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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
18/159

俺の幼馴染が不機嫌な理由

「あの二人、遅くない?」


 風華が携帯で時間を確認する。この部屋に時計はなかった。俺も携帯を確認すると、時刻はもう九時十分前。


「ちゃんと家の場所教えたのか?」


「当たり前でしょ。茉莉の家は真逆だから、学校で裕翔と待ち合わせして来るっていう話だったけど」


 あの二人が一緒に来る、という時点で結構な不安要素だと思うのだが。


「風華の家大きいし、わかりやすいとは思うけど……。ちょっと立派で、入りにくいかも」


 明日音の言うとおりだ。


「俺たちも、門をくぐるのは結構戸惑ったからな」


「まあ、気持ちはわからなくもないわ。私だって、ふと振り返って見ると大仰だな、って思うこともあるし」


「こういう立派なところって、どこか近寄りがたいよね。何だか、怒られそうで」


 そう言って笑う明日音の気持ちはわかる。


 こう言った厳粛な雰囲気の家を知らない俺たちは、本能的に自分がここにいてもいいのかと自問自答し、そして否と決断付けるのだ。


 何も悪いことはしていない。だが、ここは自分の居場所ではない。


 他人にそう思わせる雰囲気を、小野風華の家は漂わせている。


「皆、そう言うわ」


 そのときの寂しげな風華の声は、今までにあった現実を思わせるようで。


 明日音も、どうフォローしていいのかわからないと、俺の腕を掴んだ。


 彼女には彼女なりの悩みがある。


 それは何となく理解していたことだが、風華がそれをどう受け止め、どう

感じているのかは俺にもわからなかった。風華は本心を隠すことが上手すぎる。


 重くなりかけた空気を払拭するような、携帯の軽い音が鳴り響く。どうやら俺宛のようだ。



 電話の相手は『佐々木裕翔』になっている。


「もしもし」


「あ、晴彦か?お前もう、風華さんの家?」


 裕翔は風華をさん付けで呼ぶ。理由は単純で、『怖いから』。


「そうだけど?」


「ならさ、ちょっと迎えに来てくれね?なんつーかさ、門があるんだよ」


「ああ、あるな。その先の家だぞ」


 どうやら、直ぐ其処まで来ているようだ。二人にも聞こえるように話す。

「いや、だけどさ、違ったらヤバくね?って茉莉と話しててさ。なんつーの?不法侵入的な何かに間違えられたらヤバイだろ?」


「まあ、気持ちはわからなくはない。ちょっと待ってろ」


 出来ることなら、門をくぐる前にここが目的地であることを確認したい。そう思うのは、当然のような気がした。


 あの門には、不要な人を遠ざける力がある。日本古来の技術とは凄まじい。ただ、開いていてなおそう思わせるのは幸なのか不幸なのか。


「そこまで来てるってさ。ちょっと迎えに行ってくる」


「私が行こうか?」


 風華の進言を遮る。


「大丈夫。部屋までは迷わないし、直ぐだから。準備でもしておいてくれるか」


「……わかった」


 そうして俺が立ち上がると、明日音も、いってらっしゃい、と言った。


 玄関から風華の部屋までは、縁側の通路を道なりに行けばいい。見事な日本庭園の庭を見ながら、玄関へと戻る。


「あら」


 そこで、若い女性に出会った。落ち着いた格好をした女性だった。風華の姉、と読んでも良さそうだが、現実的には母、だろうか。


 丁寧に結った髪、微笑みが似合う穏やかな表情。目が細く、常に微笑んでいるように見えるが故に、感情は読めない。


「これはこれは、風華のご学友の方?いつも娘がお世話になっております」


 やはり、母親だった、という事実にかなり驚きながらも、俺も頭を下げる。


「いいえ、そんなに言われるほどでは」


 ご学友、なのだろうか。まあ、確かにあれから何度か図書室に顔を出してはいるが。


「娘は気が強くて、大変でしょう?風華は勉学こそできても、何分人の輪に入るのが苦手でして」


「は、はあ」


「中学も、さしたる友人は居なかったようでして。私も、どのように助言したらいいのか分からず、恥ずかしながら何も言えなかったのですが……。

私、母として、今回少しばかり安心致しました」


 ゆっくり、ゆっくりと風華の母親は話す。


 何というか、独特な人だ。変わっている。マイペースだ。はっきりといえば、どう逃げていいのかがよく分からない。


「風華が家に、友人を、それも男子も交えて勉強会なんて。話を聞いた時、涙が出そうになりましたわ」


「そ、そうですか……」


 風華の、聞いてはいけない話を聞かされている。ような気がした。


「元々、あの子は学に才がありましたけれど、それゆえ、同年代とはどうも馬が合わないことが……」


 よほど風華に友人ができたのが嬉しいのか、まるで鳥の囀りのように、軽やかに話す。同じ話を繰り返しているようにも聞こえる所もそっくり。話を聞いてあげることは吝かではないのだが、生憎用事があるのだ。


「あ、そのですね、実は」


 俺が話を切り出す前に、風華の母さんは薄い瞳を少しだけ開く。


「ああ、おトイレですか?でしたら――」


「あ、いえ、そうじゃなくて。まだ来る奴が道に迷ってるので、出迎えに」


 言うと、さぞかし大変だという風に、風華の母さんは両手を合わせた。


「お邪魔してしまったようで、申し訳ありません。あの子、言葉は悪いし、人を見下したような態度を取るかもしれませんが、どうぞ、これからもよろしくしてやって下さいね」


 そう丁寧に腰を折られると、俺としても頭を下げざるを得ない。


「い、いえ。その、こちらこそ」


「お昼はこちらで用意していますので、ご心配なく。では、失礼いたしますね」


 そう言って、ゆったりとした足取りで奥へと向かっていく。


「……遺伝子ってのは不思議なもんだな」


 似ているか似てないかで言えば、全く似ていない。むしろ真逆だとさえ思える。


「いや、案外、勉強はかなりできるのかもしれない」


 そう考えると、どこか似ているような気がするのも不思議なところだった。


「お!おーい!」


 外に出ると、茉莉が手を振って駆けてくる。ポニーテールがたなびく姿

は、馬が向かってくるような威圧感がある。陸上部だけあって、綺麗なフォームだ。


 その後ろを裕翔がゆったりと歩く。見た目がいいこいつは、どんな服を着ていても様になる。元々がお洒落な奴には、お洒落という行為は必要ない。しかし、それなりに努力はしている割には、彼女は出来ない。


「お前ら、ここに何しに来たのかわかってるか?」


 俺は二人の様子、まあ特に茉莉の格好を見て、そう言った。


「あん?勉強会だろ?ノートとシャーペンは持ってきたぜ」


 これから雑誌のモデル撮影がありそうな格好の裕翔が荷物を上げてみせる。


「そーそー。今日だけ頑張れば、赤点回避できるって、風華言ってたもんね!」


 茉莉の格好は短パンにシャツ。大胆、というより、これからランニングでも始めそうな格好。


 しかし、これが致命的に茉莉に似合っているのだ。健康的な四肢、十分なボリュームのある胸部の膨らみを見せつける様な格好は、男どもの目を引くのに充分過ぎる。ある意味では、裕翔が隣にいて正解だったのかもしれない。


「まあ、いいか……。こっちだ。あとちょっと遅れてたら、風華が怒ってたかもな」


 俺が先導すると、中の様子を伺い、控えめにお邪魔します、と言って二人は靴を脱いだ。


 私服の二人を初めて見たが、美男美女のカップルにしか見えない。他人から見れば、俺と明日音もこうなのだろうか。自覚は全くない。


「おい、なんだこれ!やべーな、庭広すぎ!バスケできんぞ。ちょっと砂利邪魔だけどさ。なんでコンクリにしねぇんだろ」


「家も広いよ!変な匂いするし!家政婦さんとかに見られる奴だ!陰湿な姑さんとかいそうじゃない!?」


 しかし、会話を聞くとそんな印象は一気に失われる。


 映像だけならば、『美男』と『美女』でしかないのに、音声を踏まえると『馬鹿』と『馬鹿』にしか見えなくなる。


 ちなみに、茉莉の言う変な匂い、というのはい草の匂いだ。上質な畳を使っているのだろう。


 裕翔が邪魔だと言った砂利も、これはこれで結構手入れが大変なのである。雑草をきちんと取り除いているのだ。庭師の人が聞いたら幾ら子どもの戯言といえどいい顔はしない。無論、茉莉の言う『陰湿な姑』もだ。


「早く行くぞ」


 呆れたような、安心したような気持ちを胸に、縁側を歩く。


 俺自身、こう言った家は嫌いじゃない。


 縁側に座って日の光を浴びながら昼を過ごし、夜は星を見ながら闇に溶け

る。素晴らしい。風情があるじゃないか。


 ただ、今はそんな物とは無縁の、三人で無作法に歩く音。


 でもまあ、これもこれで悪くはない。そう思う自分がいた。

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