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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
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俺の幼馴染が不機嫌な理由Ⅲ

「どうした?」


「……ううん、別に」


 しかし、それは一瞬のことで。直ぐにいつもの明日音に戻っていく。


 何が不満だったのか。風華と接触したことか?そんなに特殊なことをした気はないが。


「はい、次、数学。これも範囲狭いから、公式だけ暗記するだけで赤点は回避できる」


 また暗記かよ、と裕翔が愚痴る。


「基本的に、必要なことを覚えていさえいれば赤点を取ることはない。けれど、そのうちこれが積み重なっていく。一夜漬けでは限界が来る。そうして皆、赤点を取るようになるのよ」


 風華の言うことは、最もだ。


 一夜漬けという行為の限界を、二人は知らねばならない。茉莉と裕翔は、今、赤点を回避できればいいのかもしれない。ただ、風華はその先の二人のことまで心配しているような気がした。


「お優しいことで」


「何か言った?」


 やや頬を赤らめた風華が俺を睨む。思えばこの勉強会、一番特をしないのは、きっと風華なのだから。


「いーや。ほら、裕翔。お前の大嫌いな数学だぞ」


 俺が裕翔を誂う。裕翔は数学が苦手だ。なぜ苦手なのかは知らない。苦手だといつも言い張っているから。


「数学、苦手なの?」


 風華がキツい視線を向ける。が、その裏側に優しさが隠れていることに気づける人間は少ない。


「まあな……。中学から、四十点以上を取ったことがねぇぜ!」


 自慢げに親指を立てる裕翔に、風華は物憂げな息を吐いた。


「ちょっと、私がつくから。晴彦は茉莉見といて」


「俺で大丈夫なのか?」


 言うと、茉莉が俺に近づく。


「失敬だな!私は結構数学得意だぞ!」


 明日音とは違う、女の匂いがする。汗と、肌と。言葉にはできない、健康的な香り。それでいて、屈託のない笑顔と、やたらと多いスキンシップ。


 大型犬のように、茉莉は俺に近づいてくる。誰にでもこうなのだろう。


「へぇ、意外だな」


 俺が言うと、茉莉は豊満な胸を張る。


「時間と速さを掛けると、距離が出る!全てはこう言う公式の応用なんだ!」


 確かにそうなのかもしれない。公式、という概念を得ている時点で、茉莉は数学の極意を得ているようなものだ。


 公式というのは覚えて当てはめるもので、つまりは暗記するものだから。


 応用は解けずとも、赤点を取る心配はないだろう。


「そう言えば、裕翔も物理は好きだったよな?」


 尋ねると、裕翔は頷く。


「バスケのボールも落ちるからな。斜角とか重力加速度とか、何となく応用できそうな気がするだろ?」


 それをする計算は数学なのだが、何故かこちらは苦手だったりする。方程式などは、物理的に想像しにくいものが多いからだろうか。


「好きこそものの、って奴か」


「理解しやすいってだけでしょ。そういうことだから、そっちはよろしく」


 そういうことで、なし崩し的に俺が茉莉の面倒を。風華が裕翔の面倒を見ることに。


「はるひこぉ……」


 済まない裕翔。お前を救う方法は、この部屋に入った時から既にないのだ。


「ほら、さっさと書く。書いてしか覚えられない奴は、書くしかない」


 目の前で鬼のように見下すその番人が、実は優しいのだと言える空気ではなかった。


 さて、茉莉の面倒を任された俺と明日音。


「ねぇ、これ分かんないんだけど」


 茉莉が擦り寄ってくる。


「どこだ?」


「ここ。これであってる?」


 数学というのは、『公式を使えば解けるもの』『公式を使い、そこから更に式を変化させて解くもの』『文章、または図から式を組み立てて解くも

の』の三つがよくテストに使われる。無論、後者になるほど難易度は上がる。


 茉莉は最後の問題にもある程度理解を示し、正しい式を組み立てることができる。それが解けるかどうかはともかくとしても、だ。


 手こずっているのは、図形の問題だ。


「これで使うのは、この公式とここの角度だな」


 茉莉はどうやら、図形問題が苦手らしい。俺はアプローチの方法が複数あって、面白いと思うのだが。


「なんかさー、正解に辿り着く無駄のない方法ってないの?」


 証明問題と図形は、数学の真骨頂とも言える。


 答えを出す、のではなく、これが正しいか否か。学術的問題に挑む証明。


 図形とはすなわち造形。それに数字で挑む冒涜感と、それでしか理解し得ない美的要素。


 数字と、成否の美しさ。それが数学。大半の人間が嫌いだというが、当然だ。数学とは、実の所、数式の美しさに価値があるのだ。


 公式と人は簡単に言うが、全てのパターンにおいて、この法則が成り立つというのは画期的なことだ。


 端的に言えば、どんな男でも、この方法を使えば、こういう女性は彼女にできる方法があるとする。そんな実に胡散臭い方法が、数学では確実に成り立つ。言い換えれば、世界の真理の一つなのだ。


 それはさておき、無駄な計算を省き、最短で解を得るという茉莉の思考は、実に数学的だと言える。


「んー、そればかりはな……。直感、みたいなもんだし」


 故に、公式というのは多岐に渡る。特に図形問題において公式や法則は多く、どれが正解に結びつくのか。無駄のない思考をするのは才能と努力と経験が必要だ。


 数学的発想。


 それは、全く無意識に、正解への道を見出す特別な才能。


 ゲームで適当に進んでいると、多数の分岐があるのに、不思議と目的地まで一直線に来ることがある。これは俺の持論だが、それを是とする人間は本質的に数学が得意だ。そこでわざと遠回りする、遠回りして喜ぶ人は、国語系の成績が良い気がする。まあ、これはあくまで持論。ちなみに俺は前者だ。


「直感かぁ。勘はいい方なんだけど」


 茉莉が深く悩む。


 まあ、そんな方法があれば大抵の学生は苦労しないわけで。


「セオリーとしては、片っ端から公式に当てはめて、その情報を書き足していくことだな」


 数学が苦手な理由として挙げられるのが、公式が覚えられない。


 それは苦痛に決まっている。なぜなら、公式というのは、数学者が自らの時間を削って、膨大な式を簡易化したものだから。


 それを覚えていないということは、その問題を解く為に、数学に人生をかけた人間の苦悩を味わっているのと同じなのだ。


 そんなものを普通の人間が味わったなら、数学が嫌いになるのは当然なのだ。だから教師は言う。


『公式を覚えろ』と。


「うーん、それしかないかぁ」


 茉莉を散々、馬鹿だと思っていた。だが、茉莉は勉強さえすれば、数学の成績は伸びるだろう。その素質は、十分にあるような気がした。


「なんにせよ、まずは試してみること。この調子なら赤点はないだろうし、もしかしたら時間も余るかもしれない。手に余るようなら後に回して、余った時間でゆっくりと考えればいいさ」


 テストにおける図形問題の比率は、そう高くはないだろう。


 解けそうな問題からやる。これは全科目に言える手段でもある。一夜漬けの場合は特に。

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