幼馴染みがエロくない理由Ⅱ
「でもさー、流石にそこまではいかなかったわけ。高校時代にヤルつっても、場所もなかったし、私もそこまで無茶はしたくなかったしね。まあ、大学に入ってから、みたいな感じなんだけどさ……」
姉さんは苦い思いでを語るように話す。
何かを探しているようで、探していない手つきで台所を漁る。
「正直、あんまいいもんでもないな、ってのが感想だった。それでいて将来的にコイツの子ども産むの?って感じもあったし。やっぱなんつーかな、ただ気持ちいいだけでやれるもんでもないってのは思う。母さんも毎回グチグチ言って帰るし」
ま、男はヤリたがるけどね、と姉さんは淡々という。
「なんつーのかな、恋とか愛とかの最終的に行き着くものがこれなのかな、と感じちゃうと、どうしても冷めるっていうかさ。その行為に、なんかそこまで思い入れもないわけ。だからまあ、あんまり経験は豊富ではない、とだけ言っておくかな」
「へぇ、意外かも」
私は少なくとも、善意でその言葉を発したけれど。
「あんたの頭の中では私はさぞかしビッチなんでしょうね」
「まあ、そう言うのに不自由してないとは思ってたかな」
その姿を想像したことはないけれど、そうなのだろうなと思っていた。そう思いながらホワイトソースを混ぜ続ける。
「初めてが碌でもない、っていうのもあるけど。何ていうのかな。本当に好きな人なら、きっと満たされるんだろうな、とは思う。処女だとかまあ、そういうのはあるけど。身体だけ繋がっても、そこまで気持ちよくはないわよ。それはあんたと晴彦くんも同じだと思うな」
「か、身体だけ……?」
聞いただけで、なぜか胸がドキドキする。
「わかんのよ、その時になると。そいつが本気で私が好きなのか、それともただ性欲のはけ口として私を選んだのか。まあ、元々男なんて欲望に正直にできてるから。でも、きっとお互い想い合ってれば、きっと素敵よ。そういう行為は。私が言うんだから間違いない」
その言葉を聞いて、朧げにあった私の中の概念が一新する。なんだろう、晴彦とそういうことをするのは、その実真っ当で、いいことなのではないかという気持ちが沸き起こった。むしろ、するべきなのではと一瞬思ったほどだ。
「ま、あんたも十六だし、早い子は中学でヤってたりするし、あんたが興味持つものおかしくはないわ。私は何も言わないでおく」
姉さんはそう言って、牛乳をコップに注ぎ始めた。
「晴彦も、そういうことやりたいとか思うのかな?」
何だかんだ言って、姉はいい相談役である。信頼が置けるというわけではない気もするけど。
「どうだろ。晴くんだって男子だし、そういうことに興味あるでしょうけど、如何せん晴くんだからね」
それは言い得て妙だった。晴彦はなんというか、性的なものを感じない。女子にもそういった、男子でもなく、女子でもない不思議な扱いをされているように思える。
ひどい言い方をすれば、皆、晴彦を男だと思ってはいないのだ。風華と茉莉はわからないが、大半の女子はきっとそんな感じ。
そして男子も、晴彦を男だと思っていないのだ。親しい見やすい女子だとか、中性的ななにかに感じて、ある程度距離を取っている。
「晴くんだってエロいものの一つや二つ持ってるでしょ。それとか参考にしてみたら?」
「晴彦はそういうの持ってないよ」
「んなわけないでしょ。隠してんのよ。あんた、そういうの探すの下手そうだからね」
そんなことはない。ない、と思う。クローゼットの中も何もかも探した過去の記憶がある。
「よっし、むっつりな妹のために、挨拶がてら私がちょっくら見てきてやろう!」
「むっつりじゃないし、ご飯できるよ」
ホワイトソースを器に盛り、粉チーズをかけてオーブンに入れる。あとは焼きあがるのを待つだけだ
「げ、ブロッコリー入ってんじゃん」
「ブロッコリー位入れるでしょ。戯言はいいから、早く荷物片付けなよ」
はいはい、と言って、姉さんは自室へと荷物を置きに。母さんも帰ってきて。平穏な昼食を終えた。
「晴くんのエッチなもの捜索隊ー!!」
そして昼食が終わったとたんこれである。場所は既に高瀬家。
「恭子さん……」
私は項垂れるように姉の後ろに立っていた。場所は晴彦の部屋の前の廊下。
昼食が終わってから高瀬家に挨拶に行った姉さんが遅いと思っていたら、休みで家にいた恭子さんとそういう話になったらしい。つまり、
『晴彦は自室に巧妙にエロいものを隠している』という疑惑。そして恭子さんの答えは、『別に漁ってきてもいいわよ』というものだった。
思春期の男子の部屋を勝手に漁っていいと許可を出す恭子さんは、やはり母親としてはどこか問題があるのだと思う。それは晴彦も散々言っていることだけれど。
ちなみに、晴彦はクラスの友達に呼び出されて朝早くからどこかへ行ってしまった。
「なんだかんだ言うけど、私晴くんの部屋に入るのって初めてなんだよね」
姉さんがドキドキした面持ちで、晴彦の部屋を開ける。
「別に、普通の部屋だよ。私もあんまり入ったことないけど」
「あんたらは常に居間とかで堂々とイチャつくからね……。ま、それはいいとして、今回は晴くんの性癖をバッチリ見抜くための重要な作戦なんだからね!」
「性癖……?」
所謂フェチシズムという奴だろうか。晴彦は嫌いなものは多いけど、好きなものは少ない。
「そうそう。男ってのは結構変な性癖を持ってるもんなの。あんただって匂いフェチでしょ」
「う……」
否定はできない。
「なんつーのかな、異常ってわけじゃないし、晴くんがなんかいい匂いするのは認めるけどさ。あんた洗う前のシャツの匂いとかたまに嗅いでるでしょ」
返す言葉もない。やっていない、ということはない。
洗濯の際に、魔が差すということはある。それはシャツだけではないのだけれど、まあ絶対に人には言わない。晴彦も知らない、私の秘密。
「そういったね、晴くんが隠してる嗜好みたいなもんがあるのよ。それを知るのは大事よ」
「そうなの?」
晴彦が何フェチなのか。そんなことはよく知らない。
「そうよ。晴くんがもし超絶変態的な嗜好もってたら、あんたそれに付き合えんの?性的な欲求っていうのは強いからね。そのうちきっと求められる。それに、どんな女性がいいとか好みもあるしね」
「でも、胸が大きいとかだとどうしようもないんじゃ……」
私は特に胸が大きいわけではなく、身体的に言う『女性的な魅力』は少ない。肉付きがいいわけでもないし、顔だって美人なわけでもない。
まあ、女は化粧で変わるけれど、私はあまり化粧がうまくないので、そんなに変わらない。
「あんたまだ十六でしょ。今から晴君の超絶好みの女になるように努力すんの。そのためのデータ集めよ」
なるほど。確かにそれは重要かもしれない。
姉さんの口八丁で、ことのほか晴彦の部屋を漁ることに抵抗がなくなってきている私がいた。
「じゃ、突撃ー!」
姉さんが部屋の扉を勢いよく開ける。
「お、おー」
私もあとに続く。