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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
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俺の服がダサい理由Ⅲ

「うぉお……」


「凄い……」


 辿りついた小野風華の自宅は、荘厳な日本家屋だった。


 目の前には威圧するような大きな門が口を開けている。せせらぎのように下を流れる水路。重厚なコンクリの橋。


 少し奥に目をやれば、そこは庭。手入れされた木々、一際大きな松、情緒溢れる池。そして家屋は瓦屋根。


 外国人が見たら『JAPAN!』と喜びそうな物が一通り揃っているように思えた。


「取り敢えず、行くか?」


「う、うん」


 門にインターホンなど付いておらず、閉まるのかどうか怪しい大きさの門を超える。大きめの貫木が外されて、横に立てかけられていた。


 家屋の方に歩くと、『小野』という格式高い表札が見える。


 建物は縦にやや短く、恐らく二階はない。その代わり、十二分に広い敷地を使っている、


「すげぇ家だな。昔ながら、って感じ」


「そうだね。恭子さんが見たら喜ぶんじゃない?」


「母さんは畳が好きなだけ。酔っ払って寝転んで、畳最高!って言ってるだけだ」


「恭子さんらしい」


 明日音がインターホンを押す。どこか間抜けな音が鳴った、ような気がした。


「優等生組は流石に早いわね」


 間を開けずに、風華が現れた。


 風華は、普通に洋服だった。ジーンズに大きめのシャツ。明日音と同じく洒落っ気はない。が、風華自身の顔が端正なので、服がシンプルであるほど

風華本人の魅力が引き立っているように思えた。


「着物で出てくるかと思った」


「あんなの日常で着るわけない。流石にこんな家柄だし、何着かはあるけど」


 あがって、と言われ、俺たちはその内部に踏み込む。木の床が鳴る音は、俺の家とは違う上質な音がするような気がした。


 風華の家は、一言で言えば大地主である。


「昔の人間の手柄を今もアテにしてるみたいで、あんまり好きじゃない。まあ、それで不自由なく生活できてるんだし文句は言わないけど」


 風華の部屋へ案内されるまでの廊下の長さは、旅館のそれだ。


「使用人とかはいないの?」


「明日音、それ本気で聞いてる?」


 ナチュラルにでた明日音の質問に笑いつつ進む。ちなみに、使用人と呼ばれる存在はなく、庭師を雇っている程度だという。まあ、それでも大したものだが。


「ここ」


 風華が立ち止まったそこは、日の当たりにくい建物の奥、中には呪われし壺が御札で封印されていそうな木の扉の前だった。


「……ホラー映画見たら一人でここまでこれないな」


「私も、ちょっと自信ないかも」


 まだ朝だというのにやや薄暗く、昼でも夕方でも、一定以上の暗闇があるように計算されて作られたかのようなその場所は、間違いなくこの家の最奥である 


「私は別に平気だけど」


 平然な顔をして扉に手をかける風華。


 見た目同様、か細い悲鳴を上げながら扉は空いた。


 別段かび臭いなどということはなく、まあ普通に女子と畳の香りのする部屋の空気。


「おぉ……」


「これ……」


 女子の部屋に入るのは初めてじゃない。前にも言ったが一応彼女がいた時期はあったし、明日音の部屋にも入ったことはある。が、風華の部屋はそのどれもとは違う。


「さ、入って」


 然程遠慮もなく部屋の奥に招く風華。


 しかし、扉の前にたった瞬間に、その違和感は襲ってくる。


 広さは十五畳程の広い部屋だ。部屋の中央には人数分の座布団と大きめの机が用意してある。


 まあ、それはいい。


 しかし、それ以外が明らかに問題である。


「ちょっと本棚なんとかならなかったのか?」


「五月蝿いわね。人の趣味にケチつけないで」


「別にケチつけているワケじゃないが……」


「でも、流石にこれはやりすぎ、じゃない?」


 明日音も苦笑している。


 その原因は、壁一面にある大きな本棚と、その中に敷き詰められた大量の本にある。


 図書館とまでは言わないが、ここまで大量の本を個人で集めるやつを見たことがない。ハードカバーもあれば文庫もある。ジャンルはミステリ、純文学、歴史物から洋書まで幅広い。


 そして、更に言えばこの部屋にはそれ以外のものが全くないということ。


 入口と押入れ以外、壁は見えず本で埋め尽くされている。


「地震が起きたら大変そうだな」


「本棚はきっちり固定してるから。それと、わかってると思うけど押入れ開けたら殺す」


「流石にそこまではしないって」


「下着とかも明日音で見慣れてるとかじゃないの?」


「そこまでは、ないかな」


 明日音は苦笑しながら、俺の顔を伺う。


「俺もそこまで変態じゃないんで」


 俺たちは昔馴染みの良くあるエピソードは多い。けれど、相手の何もかもを知っているというわけではない。いつの間にか明日音はブラジャーをしていたし、下着だってあの頃とは違うだろう。


「でも、明日音はたまに俺のパンツ畳んでたりするよな?」


「それは恭子さんがお願いって言うから……」


「はいはい、惚気は今日はなし。言っとくけど、やるからには本気で行くから」


 俺と明日音はその本気度に少し危うさを感じ、視線を合わせる。


 風華の勉強に対する姿勢に、ではない。


 後から来る二人が持つかどうか、である。


 少し言い方が悪いのは認めるが、茉莉と裕翔はどう考えても本に囲まれた状況で、長時間の勉強に耐えうる精神構造をしていない。


 恐らく、風華は本気で勉強会をやるだろう。いや、会、などという生易しいものではない。これは、風華先生による臨時講習会という名のプチ軟禁である。


「……まあ、集中はできるかもな」


「でしょ?」


 それがいつまで続くのか。それとも強制的にさせるのか。


「今日は結構大変かもしれんぞ」


 俺は明日音に真剣な表情で、今日起こるであろう波乱の一日を思った。

  


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