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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
九話目
152/159

結婚が重い理由



「つ、疲れた……」



 俺はクラスの打ち上げからようやく逃げ出し、家に帰宅した。



 テスト後、毎回恒例のように、三組はカラオケやゲーセン、ボウリングなどに精を出す。



 今回はスポーツの総合施設であった。バスケ、バレー、ボウリングに卓球、ビリヤードやフットサル。果てはダーツまで、屋内競技が幅広く遊び放題の施設だ。



 それぞれ何人かに分かれて行動したのだが、やはり俺はバスケをする羽目になり、そして三組の精鋭で、どちらが勝つかという勝負をする羽目になった。



 元々バスケは大人数でなければ楽しくはないので、施設の場所は空いていた。



 チーム分けには数分要した。くじ引きで決めるのが公平だたという意見と、適当に好きな奴で組もうという意見がまず相対した。負けたチームはジュースを奢るという罰ゲーム。たった数百円だが、まるで生死を賭けた死合のようになるのが一年三組の良いところでもあり悪いところでもある。




 結局、罰ゲームがあるのだからチーム分けもゲームで決めるべきだという謎理論に皆納得し、男子は男子、女子は女子でジャンケンをし、負けた人は負けチーム、勝った人は勝ちチームという名前からして不吉なチームで勝負をすることに。



 とは言っても、我が三組は誰もが平均以上の身体能力を有していて脳みそが中学生以下という人間がほとんどなので、雑なチーム分けでも不満は起きなかった。



 結局チームを変えながら三試合。五十ポイント先取という有り得ない条件を休憩なしでぶっ続け、最後の試合が終わるころには皆息も絶え絶えという様子で解散した。ちなみに罰ゲームのことは一試合目が始まった瞬間に忘れているので、ジュースのおごりはなし。



 俺のチームの戦績は二勝一敗と悪くはなかったが、尋常ではない疲労感が残った。



「明日音はまだ帰ってないのか」



 自宅に着いたのが六時前。



 明日音もいつもの三人で打ち上げをしているだろうから、いつ帰宅するかはわからない。



 そもそも、帰宅というニュアンスを俺の家に来るという意味で使っていること自体がまずおかしいのだけれど、この頃明日音は平気で夜の十一時まで俺の家でくつろいでいたりする。



 明日音は平然と『ただいま』と俺の家に帰ってきて、『お休み』と自分の家に戻っていく。



 これが数ヶ月続くと、それに慣れるのである。如何に他人が『それはおかしい』と言っても、それは俺にとっては普通のことであるのだ。



 奈美さんは奈美さんで、そういう日が続けば続くほど外出をする機会が増え、長い時は一週間ほど家を留守にする。



 明日音自身、『その方が洗濯とかも楽だし、電気代も節約になるよ』と言っている。結構立派な家で、俺の家よりも設備はいいのに、勿体無いとつい思ってしまう。



 玄関の鍵を開ける。未だにコツが分からず、たまに開錠に失敗するシリンダー錠に若干の苛立ちを覚える。



「明日音は不思議と失敗しないんだよなぁ」



 明日音はなぜか俺の家の鍵を良く開けたがる。そのせいか。家の鍵を開けるのが俺よりうまい。



 案の定、二回ほど開錠に失敗し、無駄に寒い時間を過ごす。家に入ると、室内特有の寒さが襲う。



「さむっ」



 暖房器具が前時代的な我が家には、エアコンなどという便利なものはない。



 一酸化炭素中毒の危険性がある石油ストーブに電気炬燵。俺の部屋に電気ストーブがあるが、正直近いと熱く、離れると寒いので暖房器具としては今ひとつ。



 古き良き昔の家なのだが、エアコンをつけない理由がよくわからない。



 確かに電気代はかかるが炬燵やストーブなんかより断然暖かくなる効率はいい。炬燵で温まるには首まで入らなければならず、スペースを考えれば温まることができるのはエアコンの数分の一。さらに動きも制限される。



 どう考えてもエアコンの方が優秀だ。しかし、母さんも明日音も、炬燵の方がいいという。



「どこがいいんだか……」



 生まれてこのかた炬燵がメイン暖房の俺にとっては、エアコンほど便利な機械もないというのに。カバンを居間に置き、年季の入った炬燵のスイッチを入れる。無駄に十二段階の調節ができるが、一番弱くしないと長く入っていられない。そのうえ。



「あったかくなる前は超寒いんだよな、炬燵……」



 やはり暖かいと期待しているからなのか、電気の入っていない炬燵はむしろ寒い。



 しかし、そこは我が家の拘りが光る。炬燵用の敷物もや布団はいい物を使っていて、我が家の炬燵は電気が入っていなくてもそれなりに暖かいし、寝心地もいい。保温性もばっちりだ。



 これが大層、明日音のお気に入りになってしまっている。



 炬燵が暖かくなるまで、シャワーを浴びる。流石に汗は引いていたが、多少匂ったからだ。風呂からあがると、炬燵はいい具合に温まっていた。テレビをつける。年末の特番が目白押しで、見るものには困らない。



「おじゃましまーす」



 暫くすると、慣れた明日音の声がする。これは中に俺がいないかもしれない時の挨拶だ。母さんがいるときに「ただいま」なんて言おうものなら羞恥心で死にたくなるほどからかわれることを明日音は知っている。



 返事をしなくても、鍵が開いていて俺の靴があればそのまま上がってくる。



「晴彦?」



 明日音が居間に姿を見せる。



「おう、お帰り」



 俺が言葉を返すと、明日音はどこか満足層にコートを脱ぎ始める。



「うん、ただいま」



 明日音の家ではないのだけれど、まあ細かいことだ。



「炬燵暖かい?」



 明日音が丁寧にコートを畳んで俺のすぐ横に腰を下ろす。



「そこそこだな」



 長方形の長い一辺には、誰も座らない。テレビが見づらいのだ。



 短い一辺は二人ではやや厳しい狭さで、足が外にはみ出てしまう。早い者勝ちの特等席である。



「狭いぞ」



「こっちの方が暖かいもの」



 しかし、容赦なく明日音は俺の隣に入ってくる。その表情はどこか嬉しそうでもある。俺は身体をこそこそ脇へと逃がしながら、冷たい体温を味わう。



「俺は寒い」



「直ぐ暖かくなるって」



 いつもの見慣れた制服だが、いつもはこんなに接近しない。明日音の匂いがする。シャンプーとか、化粧品の匂いとは違う、独特の匂い。中学の頃とは違う女の匂いがする。



「晴彦は打ち上げは?」



「終わったよ。二次会は流石にパス。タフさが違うよ、あいつらは」



 三組の打ち上げは毎回しんどい。精神面ではなく、正しく体力勝負だから。



「明日音は?」



 そう言った時、明日音が珍しく欠伸をしていた。



「ふぁたし?普通に終わったよ」



 口元を手で隠す仕草は、なかなかに珍しいものだ。朝早くでも眠そうな気配を見せたことはない。たいてい眠くなるとはっきりとそう言って帰っていく。



「眠いなら一度家に帰ったらどうだ?」



「眠いのかなぁ?でも炬燵から出ると寒いし」



「明日音の家は俺の家より暖かいだろ」



「私の部屋は寒いの」



 意味不明な理屈。明日音は理屈で動かない時はてこでも動かない。



 そう考えると理屈でしか動かない風華は、このときの明日音には困るだろう。



 言い合いは時間の無駄だ。。明日音を説得することは時に容易いが、時に難しい。



 そうして黙ると、明日音がもう一度欠伸をする。なかなかに間抜けな顔を吟味するように見ると、明日音は少し照れたように顔を背けた。



「べ、勉強はしないの?」



「流石に今日はいいだろ」



 気分ではないと言ってしまえばそれまでだが、今日くらいは休んでもいいだろう。



 事前に配られた冬休みの課題はもう半分ほど終わっている。年末には終わす予定でいる。年末年始はなにかと忙しいだろうから。今のところ予定はないけれど。



「そ、そう」



 明日音の声にどことなく焦りが見えた。



「なんだ、今更恥ずかしいのか?一緒のベットで寝たこともあるんだ。眠いなら寝ろよ」



「うーん、でも、制服も皺になるし」



「奈美さんがクリーニングに出すだろ?」



 何かを悩んでいるのか、何かを躊躇っているのか。明日音は頑なに睡眠を拒む。



「う、うーん……。そうだけど」



 また欠伸を一つ。



「ここで寝てもいいぞ?」



「ゆ、夕飯があるし」



「今日くらいは母さんに役に立ってもらうのも悪くないだろ」



 明日音は何を迷っているのだろうか。一緒に温泉まで入ったのに。女子というのは良くわからない。そう言った意味では明日音は茉莉と風華より難しいかもしれない。



 何かを言いかけようとして、明日音は、ふぁああ、と意味不明な言葉を言った。



「……じゃ、じゃあちょっとだけ」



 そう言って、明日音は俺の肩に頭を乗せる。



「……これで寝るのか?」



「え、えと、ダメだったら別にいいけど」



「ダメっていうより、不安定でちょっとな」



 俺は明日音の身体を掴み、足の間に身体を移動させる。なんのことはない、明日音を抱きかかえるような姿勢になっただけだ。



「寝るならこれでいいだろ。俺もテレビ見れるし、寝ころがれるし、楽だし」 



 文句を言うなら、伸びた髪が少しくすぐったいことだ。



「晴彦がいいんなら、これでいいけど……」



 明日音は少し迷ったように、それでいて抵抗の意思を全く見せずに両腕の中で大人しくしている。



「ま、母さんが帰ってきたら起こしてやるから。いつも家事やってるから疲れたんだろ」



「じゃあちょっとだけ、お言葉に甘えて」



 そう言って、俺に全体重を預ける。重い、という言葉の程でもない。



 気の抜けたままその重みと体温を感じ、暇になると明日音の髪の毛を触ったりしているうち。



「……」



 明日音は完全に寝てしまった。



「本当に疲れてたんだな」



 いつもはそんな素振りを全く見せないが。テストの件で少しプレッシャーをかけすぎただろうか、と少し反省する。決して点数は悪くなかったということは、事前に連絡が来ていた。



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