俺と彼女が幼馴染な理由
それは、本当にとある、と言っていいほど平穏な一日の一コマだった。
「おい春彦!飯食おうぜ!」
受験に失敗し、滑り止めの高校に進学した。それだけで、俺の何かが変わるわけでもない。
「おー。先、飲み物でも買いに行こうぜ」
友人も出来た。目標もできた。歩く理由は沢山ある。
佐々木裕翔。またの名を馬鹿。
「お前、午後の授業の教科書ちゃんと用意しただろうな?」
「おう、教科書類はやっぱ全部置いておくことにしたからな!」
もう、何も言うまい。こいつには何を言っても無駄なような気がした。
裕翔に学問を悟らせることができる人間がいるとするのなら、日本、いや、世界で一大新興宗教を起こして世界を牛耳っているだろう。
「まあ、裕翔がいいなら、それでいいけどな」
知り合ってまだ一月。もう既に、幾度の忠告をして、そして既に全てを諦めつつある。
そもそもの出会いが異端だった。裕翔は、高校最初の宿題をやっておらず、授業数分前に、隣にいた俺に泣きついてきた。宿題といっても、数十分で終わる簡単なものだった。
初対面だからといい、気軽にそれを見せてやったのが、今思えば運の尽きだ。
そこからずるずると、宿題が出るたびに、裕翔は俺に見せてくれと言ってくる。
「裕翔、お前テストとかどうすんの?」
実際どうなのだろうか。ここに入学できるだけの学力はある、と信じたいのだが。
「テスト?そんなのはテスト前の傾向対策でなんとかなるだろ?」
少なくとも、赤点を取るつもりはなさそうだ。現実がどうなるか楽しみではある。
「んなことより、買うんなら早く行こうぜ。時間が余ったらバスケもしたいし」
裕翔は中学の頃からバスケ部。高校でも生粋のバスケットマン。実力はかなりのもので、昼休みに二人でバスケットをして過ごすこともある。
「春彦も、今からバスケ部に入らないか?怪我だってもう治ってるんだろ?」
「まあな。だけど、人手が足りてないワケじゃないだろ?俺は気分転換に、お前に付き合うくらいでいいよ」
そう言って立ち上がる右足の骨は、今はきちんと俺の体重を支えている。
中学二年の頃、部活中、唐突に俺の右足の骨がポキリと折れた。疲労骨折だったらしい。
身体が弱い方だとは思わないが、スポーツをしていた割に筋肉の付きは悪い。プロテインなんかも試したことはあるが、効果は見られなかった。
結局、三ヶ月ほど大人しくしていたのだが、それ以降なんとなくハードな運動を避けてしまっている。
骨はきちんとくっついたし、問題はないと医者の太鼓判ももらってある。けれど、部活のように、何か一つの目標に向けて皆で活動する、ということ
よりも、適当に身体を動かしているのが性に合っているのだと気づいた。
「勿体無い。俺と晴彦なら一年でレギュラー間違いないと思うんだけどな」
どうやら、うちのバスケ部はそこそこ強豪らしい。全国にも数回行ったことがあるとかないとか。
「ブランクもあるし、一年レギュラーなんて到底無理だろ」
雑談と笑い声。授業の重圧からようやく解放された宴がそこかしこで開催される。
「高瀬春彦はいるかぁぁぁぁッッ!!!!」
そこに高らかに響く、俺の名を呼ぶ声。
我がクラスの誰もが一瞬、声を失い、教室のドアを眺める。
「……いますか?」
その横で、比較的大人しめの、しかし先の行動に悪びれない声。
そこには、二人の女子が立っていた。
大声を上げた方は、スタイルのいい可愛らしい女子だ。自信に満ち溢れた表情が、どことなく裕翔と似ている。
隣にいる女子は、とても小柄だった。どこを見ているのかわからない瞳で、教室内を探している。
「え、えと、春彦くんは、そこにいるけど」
近くにいた委員長、長谷川さんが恐る恐る対応してくれる。隠れたほうが良かったのではないかとも思ったが、小さい方の女子の瞳はもう既に俺を捉えていたようだった。
「あ、あれかな?ありがと!」
先ほどの威勢のいい掛け声はなんだったのか。至って普通に彼女は俺を見つける。が、こちらにたどり着く前に裕翔が彼女の行く手を遮った。
「何のようだ、バカ女」
「何、あんた。邪魔なんだけど。バカ男」
この二人の会話でなんとなく理解する。この二人は、同族なのだと。
二人が揉めるのは正直一向に構わないが、俺に関して揉めるのは御免被りたかった。
「ちょっと、高瀬春彦くんに用があるんだけど?」
「尋問、詰問、拷問……」
さらりと隣にいる小さい方が怖い言葉を吐いた。
「春彦は俺だけど、何の用?」
これ以上不毛な会話をさせるのは、貴重な休み時間を失うことになる。俺は渋々名乗り出る。
「一緒にご飯でもどうかと思って。明日音もいるしさ。待ってるから」
それだけ言うと、彼女は颯爽と教室から出て行った。何かをやりきったかのような堂々とした後ろ姿。翻るスカートは正に今時の女子高生。
「失礼、しました?」
小さい彼女は、必要もないのに礼儀正しく去っていった。
ざわつく教室。今の何?誰かの知り合い?
「裕翔、お前の知り合い?」
俺が皆に聞こえるように言う。
「同じ中学だよ。気をつけろよ?胸はでかいし見た目可愛いけど、相当なバカだぞ」
その発言を持って、我がクラス内でこの事件は一気に収束する。
ああ、やっぱり裕翔の一味か。クラス全員がそれで納得し、全ては元通
り。佐々木裕翔。凄い奴だ。
「さて、お呼びがかかったし、俺は行くけど。お前どうする?」
「あいつの言いなりになるつもりなのか!?」
どんな確執があるというのだろうか。言い方がおかしい。
「いや、隣は明日音もいるし、その関係だろ」
それに、昨日仲のいい二人の事を聞いたばかりだ。小さい方は印象道理だったが、あの大きい方は少しイメージと違っていたようだ。
「ああ、噂のお前の許嫁か」
明日音に関しては、飛ぶように噂の種類が増える。
嫁、許嫁、恋人以上愛人未満だとか。無論、今までいい噂だけが出回ったわけじゃないが、暫くすると皆飽きて何も言わなくなる。
「んー、まあ、ちょっと興味あるし、俺も行くかな」
「俺はお前とあの子の関係にちょっと興味があるがな」
弁当を持って歩く俺たちに、クラスメイトがお幸せに、とか、いってらっしゃい、と謎の声をかける。はいはい、とそれをあしらい、俺と裕翔は隣のクラスへ。
学年全体で六クラスあり、俺は四、明日音のクラスは三組。体育では一緒になるが、基本的に男女別だ。
それ以外では全く縁も由もなく、ある意味では別世界だ。
少しだけ、入るのを躊躇う俺に対して、
「たのもーーーう!!」
声を高らかにして入室する裕翔。今日ほど裕翔と友人関係にあったことを頼もしく、そして後悔しない日はないだろう。
別世界は共通の言語で会話をするが、吹く風はどこか匂いが違う。
しかし、このクラスも火薬庫を抱えていることを早くも自覚しているのか、俺と裕翔に対する視線は大凡好意的なもののように思えた。こういう立ち位置に慣れたとも言えるが。
探すまでもなく、先ほどの二人と、明日音は机を囲んでいた。
「なんで春彦が?」
傍目にはわからないかもしれないが、少し驚いた表情の明日音。
よっ、と挨拶し、空いていた隣の席に腰掛ける。
「私が呼んだ。明日音に飲み物を買ってきてもらう間に」
二人の内大きい方は満足気に頷くが、裕翔を見ると露骨に邪魔者が来た、という顔をした。
「何であんたまで来たわけ?呼んでないんですけど」
「俺は春彦の友人だからな。それに、春彦の許嫁ちゃんも見てみたかったし」
そう不敵に笑って、俺の隣に腰掛けようとした裕翔を、小さい方が止め
る。
「お前は、こっち」
その迫力に、裕翔はおずおずとなされるがまま、二人の陣営についてしまう。なんと情けないやつ。
俺の隣に明日音。対面に裕翔と、女子二人。
「お弁当は持ってきたよね。私は北川茉莉。こっちの小さいのは小野風華」
「よろしく」
「高瀬春彦だ。知ってるだろうけど」
「佐々木裕翔だ。宜しくな!」
「早川明日音です。よろしく」
自己紹介を終え、弁当を広げて、いざ昼食という時に。
「では、これから第一回魔女裁判を開催する」
なんとも物騒な、昼食タイムの始まりが告げられた。