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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
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俺の幼馴染が不機嫌な理由Ⅳ

「そ、そうか?大丈夫かな?」


「数学に関してはな。真面目に勉強すれば、そこそこいい点数狙えるんじゃないか?」


 褒めすぎなのかもしれない。


 だが、俺は風華みたいに厳しくすることはできない。


「そ、そう、か。じゃ、じゃあこれは?」


「ん?これはな――」


 茉莉は覚えるのが早い。


 と言うより、興味がないから記憶に残らないだけで、関心さえ引ければどんなこともこなせる。


 まさに、『好きこそものの上手なれ』を体現している。きっと、『馬鹿』だとか、『頭が悪い』だとか、そういう先入観が邪魔をするのだろう。


「ほれ、あとは自分でやってみ。またわからなかったら聞いいていいから」


「オッケーオッケー。やってみる」


 問題を解くのに必要な公式を教えてやると、茉莉は意気揚々と考え出す。


 ちらりと裕翔を見ると、鬼のような形相で風華が裕翔を見張っていた。


 最早数学をしているというより反省文を書かされているような気配だ。


「晴彦、これ見て」


「おう、任せとけ」


 明日音の回答を見る。明日音はたまに計算間違いがあるだけで、基本的に安定会のある回答。小さめで丸く、癖のある文字。


「完璧。ま、次のテストは余裕だな」


「あ、うん……」


 何故か少し寂しげに明日音は笑った。


「ねー!これは!?」


 茉莉が俺の腕を引っ張る。


「ちょっとは自分で考えてるか?」


「考えてるって。でもさ、ヒントみたいなのあってもいいでしょ?」


「仕方ないな……。っていうか、お前計算ミスってるぞ」


「え、嘘。どこどこ?」


 元気のいいポニーテールが俺の顔にかかる。手入れなど女性的な事とは無縁そうな顔をしているが、綺麗な髪だった。


「公式で解けるからって焦ってやるからだ。計算はしっかりとな」


 次の問題のヒントを先ほどより少なめに教えてやる。


 今更ながら思うが、茉莉は身体の大きい子犬のようだ。必要以上に近い距離が、決して嫌ではない。


「サンキュー!」


 茉莉が耳元で大声を出した。


「耳元で叫ぶなよ……」


 勉強の楽しさを知ったということはないだろう。勉強会という特殊な環境だからこそだ。


「そこ、違う」


「ハイッ!」


 どの教科でも、風華は相変わらずだった。


 そうして、午前の部、そして午後からは物理や科学、最後に暗記科目を一通りこなした。


 昼休みには、風華の母さんが蕎麦を出してくれた。二時過ぎに、裕翔の精神に若干の異常が見られた。茉莉は何故か俺を頻繁に頼るようになっていた。


 当初の目標どうり、国数英社理、そして物理と科学。急ピッチで科目をこなしていくが、英語だけは手が回らなかった。


 六時半。もう皆、体力的にも厳しい時間。かくいう俺も、一日中同じ部屋で立ったり座ったりと、集中力が持続しない。


「じゃ、ここまでにしましょうか。英語は各自でやっておくこと。単語覚えるだけで赤点はないから、それだけはやっておくこと」


 風華だけは、今だに集中を切らしておらず、徹頭徹尾鬼軍曹だった。


「イエス、サー……」


 畳に寝転ぶ裕翔。


「はぁー。疲れたねぇ!」


 裕翔と茉莉の様子は天と地。本気で脳みそに刻み込んだような裕翔と、遊びの延長上で、身体に叩き込んだような茉莉。


「ちょっと甘やかしすぎじゃないの?」


 風華が俺を足で小突く。


「いや、重要なことは教えたと思うぞ」


 勉強会というのは、実に茉莉向きの行事だった。


「じゃ、赤点が多いほうがジュース奢りね」


「いいぜ。受けて立つ」


「ちょっとー、勝手に人を賭けの対象にしないでよね」


「じゃあ、負けたら二本な」


「それにクレープも付けよう!」


「へえ。茉莉の癖に言うわね。言いわよ。私か晴彦が出すから、二人は心配しないでいいわ」


 風華が寝ている裕翔を蹴り起こす。


「ハイッ!ガンバリマス!」


 脊髄反射のような言葉だった。


「じゃあ、私は?」


「明日音の分は俺が払ってやるよ。どうせ俺の分は奢りだしな」


「打ち上げって奴!カラオケも行こうカラオケも!」


 俺たちはテスト後の事で盛り上がりながら、風華の家を後にした。


「あー、まじキッツい」


「お前、ベコベコにやられてたもんな」


 帰り道、四人で途中まで歩く。もう夕焼けはとうに過ぎ、薄暗い町並みが今日の終わりを物語っていた。


「本当に、脳みそがどうかなりそうだった。なあ晴彦、明日バスケしねぇ?」


「しねぇ。英語の勉強してろ。赤点とったらお前風華に殺されるぞ?」


 その姿を想像したのか、裕翔は冷や汗を流した。


「ま、まあ、念の為にそうしとくわ」


「私もー。ホント、久しぶりにこんなに勉強したよ」


 土曜日の今日は家路を急ぐ大人の姿もなく。柔らかに広がる暗闇が、今日一日の疲労を表しているかのようだ。今日はよく眠れるだろう。


 暫く歩くと、二人と別れることになる。


「今日はありがと」


 茉莉は、最後に俺の耳元にそう言って、手を振って帰っていった。


 何かと大胆なことを、事も無げにやってのける。しかし、そこに特別な意図がないと思ってしまうのは、俺が悪いのか、それとも茉莉が悪いのか。


「おう、またな」


 そう言って、明日音を見る。


「……いこ」


 明日音の声に、違和感。


「おう」


 俺より早い歩調は、今までにないリズム。


 早川明日音が、不機嫌になっている。そう感じることができる背中だった。


「明日音?」


「何?」


 その表情はあからさまに不機嫌で、仏頂面を通り越して表情がなかった。


 大人しい奴を怒らせると怖いという。怖い、のではないが、不安が俺の心を覆う。

 

明日音を不機嫌にさせたことなど一度もない。それゆえ、どうすれば機嫌が治るのか、俺はわからない。


「えーと、今日、楽しかった?」


 どうにも、様子を伺うような言葉尻になってしまう。


「そこそこ楽しかった。復習もできたし」


 言葉に嘘はなかった。楽しかったのだろう。風華の家にいるときは、普通だったのだから。


「明日、俺んちで英語やるよな?」


 一応、聞いてみた。もしかしたら、断られるかもしれない。そんな不機嫌さがあった。


「……やるけど」


「……けど?」


 こんな言い回しを明日音がするのは初めてだ。


「お風呂、入ってね」


 それだけ言うと、明日音は踵を返した。


「……は?」


 風呂?風呂に入れ?


「何それ。俺臭い?」


 明日音に聞いても、答えは返ってこなかった。


 汗は掻いていないはずだし、するにしてもい草の匂いくらいなはずだが。


 もしかしたら、体臭がキツくなってきたのだろうか。それは、何というかヤバイ。


「明日音さーん?ちょっとー?」


 取り敢えずその日、結構念入りに身体を洗った。その後脱いだ洗濯物の匂いを嗅いでみたが、特に変な匂いはしなかった。


 そして何故か、夜に明日音から『お風呂に入った?』と電話が来て、明日のことを適当に話し、俺の一日は終わる。


「なんだかなぁ」


 ベッドに寝転び、天井を見上げながら、俺はゆっくりと意識を落とすのだった。

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