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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
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幼馴染みがエロくない理由Ⅳ


「つーかあんた、これで晴彦くんが『いい女』が好きとかいう場合、自信あんの?」



 姉さんがジト目で私を見る。



「いい女、って、どういう女の人を言うの?」



「そりゃあんた、気立てとか家庭的とか……」



 私がいい女だという事実はどこにもないのだけれど、じゃあいい女ってなに?という話になると詰まる。姉さん自身も、自分がいい女だとは思っていないのか、『私の事よ』と堂々と言うことはない。いい女はそんなことを言わないだろうけれど。何かを誤魔化すようにエッチな本で自分の顔を扇いでいる。



 いい女、か。昔のドラマのような、未亡人で飲み屋を経営している女将さんのような存在なのだろうか。しかし、それがどんな形でも、今の私たち姉妹からは遠いように思えた。



 さて、いい女議論もそこそこに、私は改めてそのエッチな本三点セットを見る。しかし、見れば見るほどこれが晴彦の物だとは思えない。確かにこれは晴彦が認めるような『いい物』だったとしても、違うと思う。そう信じたいだけなのかも知れない。でも、私は晴彦を信じる。



「なんていうか、晴彦が持ってた、っていうのは違和感があるかも。それ、どこに隠してあったの?」 



 晴彦がそういう本を持っているのは良しとしよう。年頃の男子だ。少なからずショックではあるかも知れない。俺のだと言われたら動揺もするだろう。



 しかし、この部屋は私が掃除しているのだ。その私が、そんな怪しい紙袋に気づかなかったということは有り得ない。少なくとも。最後に掃除をした日には絶対に無かった。



「これ?別に隠してはなかったよ。ここの上に置いてあった」



 姉さんはクローゼットを指さす。それは下着入れの上に、無造作に置いてあったという。



「普通、もっと隠すよね?」



「まあ、隠すでしょうね」



 微妙な沈黙。男子がエッチな本を隠さない理由は、私たちには解らない。というより、女と男はやはり分かち合えない生き物だ。晴彦のことは大抵解るが、男の子のことは知らない。少なくとも、私はそうだ。



「それ、晴彦のじゃないんじゃない?」



 私には確信めいた何かがあった。



「なに?じゃあ貸し借りしてるとか?」



 可能性はないとは言えない。しかし、私の中の晴彦像でいうのなら、事情は少し違う。



「うーん、それもあるけど。晴彦なら、押し付けられてそれを預かってる、とか」



「まさか。そんなことある?」



「高校生ならあるんじゃない?そっち系のものは手に入れるのは大変そうだし。男子にはそういうネットワークがあるのかも」



 大学生ならともかく、高校生では貴重だろう。コンビニで買うにも店員を選ぶだろうし。今では気軽に携帯端末で見られるもらしいが、やはりネットというのはよく分らないし色々と怖い話もある。数百円で確実に買うことが出来る本というのは高校生にはありがたいのではないか。



「んー、男子ってそんなものだったような気もするけど……。大学生になってもこう言うのではしゃいでたら少し気持ち悪いからね」



「大人になりすぎると忘れちゃうものもあるんだね」



「なっ!?今でも精神年齢は十七歳だっつーの!」



 それもそれでどうなのか。大人は大人と付き合いたいものだろう。



「とにかく。これは多分、晴彦の趣味じゃないから。戻しておくといいよ」



 私はその本をきっちり紙袋にいれ、元の場所に戻す。きっと、誰かのものを理由あって預かっているのだろう、特に隠してないのも、『見られてもいい』と晴彦が思っているからだろう。



 私が言うのもなんだが、晴彦はいろいろ考えている。けれど、それを表にあまり出さない。しかし、晴彦を知って考えれば、ある意味単純なのだ。



「いやいや、でもこれはある意味、明日音とそういうことをしたいっていう意志の表れかもよ?」



 姉さんがよくわからないが悪意に満ちた表情を浮かべる。



「それだったら、もうとっくに何かしてると思うけど」



 昨日だって、二時間ほど晴彦と密着して寝ていたけれど、何かをされた形跡はない。



 いやまあ、寝ていたので気づかなかったということもあるのだろうけれど、考えれば今までそんな機会はごまんとあったのだ。



 この年にして同じベッドで寝たこともあるし、一緒に温泉だって入った。晴彦にその気があったのなら、もうそうなっていてもおかしくはない。晴彦は、そうしたいと思っていたら私に打ち明けるような気がした。それがないと言うことは、まだそこに進む気はないということなのである。



「大体。あんたはどうなの?晴くんに身体を許す覚悟はあるの?」


 姉さんは急に真面目な表情で私に聞き返す。



「私?私は――」



 あるのだろうか。よくわからない。自分がしたい、というのではなく、晴彦がしたいというのなら、してもいいかな、と思っている。



 無論、誰でも良いわけでは決して無い。晴彦が『したい』というのなら、私もそのときが来たと覚悟を決めるだけだ。私からしたい、と思うこともあるかも知れない。その時、晴彦も私と同じ事を思うのだと思う。



「はっきり言って、滅茶苦茶恥ずかしいからね。だって全部見られるわけよ。見られたくないとこもよ?あんただって身体で気にしてることとか少なからずあるでしょうよ。そういうとこ、晴くんに見せてもいいと思う?」



 姉の話は赤裸々だ。実体験もあって生々しい。確かに、全てを晴彦に見せるという覚悟はないかも知れない。



 けれど、多分拒まないのだろうとは思う。いや、拒むだけの精神的余裕はきっとその瞬間ないのだろう。それでも。



「まあでも、晴彦ならいいかな、って正直思うから」



 晴彦は私を受け入れてくれる。ような気がする。それは甘えなのかもしれないけれど。私の中でそれだけはきっと、揺るがないものなのだと思う。



「私も、晴くんなら正直いいかな、って思ってる」



 私の言葉にかぶせるように、姉さんが頬を赤らめた。何を言い出すのかこの姉は。



「……いやいや、おかしいでしょ。どうしてこの流れで姉さんと晴彦の話になるの?」



「大事にしてくれそうじゃない?姉としてのスキンシップよ」



「私と姉さんとの間にそんなスキンシップはなかったでしょ」



「姉と義弟って、なんだかいやらしい響きじゃない?」



 姉さんは正直、からかっているのかもしれない。しかし、本気にも聞こえる。というより、半ば本気、というのが正しいのかもしれない。晴彦の部屋で、一体私たちは何をしているのか。我に返ったかのように熱が冷め、現実が見える。部屋の中はかなり寒かった。



「全然。姉さんって、いろいろ貞操観念とかおかしくない?」



「母さんにやたらと締め付けられてきたからね。捻れちゃったの」



「そんなのだと行き遅れるよ?」



「言ってくれるわね。でも、適当に結婚するよかマシじゃない?」



「姉さんは離婚と再婚を繰り返しそう」



「なんだとぉ?」



 結局、ブツは見つかったものの、大した成果は得られず、二十三日の昼は過ぎていった。



 その日、晴彦は夜七時までクラスメイトに拘束され、クタクタになって帰ってきた。



『最初はカラオケだったんだが、なぜかよくわからないうちにバドミントンの最強タッグ決定戦という大会になってた』らしい。帰ってきて直ぐ汗を流し、そのまま寝てしまった。エッチな本については、触れる間もなかった。



 色々と世話を焼こうとする姉さんを引っ張り、早川家に戻る。夜には、父さんも帰宅した。



「今回はいつまで休みなの?」



「年明けまでかな。暫くぶりに羽を伸ばせるよ」



 父さんも父さんで変わらない。おじさん、と言ってしまえば言葉は悪いが、あまり接点がなかった私たち姉妹には少し微妙な立ち位置で。父親という概念が少し脆いのである。母さんだけがきゃっきゃと騒がしくなる。



「なにげに全員集合って今まであんまないよね」



 姉さんが昔を思い出しながら言う。母さん特製のシチューが皿に盛られる。



「小夜は明日音と違って騒がしかったからねぇ。やれ初詣だなんだって。明日音は晴彦くんちでずーっとダラダラしてたし」



「母さんだって晴彦の家でダラダラしてたじゃない」



 正月も京子さんの休みがないため、晴彦の面倒を見るという体で高瀬家に入り浸り、折半で豪勢な食事の三が日を送るのが常だった。



「だって正月に一人なんて寂しいじゃない。正樹さんがこっちに戻ってくれればいいんだけど」



「流石に本社が移ることはないし、難しいかな……」



 父さんは申し訳なさそうに苦笑した。家族の輪のぎりぎり内側に居ると言うことはなんとなく理科強いているらしい。



「母さんもパートとかしてみたら?明日音ももう手間かかるって年頃じゃないでしょ?」



「そんなの、もうとっくにやってるわよ?」



「嘘!?そんな気配無かったけど」



「奈美さんは昔からパソコンが得意でね。インターネットデザインだとか、そういうものを個人で請け負ってるんだよ」



「妊娠してても、パソコンは弄れたし、選択肢がそれしかなかった、っていうのもあるけど、得意分野を生かしたかったし」



 我が家の裏事情が如実に明るみになる。確かに母さんの部屋には高機能そうなパソコンがあるし、得意なのは知っていたが、まさかそんなことをしていたとは。



「なんで言わなかったの?」



「そんなこと言ったらあんたたち正樹さんのこと忘れちゃうでしょ。正樹さんのお陰で大学も行けるっていう感謝の念を忘れさせないためよ」



「存在感が薄くて申し訳ないね……」



 早川家の団欒は、なんとも奇妙な雰囲気であった。



 そしてまもなく。

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