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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
三話目
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私の幼馴染が学校を休む理由Ⅲ


「必要な書類はあるから、晴彦くんの卒業と同時に結婚は出来るわよ。ま、焦ることでもないと思うけどね」


「け、結婚はまだ早いかな……」


 私が言うと、母さんは吐き捨てるように現実を口にする。


「まあ、結婚なんて言っても浮気とか離婚とか、誘惑は沢山あるし、そこで終わりなんて思ってたら痛い目みるけどね」


「あ、そうなんだ……」


「そうよ。だから明日音も気をつけなさい。結婚なんてのは一つの区切りでしかないわ。常に気持ちが自分に向いていると過信しすぎないことね」


「う、うん……」


 晴彦の気持ちは、今誰を向いているのだろう。私の方を向いている、というのは自惚れなのだろうか。


「じゃ、私はそろそろ行くから。出かけるときは鍵かけなさいよ」


 どうやら私が帰ってくるのを待っていたようだ。なんだか遊ばれたような気がするのは気のせいだろうか。


「帰ってくるのは?」


「月曜日かな。まあ、明日音なら私がいなくても問題ないでしょ。むしろ、私がいない方がいいんじゃない?」


「はいはい、さっさと行かないと新幹線遅れちゃうんじゃない?」


「じゃ、後はよろしく!」


 そう言って、母さんは意気揚々と出かけていった。後ろ姿は子どものように楽しそうだ。


「全く、もう……」


 嵐のように去っていって母の後ろ姿を見送る。


 居ればやかましい母だが、いないと寂しい、などと思うことは私にはなく。逆に、夜遅くまで晴彦の家にいてもからかわれない、貴重な時間でさえある。


 さっさと自室に戻り、制服から私服に着替える。


「恭子さんは夜勤かぁ」


 そうなると、恭子さんが帰ってくるのは明朝になる。晴彦にも何か作ってあげたいが、晴彦は食べれるだろうか。

「そだ、勉強道具も持ってこ」

 適当に物を持って、私は家を出て、鍵をかける。すごそこに行くだけなのに、それだけでどこか心が浮き立つような心地がした。


「お邪魔します」


 もう一度、挨拶をする。当然のように、中は変わることなく静かだ。再び静かに歩いて晴彦の部屋へ。


 晴彦はまだ寝ていた。しかし、吐息が静かになっている、ように思える。


「恭子さんもいつ帰ってくるかわからないし、それまで見てよう」


 そう自分に言い訳して、晴彦の勉強机で勉強を始める。先程も言ったが、私がやれることなど、見ててあげることしかないのだ。


 少し硬い椅子に、やや低い机は、晴彦が小学校入学の時に両親に買ってもらったもの。


 当然だが、私がここに座ったことはない。


 ふぅん、晴彦は一人の時、こんな感じに勉強してるんだ。そんなことを考える。部屋の窓からは私の部屋は見えないが、玄関が見える。こうやって晴彦も、私のことを考えるのだろうか。


 勉強などせずに、新しい風景に見惚れるように緩やかな時間を過ごす。


 晴彦の机には、几帳面に教科書やプリント類が並べられている。


 そこで私は、余計なことを思い出すのだ。


『男子の部屋には、必ずとっていいほどえっちな本がある』らしい。


 誰が言ったのかは知らないが、クラスの女子の話題でそんなことがあった。


 曰く、ベッドの下。曰く、押し入れの奥底。曰く、机の一番下の引き出しの奥。


 そこまで見つけるのが難しい訳じゃない場所に、それはあるのだという。


「……」


 私は、晴彦の机の一番下の段を見つめる。そこには、他の引き出しより大きな引き出しがある。


 晴彦が、えっちな本を持っているか否か。


 否、であると思いたいが、どうなのだろうか。晴彦も年頃の男子。持っていない方が変だという声もある。が、しかし、やはり持っていて欲しくないというのが本音でもある、


 私は意を決して、ゆっくりと引き出しを開ける。そこには中学時代のアルバムやら何やらが入っていた。その奥を見ても、何か本らしき物体があるようには見えない。


「じゃ、じゃあベッドの下とか?」


 いつの間にか目的が変わっているが、気になってしまったのだから仕方がない。見つけたら見つけたでどうしようかはわからないが、取り敢えず探してみることにした。


 床に寝そべって、ベッドの下を見る。


 そこには、多少の埃が積もっているだけで、明らかに何もなかった。


「じゃあ、クローゼット?」


 多少の抵抗がなかったとは言えない。幼馴染とはいえ、私にも見せたくないものはある。勿論晴彦にもあるだろうし、もしかしたら今探しているそれがそうなのかもしれない。それを勝手に暴こうとしている私は、傍から見たら最低なのかもしれない。


 でも、晴彦のことは知りたい。持っているならいるでいい。別にそのことについて怒るつもりもない。ただ、知りたいだけなのだ。


 言い訳めいたことを心の中で繰り返しながら、私はクローゼットを静かに開ける。


 結論から言おう。


「――ない?」


 クローゼットの中にも、『えっちな本』は見つからなかった。勿論、全てひっくり返して見たわけではない。しかし、私が探しうる範囲で、そのような物はないと断定できる。


「そっか、ないのか」


 何だか嬉しさが込み上げる。


 能天気な頭で、寝ている晴彦の顔を覗き込む。年齢よりだいぶ幼く見える寝顔。寝相が悪く、寝返りをうってちょうど私が顔を見やすい位置に顔が来た。


「男子はみんな持ってるんだって。持ってない方がおかしいってよ?」


 安らかな寝顔の、頬を突く。柔らかなその頬は、筋肉のようなしなやかさ。私の体にはない逞しさがある。


 先日、耳を色々とされたお返しではないが、私は晴彦の頬をくすぐるように触れる。


「ん……」


 私の触れる頬が気になるのか、晴彦は右手で頬を掻くと、そのまま右手をだらりとベッドの外に置いた。


 ベッドの中は熱いのだろう。投げ出された手が冷気を求めて彷徨うような動きをする。


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