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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
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私が欲張りになる理由Ⅲ


「――時間!」


 約束の時間を、とっくに過ぎていた。私は焦って、飛び出そうとする。が。


「明日音!あんたまだ寝起きのままでしょ!私が説明しといてあげるから、準備してきなさい!」


 私はまだ髪の毛も整えていなければ、寝巻きのままだ。


「う、うん!」


「晴彦くんを落とすことを考えてて、晴彦くんとの約束を破ってちゃ本末転倒よね」


「母さんのせいでしょ!?」


 私が晴彦との約束を破るなんて、これが初めてだった。どう謝ろうか考えつつも、私は自室へと戻る。


 お洒落を意識する時間もない。髪を整えて、服を着替える。化粧なんかをしていれば、もう少し時間がかかっただろう。それでも、二十分ほどの時間がかかった。


 玄関に降りると、母さんと晴彦が楽しそうに談笑をしていた。


「あら、もう終わったの?もう少し時間かけても良かったのだけれど」


「よう。迎えに来てやったぞ」


 晴彦が不機嫌な様子はない。良かった。私はようやく一息つける心地がした。


「ご、ごめん」


「いや、いいって。部活やらなくなってから、明日音を待つのは慣れたからな」


 まあ、流石に今回は忘れてんのかと思ったけど、と晴彦は笑う。部屋に置きっぱなしにしていた携帯には、二回程電話が来ていた。


「あらあら。じゃ、明日音のこと宜しくね、晴彦くん」


「い、行ってくるから」


 そう言って玄関を飛び出す。晴彦の家に行くのに、母さんに見送られるというのはなんとも恥ずかしい。


 いつものことながら、母さんは晴彦に一言二言声をかけるため、晴彦が家から出てくるのを私が逆に待つことになる。本の数秒の間が、惜しい。言わなければいけない言葉が山ほどあるような気がした。


「時間になっても来ないし、電話も出ないし。なんかあったのかって、ちょっと心配したぞ」


 家を出ると、怒ってはいない、という厳しくも優しい顔で、晴彦が私を嗜める。


「うん、ごめん。ちょっと母さんと話してて」


 どうやったら晴彦に振り向いてもらえるのか。それを母さんと考えて居たとは言えない。


「こう言うとあれだけど、明日音が奈美さんと長話するのは珍しいよな」


「……母さんは、私をからかうから」


 その実、それが私を思っての発言であったことを、ついさっき知った。悪し様に母を否定することは、私にはもうできない。


「放っておかれる俺よりはいいと思うけど。明日音がいなかったら、俺は一体どうなっていたことやら」


 確かに、恭子さんが家にいる頻度は少ない。


 もし私が、晴彦の幼馴染ではなかったら。今はもう、想像はできない空想の世界。


「晴彦は、私が幼馴染で良かった?」


 ふと、言ってしまってから気づく。私は今、かなり微妙な問題を訪ねているのではないか。


「ああ、勿論。明日音がいなかったら、俺はきっとグレて不良にでもなってたかもな」


 私が欲しい答えではなかったきがする。その答えを晴彦から聞くためには、まだ色々と足りないものがある。


「それは良かった」


 だから、今はこれでいい。


 先程、小夜姉さんに感じていた不安など、晴彦と二人でいればどこ吹く風。


「しかし、もう十一時前だ。遅れた罰として、昼ごはんを作ってもらおうかな」


「恭子さんは?」


「休みだけど、出かけてるよ。たまの休みでもこれだからな」


 母さんの話を聞くと、恭子さんも気を使ってくれているんじゃないかとも思えてくる。私が晴彦の家によくお邪魔するのは、二人きりになれるからという理由以外にない。


 たまには母親らしいことをして欲しいもんだ、と晴彦は呆れ顔だ。だが、恭子さんはとても気の利く、大人の女性なのだ。


「罰なら仕方ないね。でも、昼までに時間あるし、ちょっとだけやろう?」


「そうだな。いつものように冷蔵庫の中身は自由に使ってくれていいから」


「うん、わかった」


 人の家の冷蔵庫の中身を勝手に使うのは、正直今でも気が引ける。が、認められているということでもあると思えると、少し誇らしい。


 いつものように家に上がり、居間へ。今日すべきことは英語。


「つっても、英語は何よりの暗記科目だよなぁ」


「そうだね。文法とかもあるけど、やっぱり基本は単語だし」


 英語は何より単語力。それは否定しない。どんな問題を解くにしても、問題が分からなければ解きようがない。


 過去形や過去分詞など、時制の問題もあるが、基礎の単語力を鍛えることに損はない。


 午前で単語を軽くやって、午後に文法問題を重点的にやることに。単語を覚えるだけなら、そんなに時間は取らないだろう。


「そう言えば、奈美さんに勉強法みたいなもの教えてもらったんだけど。やる?」


「母さんに?」


「そ。奈美さんはこれでテスト勉強したんだってさ」


 私はその話を聞いていない。本当かどうかという問題ではなく、母の思惑特有の嫌な予感が頭をよぎる。


「これ使うんだって」


「耳栓?」


 晴彦が取り出したのは、真新しい耳栓だった。


「それをつけると集中力が上がるとか?」


 確かに、静かな方が集中力は上がると言われる。が、それならば二人で勉強会をする意味はどこにあるのか。


「片方に付けるんだってさ」


 ほら、と渡されたそれを、何気なく右耳に付ける。


「うわ、変な感じ」


 中々に性能のいい耳栓らしく、右耳に空気の振動は全く伝わらない。


「で、こう」


 晴彦が私の左耳に急接近する。


 何が起こるのか、私はその未来を予測して先に身震いをした。


「――――」


 晴彦が何といったのかは理解できない。ただ、私の無防備な左耳の鼓膜に、熱い息が吹きかけられた。



 私の体を、今まで感じたことのない電流が走った。

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