の写真だ。


 男は大事そうに女を抱きしめ、女は全てを委ねて男に抱きしめられている。


 布団が若干乱れているところが生々しく、そしてやや暗く、上手でない写りが生々しい。


 私は母さんに携帯を返し、返事をする。


「……メールで送っておいて」


 はいはーい、と楽しげに答える母さんに、私はどうしようもない敗北感を抱いたのであった。


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