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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
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俺の幼馴染が不機嫌な理由Ⅱ

 風華の部屋の扉を見ても、二人はなんとも思わず、部屋に入っていく。 


「おっじゃましまー……」


 中に知り合いが居るということで、玄関より遥かに元気よく。



 しかし、やはりその元気は、直ぐに萎んでいく。


「うっわ、何この部屋……」


 覗いた裕翔が絶句する。茉莉は笑顔のまま固まっていた。


 本。それも漫画ではない、活字の。言葉通り、それに囲まれた空間。逃げ場など一切ない、本気で勉強をする部屋。


「ほら、入るぞ」


 押し込むように二人を入れて、扉を閉める。


「ああ……」


 絶望したかのように、茉莉は声を上げた。先程までの元気は、もう欠片もない。


「いや、早すぎだろ」


 まだ、勉強してもいない。それなのに、もう二人は敗北を喫したようなオーラを放っていた。


「来たわね」


 まるでメインディッシュの到着を待っていたかのように、風華がにやりと笑い、それに二人はびくりと反応した。


「さてと、始めるわよ。言っておくけど、休憩なんて甘いものないと思って」


「あ、でもお菓子と飲み物はあるから。心配しないで」


 机の上には、結構な量のお菓子と、お茶のペットボトルが並べられていた。


「流石明日音!私のオアシス!」


 茉莉が抱きつこうとするのを、風華が遮る。


「茉莉はノルマ終わるまで食べちゃダメ」


「そんな!」


「お前もだぞ」


 影で笑っている裕翔を表に引きずり出す。


「ご無体なっ!」


「まあ、二人のために集まったようなものだから、多少は、ね」


 明日音も擁護できないその姿は、余りにも哀れだった。


 そうして、二人にとっては地獄の勉強会が、九時五分、スタートする。


「まずは古文。その後漢文」


「現国はいいのか?」


 聞いておいてなんだが、俺も現代文の勉強などしたことがない。漢字を覚える程度か。


「現国は適当に書いても赤点はないでしょ。やばいのはむしろこっち。一年の段階でつまづいてたら、この先もずっとやばいわよ」


 確かに、古典と漢文は高校で始まった授業。つまり、基礎をやっている今が重要な科目。


「何段活用とか、平仮名なのに全くわかんないよね」


「活用系はともかく、今と意味が違う言葉とかもあるしな。どうやるんだ?」


 勉強会、というものが、実際どんなものか。俺と明日音は実のところ知らない。


 俺たちは二人で、授業の予習と復習、それに課題をやっているだけだ。


「私たちは、暗記ということが許されている」


 邪道だけどね、と風華は言う。


 学問は常に先を往く人間がいる。俺たちは、その知識の一部に触れているに過ぎない。


 だから、その学問を読み解く、のではなく、暗記する、という行為が許される。そこはもう、先人が到達した領域。新たに道を切り拓かなくてはならない俺たちへの、先人たちからの手向けだ。


「つまり?」


 裕翔が尋ねると、風華は優しく問いかける。


「あんた、バスケ部だってね。シュート上手に入れるの、どうやって練習した?」


「そりゃ何事も繰り返すしかねぇだろ。身体に感覚が染み付くまでやる――」


 自分で言って、そして青ざめる裕翔。


「そう。方法は簡単。脳みそのシワになるまで、書いて覚えるのよ」


 学問は複雑だが、勉強をする方法は、いつだってシンプル。


 覚えるまでやる。または、理解できるまでやる。


「それ、やってること一夜漬けと変わらなくね?」


 裕翔の言葉に、風華は優しく首を横に振る。


「違うわ。一夜漬けっていうのは、覚えたことを忘れないうちにテストを受けること。私たちがいまやろうとしているのは――」


 その次の言葉は、正しく二人の心を打ち砕いた、


「トラウマになるレベルで記憶に植え付けることよ」


 明日も勉強会がないというのは、実に慈悲深いことだった。


 そして、一時間が経った。


「さ、し、す、す、せ、せ……?」


「レ点、戻る。一を読んでから、二を読む……」


 二人の精神は、たったの一時間でレッドゾーンすれすれのようだった。ちなみに、平仮名を譫言のように呟いているのが茉莉で、漢文のルールをブツブツと繰り返しているのが裕翔だ。


 五冊の新品のノートの最初の半分には、まるで呪いの言葉のようにびっしりと同じ単語が並び、やや恐ろしい。


「おい、これ大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。受験の時なんて皆こんなもの。そろそろ次に行かないと、日本語の意味がわからなくなるレベルに達するけど」


 確かに、ずっと数学をやっていると、平仮名の書き方が一瞬わからなくなることはある。その延長なのだろうか。


「はい、やめ。二人共、糖分取っていいわよ」


 その瞬間、まるで餌を前にした獣のように二人はお菓子へと手を出す。


「んー!!美味しい!」


「生き返るぜー」


 瞬時にして蘇る二人。


「十分休憩してから、次は数学ね」


 はーい、と皆で返事をする。俺と明日音も、風華に教わりながら勉強を進めていた。


 これが実にわかりやすい。教師には向かないが、家庭教師には向いている。そんな印象を新たにした。


「しっかし、風華先生きびしーなぁ。危うく日本人であることを忘れそうだったぜ」


 裕翔が笑いながら言う。確かに、あの表情と言動は人権問題を彷彿させるようだった。


「部活の練習も、キツければキツいほど記憶にも残るもんでしょ。勉強だって同じ」


「確かに、そうかも」


 茉莉も賛同する。


「そうか――?」


 勉強に苦を見出したことのない俺が口を挟もうとすると、風華が俺の口を

塞いだ。


「そういうことにしておいて」


 顔が近かった。それに、掌が小さい。


 わかった、とジェスチャーで示すと、風華は俺の口を開放した。


 ふと気づくと、明日音が何処か不満げな表情で俺を見ていた。

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