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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
三話目
31/159

私が寝たら起きない理由

 夢を見ていた。


 夢を見ている、と思うときの夢は、大抵いい夢だ。悪夢はあまり見る方ではない。


 私が見る夢は単純で、晴彦がいればいい夢であり、晴彦がいなければ大半が悪い夢であることが多い。


 今回は晴彦の匂いがする。だからいい夢だ。そうに違いない。


 私と晴彦は、外見と中身がちぐはぐだ。


 単純そうに見える晴彦は実は繊細で、何を考えているかわからないとよく言われる私は実は単純だったりする。


 といっても、夢で何があったか覚えている訳じゃない。けれど、微かに記憶にある夢の残滓がいい夢だったと語りかけるのだ。


 逆に、晴彦がいない夢は怖い。悪夢というわけではないが、思い通りになる夢の世界で、晴彦が出てこない。それは、晴彦がいなくなる未来を予知しているんじゃないか。そんなSFチックな想像をしてしまう。


 実に単純な話で、私は現実でも、夢の中でも晴彦と一緒にいたいのだ。


 今日の夢は特にいい。


 晴彦に抱きしめられている夢。頭には腕があって、二本の腕が私の身体に巻きついている。目の前にある硬い感触は胸のちょっと上くらい。


 いつもの匂いと、石鹸の香り。


「……んふ?」


 石鹸?


 今までにない現実感が私を襲う。夢なら石鹸のような匂いがしたことは無い。


 そして、私の吐いた息が晴彦の服に当たり、熱が篭るような感触。


「ん……」


 リアルなむず痒いという声。そして巻き付いた腕が回転する。


「ひゃあ!?」


 私の身体が反転する。


「……」


 その衝撃で夢から覚めた。いや、夢だったはずの現実が目の前にあった。


 私は仰向け。そして、俯せになった晴彦に私が覆われている。左を向けば枕に顔を埋める晴彦。


「……なにこれ?」


 私は晴彦の手を握っていたはずだったのだが。


 いつの間にか寝ていたのはまだしも、晴彦のベッドに寝ているというのはどういうことか。


 周囲は真っ暗で、身動きも取れないため時間を確認することはできない。ただ、真夜中だというのは確かだった。


 休んでいたはずの心臓が、まるでエンジンのように唸るのがわかる。


 まだ働く頭で理性を保つ。


 いやいや、これは夢だろう。流石の晴彦とは言え、私と同じベッドで寝るということの意味はわかるだろう。


 じゃあ、私が晴彦のベッドに乗り込んだのだろうか。答えは半分イエスだが、半分ノー。


 恐らく、晴彦はこれより前に、シャワーを浴びている。石鹸の匂いは確かに晴彦からする。つまり、晴彦は恐らく、私の右手を解いたはずだ。


 そして、そこからは?


 そのまま、私が寝ているのを気にせず寝て、私が勝手にベッドに潜り込んだ?


 いや、違う。晴彦はきっと、私が寝ているのを気にして、私もベッドに上げてくれたのではないだろうか。


 つまり、これは晴彦が善意でやった同衾であり、決して男と女の関係をどうとか――。


 私が言い訳めいたことを考えているその時。俯せでは寝づらいのか、晴彦の顔が私の方を向いた。くるりと私の横に移動したかと思えば、私の髪に顔を埋めた。


 起きた時と同じような、真横で晴彦に抱きしめられる体制。


「ふあっ!?」


 変な声がでた。


 口を慌てて塞ぐが、晴彦は私の気など全く考えずに爆睡している。


「まったく、晴彦は寝相が――」 


 そこまで言いかけて、晴彦の呼吸音が聞こえる。


 私の匂いを、嗅がれている。しかも、一日動いて、お風呂に入っていない状態の、私の髪の毛の匂い。


「や、やだっ」


 それとなく身をよじるが、脱出することができる訳もなく。それどころか、動く私に対応するかのように、晴彦は私の動きを封じるように私を拘束し続ける。


「……もう、いいや」


 私が全てを諦めるのに、そう時間はかからなかった。


 状況がどうあれ、これは私にとっても十分嬉しい自体には変わりない。それに、晴彦も寝ているのだ。覚えているはずがない。


「もう、いっつもこんな感じなんだから」


 最近、私は晴彦に振り回されてばかり。


 それも、晴彦が男であるという自覚が薄いからだ。


 ふつふつと、私の中に悪戯心が芽生えつつあった。以前、耳を散々舐め回された件もある。


「……」


 目の前には、晴彦の胸。


 古着をパジャマ替わりにして寝ている晴彦のシャツは襟元がくたびれて、鎖骨が露出している。


「せ、せっかくだし。それに、ほら、私だって寝苦しいし」


 誰にでもなく言い訳をしてから、私はその美しい鎖骨に顔を寄せる。


 汗が少し滲んでいるそこは、私に飛び込んで欲しいと誘っているようにも思えた。


「ん……」


 今までより無防備で、何をしても許してくれるような晴彦の暖かさに、私の中の常識が溶けていく。


 私たちは事あるごとに、変だ変だと言われ続けてきた。


『ただ幼馴染なのに、それっておかしくない?』


 おかしくはないのだ、と公に否定することはできなかった。


 だって、一般的に見れば確かに私と晴彦の関係はそれを優に超えているから。


 今だってそう。幼馴染とは言え、高校生の私たちが一緒のベッドで寝るなんてことは、傍から見たら異常でしかない。


 そう、それが私を押しとどめていた最後の何かだったのかもしれない。


 でももういい。認めよう。


 私が、私たちが変だということを。


 私たちは確かにどこかおかしいのだ。幼馴染という肩書きで恋人の領域にどっぷり浸かっているのだから。


 でも、だからこそ私たちは幼馴染で一緒のベッドに寝るし、恋人以上に近い位置にいる。


 なんで?と聞かれたら、次から私はこう答えよう。『私たちは、普通じゃないから』と。


 そう、私は変態なのだ。そう自ら認めることによって、私の欲望を押さえつけるものは何もなくなった。


 次の瞬間、私は晴彦の鎖骨へと舌を這わせていた。


「――ふぅ」


 汗と晴彦の肌の味が、舌に広がる。味覚的反応は多分ない。しかし、その行為が脳内物質を過剰に生み出していて、それが晴彦へと欲望と愛おしさを莫大なまでに増幅している。舌は痺れるように何かを感じ取っている。


 この身体を、今以上に私のものにしたい。この腕に、もっと強く、痕が残るくらい抱きしめられたい。


 どれだけ近くにいても、もっと、もっと。私の欲望は限りない。


 汗を舐めとるたびに、私の中の、私を縛る枷が外れていく。私はもっと自由に、晴彦を求めていく。


「んー……」


 舌の動きにむず痒さを感じたのか、晴彦が不意に動く。


 私の顔が、晴彦の左胸、大凡心臓の真上に強く押し当てられる。


 トクン、トクン、と定期的に打つ鼓動は、私のそれとは大違い。


 ああ、なんて心地のいい音なのだろう。


 それは、私が晴彦に一番近づいた時に聞ける音。一番近くにいるときに感じる匂い、そして一番近くの場所にいる私を守るかのような二本の腕。


「……なんだろ、涙が……」


 理由はよくわからない。


 ただ、初めて私が満たされて、その溢れた雫が涙となって流れ落ちた。


「ごめんね、大丈夫だから」


 心臓の鼓動に、そう言って寄り添う。


 悲しいことは何もない。今の私は、一ミリの隙もなく、幸福である。


「うーん、でも止まらないや」


 私の涙は、留まることがなかった。まあいいや。今日だけは、特別だ。


「でも、最後にこれだけ……」


 私は晴彦の胸にキスをして、思い切り痕をつけた。晴彦は気づかないだろ

うし、服を着てしまえば見えない位置。


 けれど確かに、そこには今日私がつけた跡が、二、三日残るだろう。


「嬉し泣きなんて、初めてだなぁ」


 この程度で泣いていたら、私が晴彦と恋人になったときはどのくらい泣くのだろうか?


 そんなことを考えると、まだまだ涙は止まりそうになくて。


 晴彦への悪戯は、結局キスマーク一つだけだったけど。


「今日はこれで勘弁してあげる」


 生まれて初めて、心が溢れるほどの幸せな夜を私はゆっくりと過ごし。そして、いつしか晴彦の心音に慰められて眠りについた。


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