私の幼馴染が学校を休む理由
「そう言えば、晴彦まだ休んでるんだって?」
「何、風邪?この時期に?」
昼食の時、佐々木くんから聞いたのか茉莉が晴彦の話題を出す。
風華は知らなかったのか、どうでもいいような顔で私を眺めた。
「うん。まだ熱が下がらなくて……」
私の心は、今日の空と同じようにどんよりと曇りがかっている。すぐ会えない距離にいるだけで、心が離れてしまったのよう。
「軟弱ねぇ。別に流行ってるってわけでもないのに」
季節は春から夏へ。そして暑さの前に湿気がくるのが日本の通例でもある。
「晴彦は、季節の変わり目に体調崩しやすいんだよ」
晴彦は毎年、そう言った微妙な時期に体調を崩す。あと、インフルエンザなどが流行病がありときは高確率でそれにかかる。
「軟弱、なのかな。よくわからないけど、前の日とかは全然元気なんだよ?でも、次の日には熱が出てる」
本当に不思議なもので、本人も気をつけてはいるという。だが、何かしらの病気にならなかった年はない
「寝相が悪かったり、窓開けっぱだったりするからじゃないの?この時期は暑かったり寒かったり、日によって違うからねー」
茉莉は本能的に自分の危険を感じとることができるので、病気には敏感だ。
そういう意味で、晴彦は確かに鈍いのかもしれない。実は前兆に気付いていないだけなのかも。
「私の部屋は窓とかないし、特に体調崩すようなこともないけど」
「いや、それも絶対おかしいから。あんな本に囲まれた部屋にずっといると、ノイローゼになるって」
中間テストの結果は、皆上場だった。赤点がないのは勿論、学年全体で風華が二位。私は二十二位。晴彦は十九位。他二人は三桁だが、補習がないだけで満足そうだった。
打ち上げも行った。楽しかった。しかし、まだ私と晴彦の約束は果たされぬままだ。
「茉莉の戯言はともかく、そんな頻繁に体調崩すなんて大丈夫なの?大きな病気とかじゃないの?」
「うん、病院で診てもらったけど、そういうのじゃないって。二、三日休めばよくなる、と思うんだけど」
毎年恒例、とは言うものの、今の私には初めてのことに等しい。
正直に言えば、不安である。
風華の言うように、何か大きな病気の一種なのかもしれないし、それでなくともこれがきっかけで症状が重くなるかもしれない。そう思うと、晴彦が健康で居てくれるということは、私の健康にも大いに関係する。
「今日も看病に行くんでしょ?」
「う、うん……。昨日は話もできなかったし」
昨日の晴彦は、見ている分にも苦しそうで。看病といっても、水と薬を出してあげるしか私に出来ることはなかった。
恭子さんは、『放っておけば何時も通りよくなるわよ』とあっけらかんと笑っていたが、やはり苦しそうに息を吐く晴彦をみるだけなのは辛い。
このバカップルめ、と風華が呟いた。
「そんなんじゃ、ないよ……」
しかし、私の語気は弱い。それは、私が否定したくないと思い始めているから。
「お見舞いとかいけないけど、早く元気になるといいよね!健康なのが一番!」
「ま、それは本人が一番わかってると思うけどね」
あれから色々と、この二人と晴彦が接近する場面はあった。が、やはり二人にとって晴彦はそう言った対象外らしい。
「うん、ありがとう」
私は素直にお礼を言うことができた。
あの一件以降、私と晴彦は少しずつ女と男として変わってきていて、周囲もそれに気づいているのではないか。
というよりも、むしろ大多数の人は、ずっと前からこんな視線で私たちを見ていたに違いなかった。私が、ようやくその事実に気付いた。
皆は、私たちよりずっと大人で。だからこそ、子供のような私たちの間柄に納得いかなかったのだろう。その証拠に、何かと言われることは少なくなっているように思えた。
そして、今だからこそ、堂々と『晴彦を奪う』と母に公言していた姉の驚異が身に染みる。
昼食を終えて、午後の授業。
中間テストが終わり、私たちが学ぶべきものは相応の難しさを帯びつつあった。
早く晴彦に会いたい気持ちはあるが、授業をおろそかにもできない。
昨日と今日、学校に来れなかった晴彦に、私が教えるのだ。そう思うと、ノートの一字一句に妙な情熱が篭るような気がした。よくわからないところは『?』を書き込んでいく。二人でそれを消すのだ。
『晴彦が好き?』から、『晴彦が好き』に、私が解を出したように。
そう思って授業を受けると、一時間などはあっという間で。たまにこっそりと携帯を見ては、晴彦からの連絡がないかを確認する。当然ながら、何も来ていない。
ホームルームになり、特になにもなくホームルームを終え。
「ぶっかっつ!」
そうして部活をしに学校に来ているような茉莉が、いの一番に飛び出していく。一応ノートはとっているのだが、茉莉は字が致命的に汚い。読み返しても自分で何を書いたのかわからないのだそうだ。
これでも、あの地獄の勉強会を受けて、少しは日々の態度を改善しつつあったのだが、もうその影はない。
「私も行くから。じゃあ、また来週」
「うん、またね」
風華は今日も図書室へ。風華の活字中毒は相変わらずで、暇があれば本を読んでいる。ただ、最近になって、『絵を描くのが苦手』『歌うのが苦手』という致命的な弱点を露見させていた。無論、打ち上げのカラオケでのことだ。
私たちは仲が良いが、休日集まるというのは稀な方だ。
茉莉は部活があるし、風華はそう言った遊びを苦手とするし。
「でも、これはこれで、いいのかな」
女子校生らしくはない。だけど、今の付き合い方の方が無理がなくていい。私はそう思える。
私も鞄を持って席を立つ。
一人で歩く通学路に新たな発見があるはずもない。
なるほど、朝のサラリーマンは、こんな気持ちで出社するのか。何も考えず、ただ淡々と歩き、バスに乗り、バスから降りる。
皆、大変なんだな。
無表情かつ早足の人を見ると、そう思えた。
晴彦の家の前に辿り着く。少し息を切らせている自分がいた。
私は鍵を取り出す。私の家の鍵じゃない。晴彦の家の鍵。
この鍵は、私が中学にあがった時の誕生日、恭子さんから貰ったものだ。あの時はなんとなく受け取っていたが、今思えばなかなか直球なプレゼントだ。