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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
155/159

結婚が重い理由Ⅳ

「結婚だってよ?」



 俺が明日音の頬をペチペチと軽く叩いてやると、明日音は本当に顔を真っ赤にして俺の腹に顔を押し当てた。



 新婚で大学生活。



 まあ悪くない響きだよな。俺はそう思う。



「奈美ちゃんはほら、先にできちゃったから慎重だけどー。実際、三十路とかになるとかなり焦るのよー?私も必死になったんだから」



 いつの間にか結婚トークが繰り広げられている。



 酒の席では母さんはしゃべる前に潰れる。その分、普通の時でも酔ったように何でも喋る。



 炬燵で家族団らん、というにはあまりに会話内容がリアルで抉いものだったけれど、それはそれで楽しかったりもする。



「晴彦はさー、実際どうなの?明日音ちゃんに、そういう感情を抱くの?」



「奈美さんの前で言うの?」



「いいわよ、どんと来て!」



 どんな言葉があっても受け入れる所存で、瞳の煌く奈美さん。



「いや、別に今は特にそういうのはないですけど」



 俺がなぜか気を使って言葉を選ぶ。



「この子、この年になってエロ本やDVDに興味さえ示さないのよ?我が息子ながら、少し心配になるわ」



「いやまあ、別に興味がないってわけじゃないけど」



「興味がないわけじゃないんだ!?」



 何を言ってもどつぼとはこのことである。



「ああもう!明日音!起きろ!」



 俺は耐え切れず明日音を起こしにかかる。



「ちょ、ちょっと狡いよ、それは」



 明日音が身体を少し起こし、懇願するような瞳で見つめてくるが、俺が助かるにはこの方法しかないのだ。



「おっ、もしかして明日音ちん起きてたなー?うれうれ、我が息子をベッドにした感想はどうよー?」



「明日音も、晴彦くんに心を許してるのはわかるけど、女の子がそう簡単にそういうことをするのはね?」



 二人の猛攻を受け、またしても真っ赤になっていく明日音。



 そこに救いのチャイムがなる。出前が届いたのだ。



「俺取ってくる」



「ご苦労。これ、お金ね」



 母さんからお金を受け取って立つ。明日音は小さく声を上げると、悪魔が潜む炬燵に囚われてしまった。



「は、はるひこ……」



 その言葉を遮って、明日音、と奈美さんが叱咤する。



「聞いてるの?小夜にだってね、そういう男には気をつけろって小さい頃から言ってたのよ?あんたには晴彦君がいたからそういうことは言わなかったけど。責任取るっていいうのはね、簡単じゃないのよ?お金もそうだし、親としての責任がね?いや、晴彦くんはしっかりしてるかもしれないけど、あんたはまだ子どもっていうか」



 珍しい奈美さんの説教を後ろ耳に、俺は玄関で寿司を受け取る。



 我が家の居間はパーティでもしているかのように賑やかである。店員が淡々と仕事をこなしていく視線がどこか痛かった。金銭を払う。何やら奮発したのか、上質な寿司が並んでいた。全部で六千九百円と、決して安くはない値段である。



「だからね、そういうのはもっと大人になって、責任を取れるようになってからの方がいいと思うんです!」



「何言ってんのよ、今日日初体験が中学なんて子供もいんのよ?そりゃあ、興味本位でやるやつが大半だし、問題も多いけど。思春期なんだし、容認してやってもいいと私は思ってる」



「遊びで妊娠させておいて、逃げる男だって一杯いるじゃないですか」



「そりゃあ世の中にはいるけど、晴彦がんなことしたら死ぬ気で責任取らせるわよ」



 いつの間にか奈美さんの説教は、母さんとの言い合いになっていた。



「なんだこれ」



 俺が炬燵の上に寿司を並べる。明日音はきっと針のむしろに座っているような面持ちだっただろう。きっちりと正座をしていた。



「せ、性に関する意識の違いから生まれた闘争、かな」



「当人である俺らを目の前にしてよく言うよ……」



「あ、お茶準備するね」



「頼む」



 明日音は逃げ出すように台所へと向かった。



「ねぇ?あんたちゃんど責任取るわよねぇ?」



「はいはい、取ります取ります」



 もう面倒になってなあなあに返事を返す。人数分用意されたの割り箸を配り、醤油を取り出す。



「明日音、小皿も持ってきて」



「はーい」



 二人の言い合いは果てしなく続く。明日音が小皿と茶碗を運んで、居間に戻ってくる。



「明日音!あんた晴彦くんと結婚する気あんの!?」



「な、何言ってるの!」



 十二月二十二日。クリスマスを目前にして、騒がしい日々が続いていた。



「どうなのぉ?うちに嫁ぐ気はあるのぉ?言っとくけど婿養子は認めないからね?」



 やたらねっとりとした母さんの口調。まあ、母さんは何が本心かわからないこともあるけれど、奈美さんはシラフなので大真面目だ。



 ちら、と明日音が俺を見る。これに関して、俺に助けを求めるのは卑怯な気もする。



「け、結婚なんて、まだわかんないよ……」



 そう言いながら急須でお茶を人数分注ぎ、自身の小皿に醤油を入れる。他の皆も、話している内容とは裏腹に、着々と寿司を食べる準備をしている。人間というのは、何だかんだ強い生き物だと思う。



「簡単な話よ。苗字が高瀬になって、家で一緒に暮らすことになるだけ。部屋はないから晴彦の部屋と一緒でもいいわよ?」



 結婚なんていいうのはきっとそれだけなのだろう。複雑に考えるとお金がかかるのだ。



 母さんはまず最初にイクラを取り、醤油につけながら言う。



「晴彦は結婚する気あるのよねぇ?」



 だから俺は単純に考える。



「まあね」



 俺はマグロを取る。



 明日音と一緒に暮らすのは、苦ではない気がする。



「晴彦くん、よく考えたほうがいいわよ?結婚よ、結婚」



 奈美さんが穴子を掴みながら、押しとどめるように俺に確認する。明日音はイカを口に入れて、長いあいだ咀嚼する。



「大層なことじゃない。孫が拝めるかどうかじゃなくて、孫が出来てしまうかどうかの心配なんて中々贅沢な悩みだと思わない?」



 明日音は帰るまで終始、顔を真っ赤にして話を振られては困っていた。

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