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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
三話目
30/159

俺の寝相が悪い理由


 夢を見た。


 いい夢を見たときは、いい夢だという記憶だけが残る。だからこれはきっと悪い夢なのだと自覚する。


 悪い夢の厄介な点は、無駄に現実的で、少しだけあがくことができて、そして中々目覚めないことだ。


 いつだって、俺の隣には明日音がいた。


 俺たちはいつも二人だった。


 いろいろな距離が近かった俺と明日音は大勢の中にいても二人であり、そしてその集団から抜けても二人だ。


 しかし、夢の中の俺は一人。


 夢というのは理不尽なもので、超展開はあれど都合のいい展開になることは殆どない。


 そう自覚しているからこそ、夢の中で俺は孤独だ。


 声を出しても誰も返事をしない。


 見渡しても何の気配もない。


 一人は苦手だ。孤独が嫌いだ。


 人類の全てがトマトを好きで、世界で一人だけ、俺だけがトマトを嫌いなら、俺は意地でもトマトを好きになるだろう。


 俺はいつだって明日音と一緒だった。


 それは幼馴染だからという理由で今は片付けられるが、実のところ最初は、俺が明日音にべったりだったということはあまり知られていない。明日音も覚えてはいないだろう。


 なんで一人が嫌いなのかは、なぜ初めて食べたときトマトが苦手だと思ったかと同じくらいわからない。とにかく嫌なのだ。


 だから俺は、夢があまり好きじゃない。


 夢だと、俺は一人だから。


 俺の夢は、何が起きるわけじゃない。


 ただただ、一人で居続ける。誰もいない俺だけの世界に、現実の俺が目覚めるまで。


 無為に暴れまわったりするが、それで早く起きた試しはない。


 だが、それが現実世界にも反映しているらしく、俺は大層寝相が悪い。


 今のセミダブルのベッドにしてからはだいぶ減ったが、シングルだった頃はよくベッドから落ちて目が覚めた。


 落ちて寝不足になるのか、悪夢を見続けながら体を癒すのか。どちらを選んでも俺に得はない。


 体調が悪い時は特に質が悪い。起きても一人で、寝ても一人だ。風邪を引かないように気を配ってはいるが、この体はどうにも都合のいいように機能してくれない。


 夢の中の俺は、現実では言わないような弱音を言ったり、愚痴を言ったり。孤独を紛らわすためにとにかく喋る。


 そのうち夢の中でも眠くなって、そして現実へと戻る。


「ん……」


 寝苦しくなって、寝返りを打とうとするが、何かに阻まれる感覚。


「……なんだこれ」


 俺は滅多にならない俯せの体制で寝ていた。背筋を駆使して顔だけ上げる。


 右手に変な感触があり、横を向くとその違和感が目の前に。


「明日音か……」


 横では、ベッドに顔を乗せて明日音が寝息を立てていた。右手は明日音の両手に包まれている。


 こうも大事に包まれていたのでは、右手は動かせない。


 明日音はいつも、病気の際には見舞いには来てくれる。非常に嬉しいのだが、俺の部屋で寝入るというのは初めてだ。


 周囲を見渡せば、もう太陽は落ちているようだ。月明かりがカーテンを辛うじて透過している。ずっと閉じていた目は、闇に慣れきっていた。


「これじゃ起きれないな……」


 右手を拘束されたままでは、体を起こすこともできない。左手を使い、ゆっくりと明日音の指を解いていく。


「これまた、がっちりだな」


 手は、指と指を絡めてあって、結構解くのに苦労した。


「……このくらいじゃ起きないか」


 明日音は俺と違って、寝つきがいい。どう言う意味で使うのかいまいち俺もよくわかってないが、明日音は寝たら中々起きない。


「よ、っと……」


 右手を解いて上半身を起こす。まる二日寝続けた代償か、それとも今日まともな食事をしていないせいか、身体が重かった。時刻は九時過ぎ。物音がしないことを考えると、母さんは今日も夜勤。


「……ありがとうな」


 明日音の頭を撫でる。丁度いい位置にある。


 こんな遅くまで明日音がいてくれるのは初めてだった。


 起こそうかどうか迷ったが、窓から覗く明日音の家に灯りがないことに気づく。


「奈美さんは出かけたのか?」


『今日は晴彦君の家に看病がてら泊まりなさい』そう言った無理難題をいう奈美さんが容易に想像できた。


 奈美さんが土日家を空けることは今更なので、特に驚くことはない。母さんに連絡を入れて、家に泊まったことも多い。


 だから、寝て起きたら明日音がいるとか、そういう事態に驚くことはない。


 帰ったら鍵が開いていて、明日音が台所に立って居るとか、そういうことも多々あった。


「ま、そのうち起きるだろ」


 いつから寝てるのか知らないが、この体制は楽じゃないはず。流石の明日音だろうと、快眠はできまい。


「んー……、汗臭いな」


 昨日念のため、風呂に入らずに寝た。お陰で今日はまだ体力があるが、その分匂いがキツいきがした。肌もなんだかベタつく。部活で出る汗とは違う、皮膚にまとわりつくような汗。


「シャワーでも浴びるか……」


 本当は風呂を張れればいいのだが、俺一人のために張るのは勿体無いようなきもする。


 クローゼットから着替えを取り出す。


「ん?」


 薄ぼんやりと見えるクローゼットの中が、なんだかいつもより綺麗に片付いているような気がした。


「まあ、いいか……」


 別に見られて困るものがあるわけでもない。暇を持て余した明日音が整理してくれたのかもしれない。


 部屋を出ると、意外に涼しい空気が漂っている。


「あの狭い部屋に二人じゃ、室温も上がるか……」


 もう寒気がないことに完治の見込みを持ち、意気揚々と風呂場へと向かおうとする、その前に。


「おっと、栄養補給しとかなきゃな」


 冷蔵庫に向かって、母に買っておいてもらったゼリータイプの非常食を二本、そして浸透性の高い水を多めに飲む。水分は重要だ。風呂で倒れたら洒落にならない。


「こんなに気使ってんのに、なんで熱が出るんだろうな……」


 風邪の原因は自分にもわからない。


 手洗いうがいも怠ったことはあまりないのだが、そんなものは効かぬと熱が出る。


「明日音は風邪ひかないんだよな……」


 その代わり、というわけでもないが、明日音は今まで病気というものとは無縁だ。怪我をしたこともあまりない。


 俺の看病をして長いあいだ一緒にいても、明日音に風邪が伝染ったなどということは一切ない。


「不思議なもんだ」


 風呂場に移動し、服を脱ぐ。ひと、右手に残る感触。


 俺はなんとなく、手のひらの線をなぞる。


 明日音と手を繋いだのは、何年ぶりだっただろうか。


 それは幼い、俺が弱かった頃。俺と明日音は手を繋いでいた――。


「いや、違うな」


 明日音が、俺の手を握ってくれていたのだ。だからこそ、今の俺は手を繋がずとも、ある程度一人でいることが平気になった。明日音が、俺が一人ではないと、俺に伝えてくれたからだ。


 そして、それは今も。


 右手に残る暖かな名残は、いつだって俺に優しかった。


「うー、冷てぇ」


 まだ温まっていない水に手を浸しても、その感触が消えることはなかった。


 シャワーを終えて身体を拭き、自室へと戻る。


 電気を付けずに、月明かりに目が慣れるまで待つ。明日音はまだ寝ているのか、小さな吐息が聞こえる。


「ん?」


 ベッドの傍にあった明日音の姿がない。


 もしやと思って、目を凝らす。


「おい、これどうするんだ……」


 明日音は、俺のベッドに横たわっていた。まあ、寝づらいなら体制を変えればいいだけ。ベッドが直ぐそこにあるのだからある意味当然の結末だといえる。


「俺はどうすればいいんだ」


 先程の明日音のように、ベッドの傍に腰を下ろす。


 明日音は枕さえ完全に我が物として扱っている。


 母さんの部屋で寝るか?いや、それもなんか嫌だし、帰ってきた母さんに蹴飛ばされそうだ。


 下で寝るといっても、毛布なんかがどこにあるのかよくわからない。それに、それで体調を再び崩したら明日音が申し訳ないと思うだろう。


 完全に暗闇に慣れた俺の目に映る明日音の顔は、とても幸せそうに眠っていた。


「なんか、色々考えるのが馬鹿らしくなってきた」


 そう、俺のベッドはセミダブル。二人なら、詰めれば眠ることができる。


 悪いのは明日音である。


 ここは俺の部屋で、それは俺のベッドで、さらに俺は病人でもあるのだ。


 俺がそこを使う理由は三拍子揃っている。 


「ほら明日音、奥に詰めろ」


 俺が無理やり身体をベッドにねじ込むと、明日音が若干抵抗するような仕草を見せた。だが恐ろしいことに、明日音は起きない。


「枕も俺が使うんだよ。ほら、腕貸してやっから」


 無理やり枕を強奪し、その代わりに俺の腕に頭を載せる。まだ明日音は起きない。


 色々体制を整え、最終的には明日音を壁の方にずらし、俺がいつもと同じ位置に居座ることに成功。明日音はついに起きなかった。


「今日だけだからな」


 男と女が、同じ寝床で寝る。所謂、同衾という奴。


 だが、きっと問題はない。


 なぜなら、一緒に寝ているのが俺と明日音だから。


「おーおー、安らかな寝顔しやがって」


 こんなに明日音と近くになることは、そうない、と思ったが、そうでもないような気がした。満員バスの中なんかでは、こんな距離だ。


 明日音からは、いつもと変わらない優しい香りが漂ってくる。


 悪戯をしてやろうと思ったが、今日は右手の懐かしい感触に免じて、許してやることにした。


「お休み」


 俺の腕にまたとない重みと、髪の毛の感触を感じながら、俺はまた体を休めることに専念する。

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