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私たちが恋人になる理由  作者: YOGOSI
二話目
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俺の服がダサい理由

「明日音ー、準備できたか?」


 勉強会当日。朝八時に俺たちはいつものように待ち合わせる。今回は俺の方が早かったらしく、明日音の家の玄関に邪魔している。


「明日音!早くしなさい!晴彦くん待ってるでしょ」


 わかってるー、と控えめに主張する声が聞こえる。


「ほんと、ごめんねぇ。あの子、鈍臭くて」


「いえ、慣れてますから」


 そう言うと、高笑いをして明日音のお母さん、奈美さんは引っ込んでいく。


 奈美さんはいい母親である。単身赴任中の夫と、明日音、そして大学生の小夜さやさんを一人で支えている。


 小夜さんは明日音の姉。上京してしまって、長期休暇の時しか帰ってこない。溌剌としたいい人だった。


 明日音とは反りが合わないのか、明日音の前で小夜さんの話をすると若干不機嫌になる。仲が悪いような様子は無かったのだが。


 家族が三ヶ所に分かれている早川家だが、どうやら明日音が一番手のかからないようだ。たまに明日音を置いて他の二人のところへ旅行のような気分で出て行く。


「家事とか明日音だけで事足りるからな……」


 そのせいか、明日音は奈美さんのことを自由奔放で適当な母親だと言っている。


 俺からしてみれば、旦那さんも姉の小夜さんも気にかける、凄い母親だと思うのだが。


「母さんは俺より仕事中心だしな」


 子供の頃から、余り母さんにとやかく言われることは余りなかった。父さんに関しては、小学校に至るまで顔を覚えられなかった。


 離れても仲が良い、いい家庭だと思う。今だって二人しか住んでいないのに、賑やかな音がする。俺の家にはない音だ。


「お待たせ」


 玄関で座って考え事をしていると、明日音が息を弾ませて立っていた。


「寝坊か?珍しいな」


 まだ間に合わないという程の時間ではないが、明日音が余裕なくバタバタしているのは滅多にない。


「う、うん。ちょっと、あれから勉強してて」


「何だよ、昨日電話でも早く寝ろって言ったろ?」


「そうだけど、目が冴えちゃって」


 明日音は時々、夜に電話をしてくるようになった。話すことは特に他愛もない話なので、家に来るか?と誘うものの、母さんに馬鹿にされるから電話でいい、と断られる。別に寝る寸前まで家に居ても俺は構わないのだが。


 明日音の格好は実に普通である。


 目立たない色のパンプスに、適当なシャツ。薄いカーディガンを羽織るだけ。


 対する俺の格好も実に普通である。


 ジーンズにシャツのみ。シンプルイズベスト。


 中学の頃、友人に『もうちょっとお洒落したら?元がいいのに勿体無い』と言われたことがある。


 アクセサリーや香水。それにワックスなんかに興味がない訳じゃない。


 けれど、それをすると明日音がどこか寂しそうな顔で俺を見てくる。まるで俺が別の世界の住人になってしまったみたいに。


 だから俺はいつだってこんな格好だ。必要以上に着飾ることは俺にはない。ダサいと思われることもあるけれど、まあそれはそれだ。


「まだ間に合うよね?」


「そうだな。九時には着けるんじゃないか?」


 小野風華の家は、学校よりは近くにあるものの、普段あまり行かない場所。寺や神社、酒蔵や倉庫。そんな住宅街とは言えないような、昔からある建物が残る区域。


「もしかしたら、結構由緒正しき家柄なのかもな」


「そうだね。風華って以外に礼儀正しいし」


 靴を履くと、奈美さんが明日音のこと宜しくねぇ、と言うので、はい、と返事をして外に出る。


「もう、わかったから!」


 何かお小言を貰ったのか、明日音も少し言葉を交わしてから家を出てきた。


 明日音は靴も、洒落っ気のないスニーカーである。


 俺は、なんの気なしにその全体をじっと見つめていた。


「な、何?どこか変?」


 寝癖や食べこぼしの痕がないかを不安に思ったのか、明日音も自らの身だしなみを見直す。


「うーん……」


 俺は近づくと、ゆっくりと明日音の両頬に手を添えた。


 柔らかい肌。女子特有の柔らかさ。流れる髪。男にはない細い華奢な体。


 化粧気のない肌は、触れていて心地良い。眉毛なんかも整えられてはいるが、描いてはいないだろう。


「ど、どうしたの?」


「いや、勿体無いな、と思って」


 そう言って、俺は手を離す。


「勿体無い?」


「そ。明日音もさ、もっとお洒落したらいいのに」


 よくよく思えば、着飾った早川明日音というものを、俺は見たことがない。


「お化粧って、着けまつ毛とか、ネイルとか?」


「いやまぁ、そういうのも有りだけどさ。服とかもさ。落ち着いた感じのやつばっかだろ?」


「……スカートとか?」


「そう言った類だな」


 スカートは制服で見慣れているが、お洒落かどうかという問題にはノーだろう。あれは統一感をアピールするためだけのものだ。だから皆、長さに拘るのだろう。


「でも、私そんなに可愛くないし」


「可愛くない奴がお洒落しちゃいけないなんてことはないだろ」


 そうだけど、と明日音は口篭る。


 嫌悪感、という訳ではなさそうだが、明日音はそっち方面にあまり明るくないことは確かだ。


「でも、なんで急に?」


 不服そうに明日音は俺を見る。今まで、こんなことを言ったことはなかった。


「別に。ただ、そういう明日音も見てみたいかな、と思って」


 興味があるかないかで言えば、間違いなくある。


 元は良いはずなのだ。だが、何か頑なに化粧というか、着飾ることを拒んでいるような所がある。


「……そう」


 どこか腑に落ちないような表情を明日音はしたが、何もいうことはなかった。

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