結婚が重い理由Ⅲ
俺の母さんと、奈美さんの境遇はかなり違う。
若くして妊娠してしまった奈美さんと、どちらかといえば行き遅れギリギリだった母さん。
言ってしまえば、『若さ故の過ち』を推奨していく母さんに対し、冷静にそれを見極めようとする奈美さん。
まあ、どっちの主張も理解はできる。
「若い時の一瞬ってのは貴重よー晴彦。制服でやれるなんて、あと二年したらお店でしかないんだからね?」
「恭子さん、それは言っちゃダメなんじゃ……?」
流石の奈美さんもドン引きである。
「情操教育って奴よ。仮にも思春期男子。そういう話はあるでしょ?明日音ちゃんなんて身近な女の子がいたら、普通ならもうやばい領域にいるわけ。だから、初めから言っておく」
性に理解のある母親でよかったと思うべきなのか、恥ずべきなのか。俺にはまだわからない。
「万が一出来ちゃっても、堕ろすことはできるわ。うちの産婦人科にも何人も来る。でもね、そういう子は結構色々あるのよ。お金はいいわよ。うちは共働きだし、お父さんだってまだまだ現役だし。でもね、明日音ちゃんは傷つくわよ?」
俺が何かを話す前に、勝手に母さんは話をする。
病院には、色々訳ありの人が来るのはわかるのだが。
果たして、その話を俺にする程度、俺は母さんから信頼されていないのだろうか。いや、むしろ焚きつけられているのか?一体俺はこの話を聞いてどうするのが正解なのか全く分からず、ただ唖然としてその話を聞いていた。
「相手のことを考えるなら、そういうことも考えること。中絶とか簡単に言うけど、負担もかかるんだし。特に若いうちはね」
「はっきり言うけど」
奈美さんが何か心配そうな瞳で俺を見ていた。
「俺そういうの、あんま考えてないから」
そして理解不能だという顔に瞬時に変わった。
「ど、どういうこと?」
「いや、どうもこうも……。流石に俺だってやっちゃまずいことはわかってるってことですよ」
俺が奈美さんにそういうと、母さんは露骨につまらなさそうな顔をした。
「ほんとあんた、つまんない息子よねぇ。陰毛とか生えてんの?」
「きょ、恭子さん!」
「生えてますよ、ちゃんと」
「晴彦くんも、反応しない!」
「なーによ、いいじゃない、どうせ数年後にはうちの子になるんだし。こっちはもう受け入れ態勢万全だからね。むしろ年齢満たしたら結婚届くらいだしてもいいんじゃない?とか思ってるくらい」
そう言って母さんは奈美さんの隣に腰掛ける。
「それはまあ、否定できないですけど……。早いと思います、軽率です!」
「大丈夫よ。うちの息子はよくわかんないけど常識あるから。現に、こんなに密着したままで何もしてないでしょ?」
「まあ、晴彦くんは信頼してますけど……。恭子さんにそそのかされたら、もしか、とか思っちゃいます」
実の親にそそのかされるとは、一刻も早く家を出たほうがいいのかもしれない。
そんなこんなで、母さんと奈美さんのやりとりが続く。そして、明日音に変化が起きていた。
寝息が浅い。寝息というより、呼吸しているよう。それに、鼓動の感覚が早い。
「……起きたか?」
俺が話しかけると、少しだけ明日音は身をくねらせて答える。
「な、なんで母さんがいるの……?」
うつ伏せの体制を維持して、明日音は俺に聞く。寝起きからなのかわからないが、顔が真っ赤だ。
奈美さんの声で起きてしまったのかもしれない。
「まあ、色々あって」
「母さんがいるってことは、写真撮られた……?」
「写真は母さんが撮ってた。あと、飯は出前で取ることにしたから」
明日音は羞恥に悶え、炬燵に隠れるようにして下がっていく。
「……どうやって起きればいいかな?」
起きるタイミングを逸した明日音は、困っていた。まあ、どのタイミングで起きたとしても既に手遅れなのだけれど。
「もうちょっと寝とけば?」
問題を先送りにしても、何も解決はしないことはわかっているけれど。
「う、うん……」
俺に対してではないけれど、何かと口うるさい母さんと奈美さんはいい母親である。
「結婚してても大学っていけるの?」
俺がそう尋ねると、母さんが嬉々として答える。
「結婚だけなら高校卒業からできるわけだからね。子ども作ったりするとアレだけど、するだけなら別に問題ないはずよ。いいわよねー、学生結婚とか。夢のまた夢って感じ?私はね、明日音ちゃんにはそういうのを味わってほしいの!」
「結婚式とかどうするんですか。大学とかで忙しいのに」
「やーね、卒業してからやればいいじゃない。今は大学も人生の夏休み、なんて言われるくらいだから、それを新婚旅行替わりなんてのもありよね?」
確かに、同じ大学に受かれば、アパートで明日音と同棲生活をするつもりではあるが、その前に婚約届けを書くなどという発想はなかった。
結婚式やらなにやらと、金がかかるものだと思ってはいたけれど、それは日本や世界の慣習的なもの。
はっきり言ってしまえば、別に結婚式などしなくてもいいし、指輪も要らない。
本当に必要なのは市役所に出す紙一枚。それだけ。
ある意味、結婚というのは携帯電話の機種変よりも簡単だ。結婚式や指輪などは、その価値を意図的に高める付属品でしかない。