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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
156/159

幼なじみがエロくない理由



 十二月二十三日。昼前。



 早川家に、早川小夜が帰省。



「たっだいまー!こっちも寒いねー」



 姉さんは確かに、モデルに相応しい、ちょっと小奇麗な格好で帰ってきた。



 リビングのソファには大きめの荷物をどかりと置き、何も変わっていない我が家を見回す。



 派手でもなく、大人しすぎず、奇抜でもない。何が変わったかというと、何も変わっていないような気もするのだけれど、モデルの仕事をしていると思うと、現金にも少し変わったかも、と考えている自分がいた。



「お帰り」



 私は私で、明日のパーティの準備の準備をしている。



「お、なになに?なーんか気合入ってんじゃん?」



「明日はパーティだから」



「クリスマスパーティ?そんなんやってたっけ?」



 私は台所で息を吐く。



「やってました。姉さんは友達や彼氏と遊んでくるって言って、夜遅くに帰ってきて残ったごはんが冷たいとか愚痴ってたでしょ」



 姉さんは、『家族でパーティなんてダサい』と言って一度も参加したことがなかった。



「ほらー、あの時は私も思春期だったからさぁ」



 許しを請うような媚びる態度は相変わらずだ。



「晴彦くんと、恭子さんとでやるの?」



 私は今、今日の昼御飯のグラタンのソースを焦げ付かないように掻き回している。無論、明日の準備も並行して行っているが、母さんの買い物から帰ってくるのを待っているのだ。



「今日、お父さんも帰ってくるし、晴彦のお父さんも帰って来るって話だったけど?」



 高瀬家、そして早川家族全員揃ってのクリスマスパーティ。



「何だか祝言みたいね」



 昨日散々痴態を弄られた挙句、結婚するしないという話題にまでなってしまった私の身体が少し強ばる。



「そ、そうかな。アメリカとかで良くあるホームパーティみたいなものじゃない?」



「何キョドってんのよ」



「キョドってなんかないし!」



 晴彦は本気なのかどうなのかよくわからないが、結婚まではいいと言っていた。それが恭子さんや母さんの言及を避けるための言葉なのか、それとも本気なのか。



 世渡りが上手いということなのだろうけれど、私は非常にやきもきする。後半は孫がどうとかそういう飛躍した話になってきているし。



 ああいった話は、まだ早い――の、だろうか。



 自信はない。高校一年、つまりは十六歳。歳だけ聞けば、まだ早い、ような気もする。



 交際歴、いろいろな時間を含めれば十数年。ここだけ聞けば『まだなの?』という感じもする。



 考えている間も、鍋は淡々とかき混ぜられる。こういった単純作業は好きだ。惚けていない限り失敗することはないのだから。



 玉葱とマカロニが手首に負担をかける。ホワイトソースの匂いは強烈だ。完成系はあんなに美味しいのに、作っている途中はあまり美味しそうだと思えない稀有な料理だと私は思う。それは私が飲兵衛一家の端くれだからかもしれない。正直、たまにこのソースの匂いが嘔吐物の臭いに思えないこともない。お酒が入った日は特に。



 姉さんはいつの間にか後ろの冷蔵庫や棚になにかないかあさり始めていた。



「私のためにお菓子くらい買ってくれてても良くないー?」



 お菓子さえも作ることにしている我が家には、姉さんの見たことのないようなモノが沢山入っているだけ。すぐに食べられるというものはない。



「……姉さんはさ、もう初体験ってした?」



 その言葉に、ホワイトソースが煮えるような音だけが響いた。



「初体験って、所謂、その、そっち系の、ってこと?」



 真顔だった。意外な反応だ。



「うん、まあ、そっち、っていうか、そっちしかないよね」



「ああ、つまり、そう言う意味でのそっち、ってことでいいのね?」



「そう、だと思うけど……」



 姉が初心だということはないだろう。いかに男をはべらすのかというのが高校時代のステータスだった人だ。



 実感はないし、例えそうだったからどうだという話でもないのだけれど。



 私の姉は、きっと処女ではないのだろうという、確信めいた何かがあることは確かだった。来年で二十一になる姉さんなら、まあ経験していてもおかしくはないような気がした。



 しかし、この慌てようはなんだ。私のほうが戸惑ってしまう。



「あんた、もしかして晴彦くんとヤったの!?」



「声大きいし、やってもないから!」



 母さんが買い物に行っていて良かった。父さんがまだ帰ってきてなくて良かった。



「あー、んー、まあ、あんたらだったら今やってなくてもそのうちやるだろうけどね……」



 どこか気落ちした姉の様子は、どこかトラウマめいたものと向かい合ったようだった。



「で、どうなの?」



 私が元の問いかけに戻ると、姉さんは誰もいないリビングに改めて誰もいないのを確認する。



「いやまあ、初めてじゃないけどさ」



 やはり、ではあったのだが、どこかそのセリフは本人にとって屈辱的であるように聞こえた。



「うちの母さんってさ、一ヶ月に一回くらいうちに来てさ、長いと一週間くらい居るわけ」



「まあ、そういう時もあるね」



 唐突に変わる話の流れを読む。思えば母さんは月の半分をどこかで過ごしているように思える。いつ帰るとかの連絡はあるけれど。



「しかもいつ来るとか言わない、抜き打ち形式だし。晴くんのお陰であんたはそうでもないけど、母さん、私には男関係に滅茶苦茶厳しいからね」



 まず自室の整頓から始まり、男の気配をチェックされるのだとか。ゴミ箱も無論漁られる。まあ、姉さんの部屋自体ゴミ箱のような汚さであることは容易に想像がつく。男を入れる可能性は余りないだろう。九割がた幻滅する。



「母さん来てる間はお泊りとかもできないわけじゃない?酔って潰れたなんて言ったら他の人はアルコール中毒で死んでるだろうしね」



 そういった言い訳が効かないのが早川家の難点でもある。



「でも、姉さんは周りに男子いっぱいいたじゃない」



「思春期だったっていったでしょ?反動みたいなもんよ。お付き合いは慎重にだとか、五月蝿かったのよ。特に高校時代は酷かったわね」



 そういった背景があるということは、初めて知った。



 反抗期。私は特に反抗するものもなく、普通に育っているけれど、話を聞けば姉さんも普通に育ってきているように思えた。しかし、姉さんにも、そういう時代はあったのだ。

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