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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
一話目
3/159

俺と彼女が幼馴染な理由

 それは、本当にとある、と言っていいほど平穏な一日の一コマだった。

「おい春彦!飯食おうぜ!」


 受験に失敗し、滑り止めの高校に進学した。それだけで、俺の何かが変わるわけでもない。


「おー。先、飲み物でも買いに行こうぜ」


 友人も出来た。目標もできた。歩く理由は沢山ある。


 佐々木裕翔。またの名を馬鹿。


「お前、午後の授業の教科書ちゃんと用意しただろうな?」


「おう、教科書類はやっぱ全部置いておくことにしたからな!」


 もう、何も言うまい。こいつには何を言っても無駄なような気がした。


 裕翔に学問を悟らせることができる人間がいるとするのなら、日本、いや、世界で一大新興宗教を起こして世界を牛耳っているだろう。


「まあ、裕翔がいいなら、それでいいけどな」


 知り合ってまだ一月。もう既に、幾度の忠告をして、そして既に全てを諦めつつある。


 そもそもの出会いが異端だった。裕翔は、高校最初の宿題をやっておらず、授業数分前に、隣にいた俺に泣きついてきた。宿題といっても、数十分で終わる簡単なものだった。


 初対面だからといい、気軽にそれを見せてやったのが、今思えば運の尽きだ。


 そこからずるずると、宿題が出るたびに、裕翔は俺に見せてくれと言ってくる。


「裕翔、お前テストとかどうすんの?」


 実際どうなのだろうか。ここに入学できるだけの学力はある、と信じたいのだが。


「テスト?そんなのはテスト前の傾向対策でなんとかなるだろ?」


 少なくとも、赤点を取るつもりはなさそうだ。現実がどうなるか楽しみではある。


「んなことより、買うんなら早く行こうぜ。時間が余ったらバスケもしたいし」


 裕翔は中学の頃からバスケ部。高校でも生粋のバスケットマン。実力はかなりのもので、昼休みに二人でバスケットをして過ごすこともある。


「春彦も、今からバスケ部に入らないか?怪我だってもう治ってるんだろ?」


「まあな。だけど、人手が足りてないワケじゃないだろ?俺は気分転換に、お前に付き合うくらいでいいよ」


 そう言って立ち上がる右足の骨は、今はきちんと俺の体重を支えている。


 中学二年の頃、部活中、唐突に俺の右足の骨がポキリと折れた。疲労骨折だったらしい。


 身体が弱い方だとは思わないが、スポーツをしていた割に筋肉の付きは悪い。プロテインなんかも試したことはあるが、効果は見られなかった。


 結局、三ヶ月ほど大人しくしていたのだが、それ以降なんとなくハードな運動を避けてしまっている。


 骨はきちんとくっついたし、問題はないと医者の太鼓判ももらってある。けれど、部活のように、何か一つの目標に向けて皆で活動する、ということ

よりも、適当に身体を動かしているのが性に合っているのだと気づいた。


「勿体無い。俺と晴彦なら一年でレギュラー間違いないと思うんだけどな」


 どうやら、うちのバスケ部はそこそこ強豪らしい。全国にも数回行ったことがあるとかないとか。


「ブランクもあるし、一年レギュラーなんて到底無理だろ」


 雑談と笑い声。授業の重圧からようやく解放された宴がそこかしこで開催される。


「高瀬春彦はいるかぁぁぁぁッッ!!!!」


 そこに高らかに響く、俺の名を呼ぶ声。


 我がクラスの誰もが一瞬、声を失い、教室のドアを眺める。


「……いますか?」


 その横で、比較的大人しめの、しかし先の行動に悪びれない声。


 そこには、二人の女子が立っていた。


 大声を上げた方は、スタイルのいい可愛らしい女子だ。自信に満ち溢れた表情が、どことなく裕翔と似ている。


 隣にいる女子は、とても小柄だった。どこを見ているのかわからない瞳で、教室内を探している。


「え、えと、春彦くんは、そこにいるけど」


 近くにいた委員長、長谷川さんが恐る恐る対応してくれる。隠れたほうが良かったのではないかとも思ったが、小さい方の女子の瞳はもう既に俺を捉えていたようだった。


「あ、あれかな?ありがと!」


 先ほどの威勢のいい掛け声はなんだったのか。至って普通に彼女は俺を見つける。が、こちらにたどり着く前に裕翔が彼女の行く手を遮った。


「何のようだ、バカ女」


「何、あんた。邪魔なんだけど。バカ男」


 この二人の会話でなんとなく理解する。この二人は、同族なのだと。


 二人が揉めるのは正直一向に構わないが、俺に関して揉めるのは御免被りたかった。


「ちょっと、高瀬春彦くんに用があるんだけど?」


「尋問、詰問、拷問……」


 さらりと隣にいる小さい方が怖い言葉を吐いた。


「春彦は俺だけど、何の用?」


 これ以上不毛な会話をさせるのは、貴重な休み時間を失うことになる。俺は渋々名乗り出る。


「一緒にご飯でもどうかと思って。明日音もいるしさ。待ってるから」


 それだけ言うと、彼女は颯爽と教室から出て行った。何かをやりきったかのような堂々とした後ろ姿。翻るスカートは正に今時の女子高生。


「失礼、しました?」


 小さい彼女は、必要もないのに礼儀正しく去っていった。


 ざわつく教室。今の何?誰かの知り合い?


「裕翔、お前の知り合い?」


 俺が皆に聞こえるように言う。


「同じ中学だよ。気をつけろよ?胸はでかいし見た目可愛いけど、相当なバカだぞ」


 その発言を持って、我がクラス内でこの事件は一気に収束する。


 ああ、やっぱり裕翔の一味か。クラス全員がそれで納得し、全ては元通

り。佐々木裕翔。凄い奴だ。


「さて、お呼びがかかったし、俺は行くけど。お前どうする?」


「あいつの言いなりになるつもりなのか!?」


 どんな確執があるというのだろうか。言い方がおかしい。


「いや、隣は明日音もいるし、その関係だろ」


 それに、昨日仲のいい二人の事を聞いたばかりだ。小さい方は印象道理だったが、あの大きい方は少しイメージと違っていたようだ。


「ああ、噂のお前の許嫁か」


 明日音に関しては、飛ぶように噂の種類が増える。


 嫁、許嫁、恋人以上愛人未満だとか。無論、今までいい噂だけが出回ったわけじゃないが、暫くすると皆飽きて何も言わなくなる。


「んー、まあ、ちょっと興味あるし、俺も行くかな」


「俺はお前とあの子の関係にちょっと興味があるがな」


 弁当を持って歩く俺たちに、クラスメイトがお幸せに、とか、いってらっしゃい、と謎の声をかける。はいはい、とそれをあしらい、俺と裕翔は隣のクラスへ。


 学年全体で六クラスあり、俺は四、明日音のクラスは三組。体育では一緒になるが、基本的に男女別だ。


 それ以外では全く縁も由もなく、ある意味では別世界だ。


 少しだけ、入るのを躊躇う俺に対して、


「たのもーーーう!!」


 声を高らかにして入室する裕翔。今日ほど裕翔と友人関係にあったことを頼もしく、そして後悔しない日はないだろう。


 別世界は共通の言語で会話をするが、吹く風はどこか匂いが違う。


 しかし、このクラスも火薬庫を抱えていることを早くも自覚しているのか、俺と裕翔に対する視線は大凡好意的なもののように思えた。こういう立ち位置に慣れたとも言えるが。


 探すまでもなく、先ほどの二人と、明日音は机を囲んでいた。


「なんで春彦が?」


 傍目にはわからないかもしれないが、少し驚いた表情の明日音。


 よっ、と挨拶し、空いていた隣の席に腰掛ける。


「私が呼んだ。明日音に飲み物を買ってきてもらう間に」


 二人の内大きい方は満足気に頷くが、裕翔を見ると露骨に邪魔者が来た、という顔をした。


「何であんたまで来たわけ?呼んでないんですけど」


「俺は春彦の友人だからな。それに、春彦の許嫁ちゃんも見てみたかったし」


 そう不敵に笑って、俺の隣に腰掛けようとした裕翔を、小さい方が止め

る。


「お前は、こっち」


 その迫力に、裕翔はおずおずとなされるがまま、二人の陣営についてしまう。なんと情けないやつ。


 俺の隣に明日音。対面に裕翔と、女子二人。


「お弁当は持ってきたよね。私は北川茉莉。こっちの小さいのは小野風華」


「よろしく」


「高瀬春彦だ。知ってるだろうけど」


「佐々木裕翔だ。宜しくな!」


「早川明日音です。よろしく」


 自己紹介を終え、弁当を広げて、いざ昼食という時に。


「では、これから第一回魔女裁判を開催する」


 なんとも物騒な、昼食タイムの始まりが告げられた。

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