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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
一話目
2/159

私と幼馴染が、幼馴染でいる理由

高瀬春彦。


 身長百七十ちょい。細め、というかガリガリ一歩手前。


 顔はどうだろう。女子からは人気がありそう。好感は持てる方だと思う。私と違って誰にでも明るく、優しい。


 私はどちらかというと表情が豊かな方じゃない。仏頂面をしているわけではないが、大袈裟に喜んだり悲しんだりするタイプではない。


 正真正銘、私の幼馴染。


 私たちの帰路には、無駄な会話はない。それが当然のように、私は彼の隣に居る。


 幼稚園児以来の付き合いらしいが、流石にその辺の記憶は薄れつつある。


「明日音のクラス、どうだ?」


「んー、特に普通かな。あ、でも、友達が私と春彦が付き合ってるんじゃな

いかって、勘ぐりだし始めた」


 私がそう言うと、毎度のことだな、と春彦も苦笑する。


 このやりとりは中学でも散々あった出来事である。


「ただの幼馴染なのにね」


 自分で言っておきながら、『ただの』の部分に違和感を感じる。


「ただの、っていうのは、ちょっと違うような気がするな」


 春彦もそう思っていたらしい。考え込む仕草をする。春彦は今何を思って

いるのか凄くわかりやすい。


 だから、という訳ではないけれど、春彦と一緒にいるのは心地いい。


 春彦は、私がどんなことをしても、どんな事を言っても、絶対に私を嫌わないでいてくれるという安心感がある。私の居場所は、春彦と出会った時からずっと彼の横にあって、それは今も変わらない。


 まだ夕方と呼びには早い群青の空。春の名残の匂いがする。


「じゃあ、私たちはどんな幼馴染?」


 私たちの距離は、正直に言ってかなり近い。


 歩くたび腕と腕が擦れ合い、よろければ身体が密着するような距離感。体温はともかく、匂いを感じる事ができる。


 これは極秘事項である。無論、春彦にもだ。私は匂いフェチである。幼い頃から近くにあった春彦の匂いは、私にとって何より落ち着くのだ。


 私の今の寝巻きは中学の時使用していたジャージ。だが、それが春彦のジャージである。更に言えば、私の歴代の寝巻きは春彦のお下がりであることが大半だ。


 正直、こればかりは私の異常な性癖と言えるので、親友は疎か、本人にさえ言うことは憚られる。


 春彦には、大きめのサイズの方がよく寝られると苦しい言い訳をしている。中学卒業と同時に貰った春彦のジャージは、実に良い眠りを私にもたらしてくれる。


「んー……。仲が良すぎる幼馴染とかか?」


「なにそれ、安直」


 私が笑うと、春彦も笑う。足取りも言葉も、まるでダンスを踊るかのように軽快に、


 通学にはバスを使う。電車とは違い、バスは混み合う時間帯がかなり限られる。


 個人的意見だが、人混みは嫌いだ。朝はともかく、私たちの帰宅時に座れないことはないことはまずない。


「で、俺たちを疑ってるって友達は、どんなの?」


「ん、えーとね……」


 私は、友人の話を淡々と話す。友人というのは、先ほどの二人。風華と茉理である。二人とは席が近かったわけではないが、何となく仲良くなっていった。


 やる気がないのになんでもこなす風華と、やる気だけは人一倍なのに失敗ばかりの茉理。二人は元から凸と凹で上手く噛み合うようだが、なぜ私がその二人と仲がいいのか、今だに良くはわからない。


 他の人たちからも好意的な言葉をもらうことはよくあるが、それは私の力ではなく、春彦のお陰でもある。


『一年にやたらと仲のいい男女がいる』という噂は、正に春風のように学校中に広まってしまっていた。


「二人は、私と春彦が付き合ってないのはおかしい、みたいな感じだった」


「本当、よく言われるよなぁ」


 春彦はバスの背もたれに全体重を任せて、脱力する。


「明日音は、おかしいと思う?」


 春彦が私に問いかける。その言葉と共に吐く息を感じられるほどに、空いたバスでも私たちの距離は近い。


「うーん、私は別に。今までもこうだったし」


 私と春彦は、いつだって一緒だった。幼馴染であるから、という理由は、その一つに過ぎない。


 春彦と私は、まるで一心同体のようにうまが合うのだ。


 春彦が嬉しいことは私も嬉しくて、春彦が悲しいことは私も悲しくて、そして春彦が楽しいことは私も楽しい。


 だから私は、いつの間にか春彦の横にいることが当たり前のようになってしまっている。


「正直、好きとか恋とか、よくわからないんだよなぁ」


 そして、これが私たちが恋人説を否定する一番の理由。


 私たちは、互いに互いを好きなのかどうなのか、今ひとつ良くわかってはいないのだ。


「私も」


 確認するように同意する。


 好きか嫌いかと問われれば、まず間違いなく春彦は『好き』の部類には入るだろう。


 だが、それが果たして『恋』なのか?そう問われれば、私たちは閉口する。


 だから、私たちはずっと幼馴染。


 バスで少し揺られて、そこからまた少し降りて歩くと、どこにでもあるような住宅街。その内の二つが私と春彦の家になる。道路を挟んで、右斜め向かい。歩いて一分。


「寄ってくか?」


 春彦が家を指差す。


「うん」


 断る理由はない。私は慣れ親しんだ春彦の家へとお邪魔する。


「ただいま」


「お邪魔します」


 春彦の家には、まだ誰もいないことが多い。


 母親の恭子さんは看護師さん。いつも忙しそう。父親の圭吾さんは編集社で働いているのだそうだ。


 恭子さんはたまに見かけるけれど、圭吾さんはあまり見かけない。


 私の家は母が専業主婦なので、常に家に誰かがいる。春彦の家につい寄ってしまうのは、母からのお小言を避けるためでもあったのだが、いつの間にかこれも習慣のようになってしまっている。


 春彦の部屋に行くこともあるが、大抵は広い居間で何をするともなく寛いでいることが多い。


「お茶飲む?」


「おお、頼むわー」


 台所も勝手知ったる人の家。何処に何があるのかは、恭子さんに一通り教わっている。お菓子などの隠し場所も。


 ポットでお湯を沸かす間に、適当にお菓子を見繕って、お茶の準備をする。


 春彦の家は台所と居間が完全に分離している。見かけは新しい洋風の家なのだが、中に入れば昔懐かしい日本家屋的な作りになっている。リビングも畳で、冬には炬燵。だが、夏はなぜかソファと座椅子が置かれている。恭子さん曰く、床に傷がつかないから楽でいい、とのこと。この家でフローリングなのは台所と春彦の部屋だけだ。



「お待たせ」


 盆の上に湯呑を二つ載せて、居間に入ると、春彦は今日配られたプリントを広げていた。


 私も座ってそのプリントを覗き込むと、どうやら古文の宿題のようだ。


「俺のとこの古文の先生、長澤って言ったかな。爺さん過ぎて何言ってるか全くわからないんだが」


 長澤先生は老齢の先生。言葉が小さく、昔ながらの言葉を用いるためたまに、というより殆ど何を言っているのかよく分からない。そのため、授業では予復習が欠かせない。私のクラスでは漢文担当である。



「私は物理の先生がちょっと苦手かな」


「ああ、多田野先生か。まあ、授業って言うより、一人でずっと話してるだけだしな」


 物理担当の多田野先生の授業はシンプル。黒板を使って、教科書の説明をして、宿題を出し、その答え合わせと解説をして終わり。


 何かを答えろと言われるわけではない故に楽だという人もいる。が、わからないところがあっても質疑応答なし。


 これだけ解説したんだからわかるだろう、と一方的な授業だ。


「じゃ、物理やるか?俺もこれはちゃんとやっとかないと後で躓きそうだしな」


「うん、そうしよう。正直、ちょっと困ってたんだ」


 高校に入ってから、古文、漢文、物理と科学という授業が増えた。二年になれば、文系、理系の選択が迫られ、そしてほぼ全員が大学受験をする。


「今日物理なかったからな。部屋にあると思う。探してくる」


 うん、と私が頷くと、春彦はゆっくりと自室へと去っていった。


 ふう、と息を吐いて、淹れてきたお茶を一口。まだ少し熱く、少ししか飲めない。


 テレビでは再放送の時代劇をやっている。なんとなくそれを眺めながら、春彦を待つ。


 テレビをつけながら勉強をするのは良くないという。確かに、一人ならばそうだ。だが、春彦と勉強するときはどんなノイズがあっても平気だ。


「お待たせ、っと!」


 物理のノートと教科書を手に、春彦が戻ってくる。


「よし、やるか」


「うん」


 そう言って、一問一問、確実に理解出来るように私たちは予習と復習をする。


 私が理解できないところを、春彦が教えて、春彦がわからないところを私が懇切丁寧に教え返す。時には、吐息さえ感じるほど身を寄せ合うこともあるが、少女漫画のように赤面はしない。むしろ、ずっとそのままで。互の体温と、思考を、一つにして、私たちは難解な式を解いていくのだ。



 これが、私たち幼馴染の日常。


「しかし、正直落ちるとは思ってなかった。明日音は?」


 ある程度目処が付いて、休憩を取る。春彦は持ってきた煎餅を齧る。


「私も、落ちるとは思ってなかった」


 私たちは過去を振り返る。


 それは、まだ運命を知らない中学の頃。その当時も、私たちは夫婦だのベストカップルだのと持て囃されていた。


 当時の友人たちは、こう言った。『幼馴染とか、近すぎると良くないって良く言うよ?ちょっと距離を置いてみたら?』


 なるほど、一理ある。春彦も私も、やってみる価値はあるな、という意見に達したのだ。


 その頃の私たちも相変わらず交際するという社会的ステータスには無かったのだが、もし、私が晴彦を好きだと実感して、春彦も私を好きだと認識することができるのであれば、そうなることは吝かではなかったのだ。


 そして、私たちは決断する。別々の高校に進学することを。


 私は遠方の女子高に。春彦は近場の私立を本命にした。これは余談であるが、この決断に私たちの両親は猛反対した。


 私たちの両親は、もう私と春彦が結婚を前提としているものだと勘違いをしている。


 春彦の話では、恭子さんはもう婚姻届を準備していて、私たちの名前が記入してあるらしい。


 まあ、互の両親には、本当に好きなのかどうか確かめるため、と、嘘とも誠とも取れない説得で受験を許可してもらった。のだが。


「二人して受験失敗とはね。神頼みが足りなかったか?」


 その割には、春彦は楽しそうに笑う。


「まあ、別にどうしても行きたかった、って訳じゃないし」


 私が言うと、それもそうだな、と春彦も言う。


 そして今現在、二人仲良く滑り止めの地元公立高校に進学。私たちの両親ズは、『やっぱりあんたら、二人一緒じゃないとね』とご満悦だった。


 ちなみに、学力的には二人共、十分合格圏内だと思っていた。当日に目立つ失敗もなかった。それなのに、なぜか私たちは落ちた。


「確かにそうだけどさ。でも、ちょっとホッとしてる部分もある。明日音が一緒の学校ってのは、やっぱ何か落ち着くし」


「私も、春彦と一緒の学校の方が、本当は良かった」


 発表当日、番号がなくても特に落ち込むことはなかった。むしろ、母は喜んで、『あとは向こうね』と不吉な笑みを浮かべていた。周囲から見れば、私は合格者に間違いなく見えただろう。


「で、考えたんだが、この作戦、どうよ?」


 春彦はにやりと笑って、私を見つめる。その瞳には期待と未来が詰まっている。


 作戦は、簡単に言うと二人で一緒に国立大学を受験するというもの。


「でも、国立大学って、高校受験より難易度高いんじゃ?」


「無論だ。だが、俺と明日音一緒なら、受かると思うわないか?」


 高校は別々にしたから、落ちた。なら、一緒なら多少敷居が高くても受かるのではないか。


「何か、発想が安易じゃない?」


 テレビの向こう側では悪人がお縄になっている。正義は勝つ。時代劇は単純でいい。と言うより、悪が勝つ時代劇は、救いが無い。


「何事も挑戦。どっちにせよ大学には行く予定なんだし、志は高くてもいいだろ?」


「まあ、それで受かるなら楽でいいけど……」


 春彦と大学も一緒。それはそこはかとなく、輝かしい、夢のような未来のような気がした。


「ま、これは予定な。高校三年間で何があるかわかんねーし。もしかしたら明日音に彼氏が出来るかもしれないしな」


「それこそ、捕らぬ狸の皮算用。私より、春彦に先に彼女できるんじゃないの?女子の人気、結構高いよ?」


 何度も言うが、私はどっちかというと地味だ。目立つほうじゃない。


 今回の件にしても、『春彦と幼馴染だから』槍玉に上がるだけで、そうじゃなかったらきっと誰も見向きもしないだろう。


「俺はもう決めたの。俺が明日音を好きかどうかはっきりするまで、彼女とか要らないって」


 春彦の真っ直ぐで悪戯な瞳が私を見据える。


 嬉しいのか、嬉しくないのか。胸がときめいているのか、そうでないのか。


 この感情を、言葉にできなかった。ただ、私の心の中を、春彦が大半を占めるということだけが事実だった。これ以上、私の心の中を占有する人間がいるのだろうか。今、この心の全てを省みて、彼を好きと呼んでもいいのではないか。



「じゃあ、私もそうする。春彦のこと、好きか嫌いかはっきりするまで、彼氏とか作らない」


 実のところ、私と春彦は中学時代、それぞれ別の男女と交際していた過去がある。


 別段、私たちが交際していない、と言うのだから問題はないのだが、交際してからも私たちの間柄は相変わらず。


 私は彼氏より春彦を優先し、春彦は彼女より私を優先した。そんな関係が長く続くはずもなく、早くて一週間で幕引きになった。


「なんつーか、変な会話」


 春彦が屈託なく笑う。


「本当。変なの」


 私も笑う。嬉しいのか、悲しいのか、それとも晴彦に嫌われたくないから合わせているだけなのか、それとも本当に自分たちが滑稽なのか。


 選択肢は無数にあるような気がしたけれど、私の答えは一つだけで、もう既に決まっているような気がした。


「さ、国立狙うなら真面目に勉強しなきゃね」


「へいへい。また二人で勉強漬けの毎日か」


 春彦はシャープペンシルの芯を景気よく出す。


 こんな日が、ずっと続くのだろうか。


 それがたとえ事実だとしても、落胆することは私にはなさそうだった。

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